「友だちといると、恋バナが始まるのが怖い。」
「友だちといると、恋バナが始まるのが怖い。」
さほど恋愛の話に混ざる機会には恵まれなかった
私はどちらかというと噂が耳に入りにくかったし、周りの子もそういう話をする子ではなかった
はたから見れば、私は恋愛に無縁そうな見た目だったろう
どちらかというとオタクに勤しんでいるようによく見られた
なので恋愛の話を振られることはほとんどなかった
そういう意味では、恋バナを恐れることはなかった
好きな人いないの?なんて聞く人は幸い私にはいなかった
けれど高校生の好奇の目は欺きがたい
私にはいつも一緒にいるサキとの距離をよく怪しまれた
冗談半分で聞かれることが怖かった
「サキと付き合ってるの?」と
サキの話から始まってしまったが
私の憧れの人はサキではない
まずは軽くサキについて
私がやっとクラスメイトに目をやる余裕が出てきた頃
もちろんその前から私と仲良くはしてくれている子はいたが、女子のグループがあるべき形に落ち着くのには半年ぐらいはかかるもので、その似た者が集まろうとしている時期の話だが、
その頃、やけに可愛いと感じる女の子がいた
それがサキだ
とにかく仕草が可愛らしい
狙ってるんじゃないのかと最初は疑ったほどだ
わざとじゃなくこんな行動ができる女の子がいることに驚いた
拗ねると口をプクーッと膨らませたり、
驚くと目をパシパシしたり、
怒られると口を突き出して上目遣いをしたり、
撫でると目を細めて喜んだり、
可愛いものがあると抱きついたり、
女の子を体現しているような行動だった
私はあまりの可愛さに、常に、サキを見かけると可愛いを連呼していた
その多さにサキは軽くヒいていたのか、さーっと誰かの影に隠れることが多かった
そんな反応も私はもちろん楽しんでいたわけだが
どうやらここまで可愛いと思っているのは私だけだったらしい
他の子は、サキの仕草に関して何か誉めるような発言をほとんどしていなかった
みんな見る目ないなーとか思っていたが、
後々考えると、あれは一目惚れに近かったのかもしれない
まあその話は先のことなので置いておこう
私はサキと仲良くなった
この頃はまだグループが固まっていなかったので、同じグループだったわけではない
が、私が勝手に寄っていくことが多かった
サキは弓道部だった
私は相変わらず帰宅部だった
しかし勉強をしているわけでもなかった
そんな私をサキは勉強に誘ってくれた
文武両道を目指していた弓道部は、夜の勉強時間に食堂に集まってみんなで勉強をしていた
そこに私は誘われたというか、サキにひっついて行った
そのなかに、部長のヤベはいた
そのグループで勉強することは、とにかく楽しかった
ヤベのトークが私はとても好きだった
いや、弓道部全員の会話があまりに面白すぎた
みんなキャラが濃すぎる上に、口がうまい、良い意味でクレイジーだ
さらに落書きも下手にうまいところもツボだ
イタズラもしていた
弓道部の女子全員と、といってもヤベが創部したばかりで他の学年なんてほとんどいなかったが、私は仲良くなれた
部活にこそ入っていないが、弓道部のコミュニティーに入っていられることが幸福だった
遊びながら、たまに、切り替えよ!って誰かが言うのを合図に勉強し始めて、またふとした呟きで笑いだした
質問も気楽にできる雰囲気だった
食堂には先生もいたし、職員室にも行きやすいポジションだ
もちろん私は先生を目の敵にしていたので、質問はヤベにしていたが
二時間勉強すると夜の勉強時間が終わり、そろそろ寮に入りなさい命令が寮職員から下る
が、夜に少しの時間だけ開く構内のコンビニに行って今日の自分へのご褒美を買ってはみんなで話しながら食べた
奮発しすぎて月末はご褒美抜きもあった
この時間が楽しかった
寮に帰りたくなかった
だってこのグループで話せないから
とはいっても寮職員は無情で、何でもルールで縛り付けたり、ルールがなくて都合が悪ければ簡単に罰則を作るので、私は寮職員も3年間目の敵にしていたことも付け足しておこう
次に、ヤベのことを言うべきだろう
私は彼女を完璧だと言う他なかった
ヤベは常に成績が学年二位だった
一位じゃないのかよ、と思うかもしれないが、一位は不動の別の男の子がいるので、残念ながら僅差でいつも二位だった
それだけでも充分すごい
模試の成績も申し分なかっ
最初から、本気で東大を目指していた
彼女は努力家だった
私みたいに勉強しなくてもそこそこの成績は取れるような、なんちゃって秀才ではなく、努力をしているからこその成績だった
さらに、独自のギャグセンスで語呂を作っては教えてくれたので、周りにいる人までも成績を上げてしまうのだろう
質問にはいつも一生懸命答えてくれた
彼女は弓道部の部長もしていた
自ら部を立ち上げ、部室も練習場もないなか、
拓いているだけの野原のような場所に的を並べて、でこぼこの地面の上で矢を打っていた
雨の日はひとつの巻き藁を使って練習していた
私は部活には入っていないので、彼女の部活での顔を知らないが
みんなどこかヤベを怖がっているようだった
甘さを許さないような雰囲気が滲み出ていたのかもしれない
彼女は入学式のときに、弓道部を作って必ずいい成績を残す、とみんなの前で宣言していた
ちなみに、いい成績は具体的に言っていたが、いかんせん私が全くその世界に詳しくないので、インターハイだか地区だかはよく分かっていないので書けない
が、彼女は無謀にも見えるその夢を必ず達成するつもりでいた
彼女は地で文武両道を成していた
そして、部員にも文武両道を達成してもらうべく、勉強も教えていたわけだ
私は勉強の習慣もついた
中学受験以来、ほとんどしていなかった勉強をし始めた
ヤベみたいになりたくて
彼女は誰の相談でも聞いた
テスト前で時間がなかろうと、後輩が困っていれば何時間でも話を聞いてアドバイスをした
部員の悩みも聞いていた
彼女は竹を割ったようにストレートな物言いだったため、
恐らくほとんどの子は涙なしには相談を終えられなかっただろう
かなり説教じみていたのではないかと察する
あるべき理想をいつも見据えている人だったから
なにより、彼女は信仰心が非常に深かった
本当はヤベはひとつ年上だった
入っていた高校を辞めて、こちらの宗教学校に入った
きっと私なら、絶対にしない選択だ
誰よりも多く前に立ち、生徒を感化する言葉を述べた
私が一番求めていたものだ
正直、この学校に入ったとき、一番がっかりしたことは、周りの子に信仰心がないことだった
いや、正確には、口では宗教的な立派なことを言えるのに、日常性格を見ると怠惰で欲に流されていて、有言不実行なことに、私は愕然とした
しかし、ヤベは違った
有言をすべて実行しようとしていた
その志は、神から来ていた
神にいただいた使命を果たそうとしているから、彼女は努力ができた
そんな後ろ姿に、私は尊敬をせずにはいられなかった
ヤベは教学も私には想像もできない量をしており、祈りもきちんと欠かさなかった
私がソノコに手を引かれてめんどくさそうに夜の祈りに行くと、ヤベはもっと早くから来て経文を読んでいた
その姿を見て、私もきちんと夜の祈りに参加するようになった
ここまで誉めちぎってきたが、彼女も人間ではあった
時々抜けていることがあり、それを話して聞かせてくれた
ヤベは話がうまかった
お笑い芸人に私は明るくないが、きっとそういう部類の仕事もできるのではないかと思えた
彼女の話を聞くのが好きで仕方なかった
だからこの頃は、私にとって金色の宝物だ
そんな時間も、いつまでも続いてはくれない
ここまでが
ヤベとの輝かしい思い出だ
私は彼女に特別な憧れを抱いてしまってから
近付くことがほとんどなくなった
それは少し異常なほどの敬意だろう
同学年の女子で、しかも仲が良い子に対して抱くには重いほど、
圧倒的な憧憬だった
尊い存在を畏敬するように
心のなかで彼女を目指しつつも、決して距離を縮めないように努めた
私が近寄るなんて恐れ多い
どうか、この距離が一生変わりませんように
そう願った
それ以来、心も行動も彼女を目指していても、私はヤベと話すことはほとんどなかった
むしろ目さえまとめに合わせなかった
実際、クラスも違ったし、ヤベにも別のグループがあったので、この勉強会以外での接点はそもそもなかった
勉強会はいつの間にか事情があったのかうやむやになってはいて、私もきちんと参加できなくなった
ヤベと廊下や大浴場で話しかけられるとぶっきらぼうに近い答えで焦るように早口で返した
あのときの私は、ちゃんと笑えていただろうか
それだけ距離は離れても、
けれど私には彼女が手に取るように理解できた
自惚れだと言われれば否定はできないが、私は直感的に、彼女のことが分かる
きっとこれに対してはこう答えるだろう、こういう課題が彼女にもあるだろう
そういう個人的な考え方がスルスルと見えた
似ているのだ、あまりにも
酷似しているとしか言えなかった
なぜだろう、他の人から見れば決してそうは感じられないはずなのに
私にはひとつの確信があった
きっと私と彼女は縁がある
それも生まれる前からの
大学生になって、彼女との縁を感じるようなイベントもあったが、ここでは割愛する
私はあまりに自分に似て、かつ、なり得るべき姿を間近に見て、距離的には彼女に近づけなくはなったが、
私はこの日々を過ごしたという事実さえあれば
もうなにも怖くない
これから先、辛いことはたくさんあるかもしれないが、この事実さえ消えなければ
私は大丈夫だ
そう言えるほど、
私には大切な時間だった
ここまでが憧れの人の話だったが
私にもそろそろ二回目の恋が始まる
冒頭にも述べたがサキだ
私の学校の寮では、部屋替えを学期ごとにしていたが、そのときのアンケートに希望を書く欄があった
たとえば、夜寝るのが早い子でないと電気がついてて困るとか、朝起こしてくれる子だとありがたいとか、同じ部活の人だと同室の子に迷惑をかけないとか、同室で生活するうえで必要とすることを書けた
私はそこでサキと同室になるべく、うまいこと希望を書いた
「同じクラスで私より成績が良い子だと勉強を教えてもらえるので助かります」
このころ、学年で成績がかなり良い子は希望すれば一人部屋にもなれた
ほとんどの子は、二人部屋だと勉強しづらいということで一人部屋を希望した
私もサキもそれには選ばれなかった
こうして、クラスで私より成績が良くて一人部屋に入らなかった女子はサキぐらいだった
といっても、正直私もサキも紙一重くらいの好順位だったので簡単に抜かしあってはいたが、この部屋替えの直前の定期考査はサキのほうがよかったので、寮職員もそのデータだけ使ったのだろう
つまりピンポイントに私はサキの同室を狙い、そして達成できた
サキは同室の希望に、抽象的というか、本来アンケートでは分からないような性格的なことを書いたのか、へーまぁいっか、ぐらいのリアクションだった
ちなみに場所は突き当たりの一番奥だったので、隣は1ヶ所しかない部屋だった
同室になってからも私はサキに可愛いを連呼していた
さすがに同室になってしまえば逃げられない
サキもまんざらでもなくなったのだろう
そもそもサキも寂しがりなタイプだ
気を許してしまえば一緒にいる時間は格段に増えた
学校でのグループも同じになり、部活を見送り、帰ってきたら一緒にゴハンを食べて一緒に勉強する
どちらかの布団、というよりほとんどはサキのふかふかの持参の布団で、一緒に寝ることも多かった
さて、ここまでは問題はなかったのだが
私は性欲がやはり抑えられなかった
一緒に寝ていると、無性にキスしたくなった
唇をギリギリまで近づけ、理性との戦いに少しだけ勝って寝付く夜が続いた
実はそうはいっても私はファーストキスがまだのもちろん処女だったので、かなりそういう行為へのハードルは高かった
だからここまで理性を必死に保っていた
性欲をサキにぶつけていることに申し訳なさや自分は相変わらずの「いけない」子であることに自責を感じていた
また堕ちていく
しかし今度は一人ではなかった
明らかにキスをしたそうに顔を近付ける私から、サキはいつも逃げようともせず、しようともしなかった
ある晩、それを指摘してみた
「ねぇ、サキ、私が何しようとしてるかわかってるよね?」
「分かってるけど、マリならしないって信用してるから」
と余裕ありげに微笑んでいた
胸に湧いてきたのは、信用への喜びではなく、煽られることへの抵抗
私にはどうせそんなことする勇気がないでしょ、とでも言われているように感じた
そのまま勢いでキスを何度もした
何回目のキスとか、そんなの数えられないほど何度も
びっくりしたサキの顔に満足して、私は眠った
そこからは私の一方的なキスが続いた
行為に及ぶにも大して時間はかからなかった
彼女を見ると抑えきれない自分がいた
人がいようがいまいがお構い無しだった
そもそも誰も怪しむことさえ考えていなかった
しかし、ここまでのことをしておきながら、私は告白をしなかった
実際、このとき私は、サキのことが好きかどうかにも自信がなかった
ここまでの行為をしておきながら図々しいかもしれないが、それでも私は自分の気持ちが分からなかったし、なにより付き合うなんて考えられなかった
そんな私にサキはついに告白をしてきた
が、私は答えられなかった
自分の気持ちがわからなかったし、なによりもし付き合ってもいつかサキを泣かせることになるのは目に見えていた
だって女の子同士だ
隠さないといけないし、嘘をつくことも増える、無神経な言葉に傷つく日も多いだろうし、必ず別れも来る
それらすべて怖くて仕方なかった
なにより、サキはもともとノンケだ
いまさらかもしれないが、こんな世界に巻き込みたくない
サキへの返事はずっと保留のまま、長期休暇に入り、実家にすぐに帰省した
そこで私はサキのことばかり思い出している自分に気づいた
寂しいとおもった
そういえば、サキも言っていた
私がいないと寂しいと思ったから私が好きなことに気づいたって
じゃあこれも恋なのかな
私は電話で返事をした、付き合おう、と
そう、
私たちは寂しさを恋と呼んだ
予想を裏切ることなく、この恋は長続きしなかった
付き合う前に私が予想したすべての苦しみは見事に私たちに常に降り注いでいた
その流れに逆らうことなく、あっという間に私たちは別れてしまった
そもそも付き合ったって付き合ってなくたって私たちの関係はほとんど変わらなかった
それは別れたあとでも同じだった
私には付き合うとはどういうことかよくわからなかった
ここで詳細を語りたくても、私はあまり覚えていないのが正直な話だ
何ヵ月付き合ったのか、どんなイベントがあったか、ほとんど記憶がない
性的なことには積極的だったが、出掛けたりなにかを語り合ったりはあまりしていなかっただろう
いうなら、自分の悲劇性の共有をしていたくらいだ
常に「私を支えて、寂しい」と思っていただけだった
多分、私たちは変われなかった
相手のために本気で自分が変わろうと思えなかった
自分の行為や癖を嫌がられてもそれを直す気なんてなかった
ただ、だらしなく絡み合い、幸福なときだけを享受して、甘えあう時間だけに依存した
それは喜びではなく、むしろ苦しみだった
楽なはずなのに、楽しいはずなのに、私にはサキに依存すると辛かった
どんなまぐあいも心の底の罪悪感を埋めることはできなかった
罪の意識はけっして薄まることはなく、むしろ濃く深くなって息がいつも苦しかったから、ときどきサキに首を絞めてもらった
気管が固くへこむところまで強く指で圧迫されて、呼吸が止まりきるときが一番自分を許せた
付き合っているときのほうが苦しかった
別れてから、お互いの距離感は変わらなかったが、私はいくぶんか楽になった
神様に少しだけ許された気がした
私はヤベに憧れていたから、それからは表向きの行動は非常に活発になった
使命感に溢れていたため、なんでも自発的に行動していたし、勉強にも手を抜かなかった
罪滅ぼしの意識もあったかもしれない
でも、使命感のために行動しているときのほうが大変ではあったが、ずっとずっと心は軽かった
そこからの私は
体育祭実行委員や、体育祭のときの団のTシャツ作りやお金の管理、また文化祭ではのクラス代表と有志グループでの出展の代表を兼ねた
寮でのグループ長もやったし、イベントも企画運営を手伝った
委員会もわりと大変なところを担当したりもした
勉強も常に第一志望の国立大学はA判定だった
ちなみに、理系クラスはサキと同じではあり、ここでもそこまでの成績の差はなかったが、サキはかなり高い大学を志望していたのでいつも判定は悪かった
信仰の面でも、きちんと教学をし始めた
いままで親から教えについて聞いていたが、本当は学んだことがなかったので、案外新鮮なものも多かった
最初の宗教のテストで最下位を取った私だが、その後宗教の時間に聞いたことはすべてメモを取るようになった
しかし、やはり学んでも教えのなかでは同性愛については否定的なものを感じた
直感的に感じていた神の見えざる目は正しかった
でもそのときの私はもうサキが好きかもよく分からなかった
いや、最初から分からなかった
後に大学でも付き合った人がいたが、その人は好きだとはっきり分かったのに、何故かサキへの気持ちだけは私はよく分からなかった
少なくとも、付き合っていないことが私には教えを学ぶ上で身軽だった
実は私は別れたときのサキの言っていた言葉を忘れていた
とにかくサキと付き合っているときの私は幸せなようでいつも苦しかった
私は罪の子だった
常に責め苛まれているような気持ちがして、それを癒そうと触れ合い、また惨めになっていく
その気分に包まれていたばかりで、サキを思いやることもサキがどんなことを決意して私と別れたのかもよくわからなかった
後に大学生になって改めて聞いてみると、どうやら勉強に集中するために私たちは別れたらしい
そう言われれば、確かによくルールを決めていた
えっちなことはしない、ちゅーだけ1日1回まで、などを含む友達10カ条みたいなものを作った記憶がある
もちろんそれを守れてはいなかったわけだが
その理由を聞いて、付き合っていた頃の気持ちを初めてきちんと伝えるとサキは驚いていた
こんなに宗教的に悩んでいたのは私だけだったらしい
サキぐらい割りきれていたほうがきっと同性愛者でも楽だっただろうな、と思う
ある意味、初めて付き合えたのがサキでよかった
同性愛という意味でサキを苦しめていなかったことは、私には救いだった
さて、高校はその後これといった面白さもなかっただろう
進学校なので勉強ばかりしていた
私は数学が好きだったので高3の夏からずっと数学は1日10時間なんて平気でやっていた
そんな勉強と教学や祈りの日々を過ごし、無事私は第一志望の大学に合格した
次は大学に入ってからの話から始めよう