【星の魔女】編 IV 【覚醒者】 編 II 海竜 カナロア
朝起きて体を起こす。
いい日和で、最高の休日のスタート。
アルファルドは朝食を済ませて外に出る。
とりあえず買い物を。と思っていた。
ルームメイトのノアは朝から戦いに明け暮れているらしい。
【星群】とは別の組織、【掩蔽団】でも高い地位にノアはいるらしく、顔を出さなければいけないのだという。
ゴーウェンやバーリスなどの星群の人間はよく思ってないようだが、今その話を思い出す必要はない。
ノアのいない自由時間という事は、余計な邪魔が入らず生活に必要なものが買える絶好の機会。
洗剤を買いに行ったのに服を買わされる心配もないのだ。
しかし、アルファルドは結局必要のないものまで買ってしまった。
食洗機である。
必要のないものではあるが、メーカーの売り文句に押されてしまった。
「これで、これで家事が楽に…そうだ…楽になるんだから…。」
そう言いながら食事が来るのを外の席で待つ。
入学初日に入ったケットシー喫茶である。
なんだかんだで、一番行き慣れてしまった喫茶の席から聞こえる歓声に思い出す。
「そういえば、コロシアム?…出来たんだっけ。」
カイル学園長のいる中央棟、風組の辺りには飲食店とショッピングモールしか無いという理由で、新しくコロシアムが建設されたのである。
訓練場の技術を使い、一対一で腕自慢の魔法士同士が戦い、一定の数勝ち残れば一週間は贅沢に学園で過ごせるのだとか。
「お待たせいたしました。」
店員から料理を受け取り、訊いてみる。
いつも賑わう店であるのだから、それなりにコロシアムの事も他の店員に聞いているのではないだろうか。という予想ではあるが、返答は驚くべき物だった。
「そうですね、それなりの猛者がいたとは思いますが、騎士王様に敵う方は少ないのではないでしょうか。」
そう聞いて食事に集中していた視線を店員へ向ける。
食事しか見ずに話をする自分のマナーが悪いとは思ったが、店員の笑顔を真正面から受けられる程アルファルドは女性に免疫がない。
視線を上げた理由は二つ。
今まで会った店員の中で群を抜いて落ち着き過ぎている事。
そして、まるで闘技場に一度参加し全員の力量を把握し、それでいてアルファルドと比べている事。
今までに相見えた相手なのか、と確認したかったのである。
そこには、見目麗しいケットシーの少女。
まず目を奪われるのは髪である。
まるで、満月の明かりに照らされる夜のようだ。と、アルファルドは思った。
美しい黄、白の髪は首、肩、腰と流れるにつれて深い青に変わっている。
そして瞳は赤。誰かに似ているようで。
「どうかなさいましたか?」
落ち着いて微笑みかけているようにも、不敵に笑っているようにも見えるのは、声のせいだろうか。
とにかく落ち着いた艶のある低めの声。
闇が誘い囁く時は、このような声なのだろうか。
「あ…えっと…。」
「はい?」
表情を崩さない彼女にアルファルドは動揺しながら言った。
「いや、見ない顔だなぁと…それに、なんだろう目が誰かに似てる気がして。」
「ケットシーですから、他のスタッフと同じに見えるのではないですか?」
「そ、そうかも知れない…。でも、似てると思ったのは違う人で…。」
カイルの言葉に店員は首を傾げる。しかし、口を開いて言った。
「あまり私と話し込んでいては、いつもお連れになっている方に嫉妬されてしまいます。そろそろ失礼しても?」
「あ、えぇ。そう、ですね…。」
お連れとはノアの事だろうか。
ノア・リーゼロッテ。
ケットシーと純粋な人間では、まるで似ていないだろうに、少しだけ二人に共通する所がある気がした。
そう思った時に、店員は口を開いていた。
その時は全ての音が止んでいた。
歓声も、喫茶の厨房でされている調理の音も。
そして、左の耳だけに響く、声。
「世の中には、考えない方が、幸せな事もございます。今日のお戯れはここまでにしてくださいまし。」
恐ろしい。と思ってしまった。
左を向くと、歓声も、調理の音も、他の店員の高く、活発な声も聞こえていた。
それでも、彼女の声が離れない。
彼女のいた方を向くと、彼女は既に他のテーブルへ物を運びに行っていた。
むしろ、そうである事が救いだと思った。
早くここから出よう。
そう思い、伝票を掴んだ時、紙がいつもより多い事に気づく。
その正体は、チケット。
[コロシアム 招待券 観客席]
そう書かれた長方形の紙。
「行けって、事なのか…?」
アルファルドはコロシアムに向かう。
コロシアムの入り口に入ると、チケット切りの男に声を掛けられた。
「アンタ…チャンピオンから招待券貰うとは思え…あ!アルファルド・セイリオス!?騎士王様!?」
「そ、そうだけど…!」
「なんですかぁ!騎士王様!騎士王様なら招待券すらいらないですよ!超有名人なんですから!」
そう言われ席に通される。
「今は勝ち抜いてる奴は十六連勝中。初代のチャンプ神無って奴が一日全員相手して全勝、二代目の名前不詳も同じ事して、この二人は殿堂入りでさぁ。んで、三代目は通算五十勝でチャンプになったは良いが、その後騎士王様の仲間のノア様にぶっ飛ばされて修行中。んで、今四代目を決める戦いって感じでさぁね。」
男が言った通り、実況が高らかに十六連勝中の魔法士を讃えていた。
「さぁーッ!!チャレンジャー十六連勝中!今日ここに四代目チャンプが君臨するのかッ!肉体派が多かったコロシアムに魔法で戦うイケメンエリートッ!ニューウェーブニューウィンドがニューハリケーンですゥ!さぁてお次のチャレンジャー!どうぞ!」
「カナロア・リル・ネプトゥーヌです!宜しくぅ!」
そう言って飛び出したのは小さな少女。
「おあー!!!っと!!短黒髪日焼けスク水女子ぃぃいいいいい!!!これはいけないッ!こんがり日焼けと紺のスク水が良い意味でいけないぃぃいいいッ!むさ苦しい渇いたコロシアムに、マーメイドの登場ですッ!」
実況がすかさず喋る。
元気に飛び出したカナロアは、手に持っていたバケツで頭から水を被る。
そして犬のように頭を振って大雑把に水を飛ばすと、真剣な表情になる。
「さぁあああ開戦ですッ!チャンプ候補かマーメイドか!?スターーーッット!!!」
その掛け声と共にチャンプ候補の男は魔法を放つ。
紫電が一斉にカナロアに飛んでいくのがわかる。
「錬成魔法一番、土壁!」
そう言ってカナロアは土の壁を出して雷を防いで見せる。
「バカな!」
アルファルドは声を出した。
周りの観客もどよめく。
錬成魔法の教本、一番の魔法で魔法攻撃を防ぐなど凄まじく難易度が高い。
防御特化の魔法ならまだしも、《子供でも簡単に扱う初歩のなんでもない魔法で魔法攻撃を防ぐ》など、どれだけの力量の差があるのだろう。
「?…なんで驚いてるのかな、まぁ良いや。
私も攻撃させて貰うね。」
そう言うとカナロアは両手を広げて唱える。
「大陸海竜、『ムー』!!!」
ひと風吹くと。
コロシアムが陰る。
やがて観客が上を向いて息を呑む。
アルファルドもそれに気付き上を見上げたが、その光景は信じられなかった。
島。
島である。
空に浮いた青い島があり、そこに顔があるのだ。
「あ…マジ…?デカイ?…デカイ!?…デカーイ!!!僕らのマーメイド、チャレンジャーカナロア、最初の防御で力の差を見せつけるだけでなく!超、超!巨大なドラゴンをコロシアム上空に召喚だーーー!!!!」
「その力を我が身に!《竜依》!ドラゴンアームド!」
大陸が渦を巻くようにコロシアムに流れ、カナロアの中に入っていく。
そして、カナロアの露わになった肌に所々鱗が浮かぶ。その衣類にも堅い鎧が現れる。
頭には一本の角。
「『水海魔法士連盟代表水の覚醒者、カナロア・リル・ネプトゥーヌ!ここのチャンプにならせて貰います!』」
「覚醒…者…!入学前に忠告された禁忌の魔法士…爺さんは…学園長は気づいてるのか…!?あんな大きなドラゴンを身体に移したら…攻撃された相手はどうなるかわからない…!」
身構えた男に瞬間的に近づき、蹴りの姿勢をとる。
思いっきり男が壁を突き抜けて吹っ飛ぶと、歓声。
「おおおおぉぉぉおぉおおおおツッッッツ!連勝中の相手を超絶キックで吹っ飛ばしてぇぇぇぇえ
、カナロア選手一気にチャンプ候補へぇぇぇぇええ!!パワフルマーメイド、カナちゃんッッ!鬼強デスッッッ!!!」
熱狂する歓声と実況とは逆に、アルファルドは一人言葉を失っていた。
「こ、これが…覚醒者…」
そんな時。
「よ、アルファルド。こんな所にいるとはびっくりだな。」
その声の主に、アルファルドは驚いて立ち上がる。
「カイル爺さん…!」
To be continued.
蝉というのはなぜこんなに騒がしいのでしょう。
なんて思いましたが、一週間しか生きられないのなら、しょうがないかなぁなんて思ったりもします。
我々の人生を一ヶ月とすると、若くて結婚の可能性があるのは一週間くらいなのかもしれません。そうすると僕は鳴いてアピールする事を全くしていないですね。このままポトンとこの世という木から落ちるのでしょうか。恐ろしい。