【凶星】編 I 長ったらしい無駄な過去
少女が記憶しているのは、それはそれは酷くて惨い光景だった。
幸せを分かち合っていた筈なのに。
何が嫌だったのだろう。何が不満なのか。
どうして。
という言葉しか口に出来なかった。
そこからは、汚れた恐ろしい記憶しか無かった。
昔。
「おかーさーん!」
少女が駆ける。
駆ける、という速さでは無いが、野を走り抜ける姿を一発で表現するのは駆けるが適切だった。
無我夢中、無邪気に、楽しく、心を躍らせて。
母へ向かう愛らしい姿。
「はいはい、どうしたの。」
毛先の紅い白い髪の母親は飛び込んで来る娘を受け止める。
「きょーもおとーさんとのかけっこかったー!」
「そうね。お父さんはのんびり屋さんだもんね。」
そう言って母親は顔を上げる。
目先には愛を捧げた夫。
「はは…アンナは速いなぁ。僕は全く追い付けないや。」
「あなたがゆっくり過ぎるのもあるけどね。」
「この島の時の流れが緩やかだからなぁ…。」
ここは絶海の孤島。
誰にも知られず、見られぬ孤島。
『三人共、雨が来るぞ。』
『早くしないと濡れちまうぞー!』
竜達と、三人家族が住む孤島。
大きな聖堂が、竜と家族の家。
『今日はどちらが勝ったのだ?』
竜達の中でもとびきり大きな竜が娘に訊く。
「アンナのかちー!」
大きな声で答える。
『そうか、ダミアンはもう少し体を動かした方がいいな。』
「いやいや…僕はこの島でゆっくりするのが良いんです。」
父親は言った。
料理を持って母親が現れる。
「さ、食べましょう。」
「わーい!」
食卓は三人ながら賑やか。
竜は話を聞きながら眠る。
これが娘にとっての普通。
「ねぇ?」
娘が訊ねる。
「どーしておとーさんとアンナはみみがあたまのうえについてるのに、おかーさんはちがうの?」
「私は怒ったら角が生えるのよ。」
「そうなの!?」
「僕も一回怒られたなぁ。怖かった。」
「やぁね、嘘言わないで。」
「じゃあなんでおとーさんとおかーさんにはしっぽがあるの?」
「アンナを産む前は、私にも無かったのよ。」
「だから僕の耳だけがアンナにくっついて来た訳だね。」
「へー。」
他愛も無い会話の後、やがて家族も眠りにつく。
これが1日。
ずっと続くと信じていた。
ある日。
母親の態度が変わったのだ。
「おかーさーん!」
「なぁに?アンナ。」
「…?」
「用がないなら、お父さんの所に行きなさいアンナ。」
今までと違う反応に、娘は言葉が出ない。
「どうしたアンナ、お母さんがどうかしたか?」
「ダミアン、アンナの相手をしっかりして頂戴。」
「どうしたんだ?アンナが何か?」
「いえ…ノアに会いたくなっただけよ。」
「カペラッ!それはアンナの前では絶対に言わないと約束したじゃないか!」
「おとー…さん…?」
「取り乱してごめんよアンナ。でもね、お母さんがいけない事をしたんだ。」
「別に過去を振り返っただけじゃない。」
「そういう問題ではないだろ?」
二人の会話は娘には理解できなかった。
「もう我慢できないのよ…全てに退屈したの…。」
「カペラ…!やめろ、今そんな事をしたら…!」
「しょうがないでしょ…この体がどうなっても、退屈が終わるならそれで…!」
理解できなかった会話は母親の言葉で終わった。
母親の話し相手がいなくなったからである。
娘は見た。
何が起きたか全て。
しかし言葉に出来ない。
思い出すだけでも恐怖を覚えた。
物心ついたばかりの彼女にはとても酷だったはずだ。
雨の中を走ったのを覚えている。
竜が雨の孤島で、女に話しかける。
『カペラよ…遂に、侵してしまったな。』
「はは…はは…たのしぃ…退屈が吹き飛んで…あの頃に戻って…。」
『アンナはこの島からは逃した。まぁ、我々は魔法が得意ではないのでな、海に落としてしまったかも知れない。』
「リピール…余計な事を…食べ足りないのに…。」
『もう必要ないだろう、お前は完全に竜へと転生した。遂に、愛した者を五人も喰らうまでに堕ちてしまったのだな…。』
「あなたとの契約じゃない…。」
『絶対に破らないと誓われたものでな。まさか信用した相手がこれ程までに愚かだとは…ダミアンとは子を設けるまでの仲だったというのに…人は愚かしい生き物だ。』
「そんな人いないわ…。」
『もうお前の一部だな。』
「楽しい…この瞬間が楽しい…あなたもそう思うでしょ?」
『暫く頭を冷やすと良い。』
現在
セイリオス学園中央棟。
「でよぉ、カイル。カペラさんの場所は?」
スハイルが話しかける。
「いや、見つかってない。できれば、覚醒者が集まり始めている今見つけるのが時期的に正解だと思うんだ。あと、やっぱりノアちゃんと会ってないみたいだし、それが大きいかな。」
カイルが答えると、突風と共に魔法士が現れる。
「はぁい、カイル君。元気ぃ?」
「か、カペラさん!?どうしてここに…」
「愛娘のノアに会いに来たに決まってるじゃない。孤島での生活は退屈なのよ。」
明るく答えたカペラにカイルは訊ねる。
「ノアちゃんにだけ、会いに来たんですか?」
「余計な事は言わなくて良いのよ。」
「そうですか、滞在期間はどれくらいですか?」
「そうねぇ…お祭りが終わるまで、かな?それにしても良いの?カイル君。覚醒者、コロシアムに集まってるみたいだけど?」
そういうとカイルは飛び出した。
「スハイル、カペラさん見てて!」
「あいよ。」
闘技場へ向かう。
to be continued