「たったひとりを好きになっただけで、たくさんの人から嫌われた。」
「たったひとりを好きになっただけで、たくさんの人から嫌われた。」
こんなこと、誰にも言えない
言えば嫌われる
だってこれは「いけないこと」だから
そう思っていた
実は私には信仰している宗教があった
信心深いわけではないが、けっして教えをないがしろにはしなかった
当時はお祈りもほとんどしなかったが、心のなかでは常に「この世ならざる目」を感じていた
私自身、霊的なものを人よりは感じやすい人間だった
教えに精通しきっていたわけではないが、なんとなく感じる「この世ならざる目」には「いけないこと」と映っているように感じていた
つきまとう背徳感から逃げ切れるほどの見識もなかった私には、
「ごめんなさい。ちゃんと生きれなくて。代わりに私は自分を責めるから」
と言い続けるしかできなかった
それを望まれているのかも知ろうとせずに
六人でいるとき
話題を振られれば何でも話したが
やはりルナを直視するのはとても難しかった
バレないかな
ほんとうは見つめたいのに怖くて目が合わせられない
あえて距離を取らないと不安で
けれど離れるのも不自然で
でも距離を開いたところで、擦り減りもしない想いは、重なって重くなる
自分の心の深みに沈んで息ができない
離れることも自分が拒んで難しい
学年があがり、ルナに友達が増えるたび
どんどん距離が遠くなる気がした
吹奏楽部で忙しい彼女は、彼女が大好きなカラオケに誘ってもほとんど来てはくれなかった
トランペットの後輩にも私の知らないあだ名で呼ばれていた
私は相変わらずの帰宅部で、教室に残ってもう歪み始めた創作をしながら、外から聞こえるトランペットにすこしだけ耳を澄ました
ときどきヒメの所属するパソコン部に邪魔しにいってオタクたちの会話に聞き入ったり、最終下校時刻まで図書館で本を読みながら居座って、ムーミンを待つぐらいしかやることがなかった
進む彼女と、止まった私
この差を埋めることができなかった
二人で遊ぶお誘いことさえできないまま
また昼休みになると六人全員がルナの机に集まって、ゴハンを食べながら長期休暇に遊びにいく計画を立てていた
でも辛いことだけじゃなかった
私は彼女のピアノが好きだった
水曜日はいつも早めにお昼ゴハンを済ませてみんなで音楽室に行った
ルナはいろんな曲を演奏してくれた
バッハだかよくわからないクラシックも
みんなで歌えるアニソンも
この年代なら知ってるようなJ-ポップも
当時最盛期だってボカロも
彼女が嬉しそうに楽しそうに弾く姿が好きだった
合唱コンクールが近くなると練習する口実で話しかけやすくなった
音楽に絡むものなら、ルナとは簡単に近づけた
彼女へ音楽が好きだったから
カラオケではルナは歌が上手いので、誉めながら自然と触れあえた
私は一番カラオケに出かけるのが楽しみだった
ほかにも、彼女のトランペットを吹かせてもらったことがある
唇の使い方も教えてもらった
しかし私はもうすこしで出そうというところまでしかいけなかった
何回かに一度、ほんのすこし震えるくらいだった
ついでにフルートもやって、それはいけたので、多分トランペットは難しいのだろうなと自己完結した
ルナが本職を発揮できて嬉しそうだったのがやっぱり嬉しかったし、
失敗しているところを見て「こうだよー」と私のために実演してくれることが嬉しかった
そんな小さな喜びだけ、大事にとっておいた
同性愛らしいことなんて何一つなかったけど、少しだけ恋を忘れて友達でいられるときが楽しかった
三年生になるとルナとクラスが離れた
理系と文系で私は理系に行ったから
中二から少しだけ話す関係にはあったリョウタと同じクラスになった
ルナと同じ部活のリョウタは、理系だったので、ルナと同じグループだった私とよくいるようになった
リョウタは吹奏楽部に所属しているくらいだから、
もともと女子のほうが話しやすくて男友達も多くないのかもしれない
リョウタは普通に話しやすい男子で、ルナと同じですごく音楽が好きな人だった
いまだに同性愛に偏見のあった私は、まだ両性愛の可能性を信じていた
この人を好きになれないかな
そんな期待もしてみたが、リョウタがルナと仲良くしている姿に嫉妬することしかできなかった
私自身、彼女とクラスが別れてからのほうが苦しかった
接しないぶん、一人で想いが募っていった
前からそうだと言えば否定できないが、さらに独りよがりな恋に走っていく
彼女が通りそうなタイミングとルートを見計らって教室移動するくらいしか、
彼女の姿を見れなかった
もう彼女を見れないのに
まだ彼女しか見れない
もともと宗教的土壌を持つ私が彼女の目で見た世界は、ひどく淀んでいた
リストカットする人
オーバードーズする人
薬物乱用している人
自殺未遂をする人
二重人格の人
一般的には社会府適合者と呼ばれる人で溢れていた
私はそんな目を知ることと、「この世ならざる目」に裁かれているように自分を責めることで
少しずつ精神を侵されていった
恐らく、このころの私は鬱が入っていたと思う
病院にこそ行かなかったが、明らかな鬱症状があった
部屋を片付けることもできず、プリントの山を積み上げ足の踏み場もなかった
散らかっているというには生活感が抜け落ちた、なんとなく虚無を感じる部屋だった
確かにそこは私が籠るための部屋でしかなかった
私にとって、精神が唯一同調して開くサンクチュアルだった
眠れないが睡眠導入剤は高いため、似た成分のアレルギー用の薬を買って本来の3倍以上多めに服用していた
これもメンヘラの一人のブログで知った知識だったため、実際に医学的な見解はわからないが、少なくとも私はキマる日は眠れた
ちなみに、後にこの薬がうまくキマらなかったとき、
もう一度同じ量を30分以内に飲んで、
次の日いままで味わったことのない重力の歪みを体に感じたため、
もしこの薬を知りたい人がいても教えないつもりである
いまはこの薬は用法用量を守って飲んでも半日は眠気が続くので、
おそらくかなり強い誘眠効果があるのではないかと思っている
それでも眠れない日があったほど、私は眠れなかった
また、なにか特別嫌なことがあったわけでもないはずなのに
常に死を想像していた
生きていることが恥ずかしすぎて、いてもたってもいられないほど死にたくなることも多かった
恥ずかしい
情けない
嫌い
死ねば良いのに
そんな言葉が自分のなかに炭酸のように湧き上がる
水面に触れて弾けても、余計なガスとして毒の言葉を放出し、また次の泡を吹く
毒の言葉も、ルナと同じように鍵をかけたブログに載せた
創作作品もこのころから一般的な美の感覚とは変わりはじめ、生首やピアスやリスカばかり絵も物語もかいていた
私の死の夢はそれだけではなかった
自分を殺す、ルナに殺される、ルナを殺して自分も死ぬ
しかも考えうる限り、残酷に、日常の風景にありふれたものを使って
それしか、愛の告白が思い付かなかった
死ぬまで言うつもりがないから、早く死にたかった
自分から楽になりたかった
どちらかが死ぬ間際に伝えられればそれで満足だ
私は何度も、告白しては死んだ
いつも、答えを聞く前に
すぐに永遠を探して刹那に逃げる、初恋らしい初恋とも言える
ただ、甘酸っぱいかわいらしさは少なめではある
商業用の青春とは違い、現実はなにもかも履き違えて、泥のなかを裸足で進む
いまではそう考えられるが、そんなことを考える視点の高さもない初恋だった
中高一貫校だったが、私は抜けて他の学校にいかなければいけなかった
私の学年は、私以外、誰も抜けなかった
落ちたらそのまま学校に残るつもりだったが、私の成績なら落ちるはずもなく、あっという間に推薦をもらった
それがなおいっそう寂しかった
実は私はムーミン以外には誰にもこのとき行く学校を教えていなかった
私の信仰している宗教系の学校なので、説明することが大変だという気持ちがあった
それに、ここまでその教えと反した生き方をしている自分が信仰を持っているとは言えないと思った
確かに当時は親の意向が強かったのもあるだけで、そこまでの教えへの確信もなかったのかもしれない
不安定な動機から行く学校に向けた反発心とルナへの思いで、
私はとてもその学校に行くことに抵抗したが、現実は変わるわけもない
そんな時期に、これはルナとは関係がないが、少し不思議だった事件を話そう
私がある日一時間目の授業が始まるときに教科書を出そうとすると、
机のなかに黒いブックカバーのかかったマンガが入っていた
中は、あるマンガの新章の二巻
私が読みたかったマンガだったのですごく気になったが、
もちろん名前は書かれていないし、
誰かが昨日授業中に読んでいたマンガを隠して忘れたのかと思い、そのまま数日放置した
取りに来たら読んでもいいか聞きたいなーと思いながら
しかし、誰も取りに来る気配がなかったのでリョウタと相談して私がもらうことにした
下手に学校にマンガを置きっぱなしにするのは危ないのではと判断した
取りに来たらいつでも返すつもりで、丁寧に読んで保管していた
そしてもう卒業まで間近というころ、
私はわりと中学校は遠かったので自転車で早めに来るのだが、
朝早くに着いてロッカーを開けると、見覚えのある黒いブックカバーがかかったマンガがあった
中は同じマンガの新章の三巻
さすがにこれで確信に変わった
このマンガは私向けに同一の人が贈ってくれたんだ!
あとで調べてわかったことだが、どちらも発刊されて一週間以内に私に届けられていたようだ
しかもそのブックカバーは、あまりこの学校の生徒が通っていない遠い地域の駅内の本屋のもの
そして、別に私はそのマンガが好きなことを大して公言しているつもりもなかった
そもそも理系クラスでは地味なキャラなので、そこまで私のことを知っている人もいなかっただろう
二巻から届きはじめたことを考えると、
犯人はその期間に私がそのマンガを好きなことを知ったと思うのだが、
それだけでは犯人を特定することもできず、なんとも言えなかった
私はこの犯人が分からなかったが、名乗らずにプレゼントをくれるので、この人をストーカーと呼んでいる
四巻は私がもう学校が変わってから発刊なので、届かなかった
少し時間を戻して、
卒業する日が近付くにつれ、私は最初は行きたかったその高校にだんだん行きたくなくなっていった
寂しくて寂しくて
ルナと、もういられない
きっとすぐに私のいない世界はうまく回りはじめて、あっという間に忘れられる
忘れられることが怖かった
だから、少しでも記憶に残りたくて
前より少しだけ近づく努力を増やした
でもやっぱり直接ルナの顔をあまり見れなかった
卒業までは口を固く守り抜く気持ちは緩めなかった
どんなにこの時間を留めようとしても
あっという間に流れていく
みんなは優しくて、最後に六人全員で卒業式の次の日に私のためにカラオケパーティーを設定してくれた
私はみんなへの感謝とルナに喜んでほしくて、
その日のために黒いゴスロリの服を用意した
ネットのノーブランドだが、パニエで膨らませたスカートと長く垂れる姫袖がかわいい服だった
靴下もボーダーのニーハイを用意し、一番難しかった爪先が丸い理想の靴も見つけてきた
中学生にしては奮発したはずだ
卒業式のことはあまり覚えていない
きっと他のどの人とのお別れも大して大事ではなかったからだ
大切な人達とのお別れはまた明日だから、今日は泣く涙もなかった
もしあるとすれば、あの美しい桜の木とのお別れだけ
次の日
六人でカラオケに行った
私のゴスロリはとても受けがよかった
その日はかわいい格好で勇気も出たのか、ルナといつもなら考えられないほど触れられた
テンションが高かったので、だれかれ構わず私は抱きついた
このときはなんの寂しさもなく、とにかく心の底から幸せだった
全員揃ってのカラオケはずいぶん久しぶりで
ああ、私はみんな大好きなんだな
ありがとう
そんな気持ちで胸はいっぱいだった
もっと一緒にいたいな
これからも会いたいな
小学校の卒業式のときのあの、やっと卒業できた、なんてマイナスに爽やかな気持ちはなかった
しかし、夜になるとやはりお別れを思い出す
楽しめる限りすべて楽しみ尽くしたので後悔はなくお開きになったが、
やはり寂しくて仕方なかった
そのときルナが普通の調子で言った
「このあとイオン行きたいんだけど誰か来ない?」
「いくー!!」
私には救いの声に聞こえて、すぐに飛び付いた
他の子は駅からの関係上、遠回りになるので誰も来なかった
彼女と二人きりでタワレコでCDを買った
行きのバスでもイオンでもずっとルナと会話していた
こんな日が来るなんて夢にも思わなかった
ルナの目を見ながら会話できる
なんだかルナも楽しそうだ
もしかして、ルナも今日寂しい気分だったのかもしれない
そんな都合のいい仮説さえ立ててみた
手を繋ぐことさえできた
なんて今日は素晴らしい日なんだろう
これならもう一声いけるかもしれない
ものすごく勇気をこめて、けれど軽い調子で言ってみた
「ねえ今日泊まりにいってもいい?」
えーっその服で?なんて言いながらも何プッシュか言うとあっさりした答えが帰ってきた
「ちょっと親に確認するね」
私は友達を家に泊めたことがないので、そんな軽い調子で決めれることに内心驚いていた
私なら1ヶ月前に予約制だなーなんて思いながら電話が終わるのを待った
鼓動を悟られないように、少しだけ余裕のある微笑みを用意してルナを見つめた
なんだか今日はすごくなにもかもうまくいく
特別なお洋服のおかげかもしれない
私は舞い上がっていた
だからその夜はあんなに積極的になれたのだろう
そのあとバスで彼女の家に行った
やけに長い時間バスに乗っていた
疲れたのか、ルナは私の肩に頭を乗せようとして、でも身長的にそれは叶わず、
なので私がルナの肩に頭を乗せた
今日一緒にいられることが嬉しいけれど、やっぱり寂しくて寂しくて止まらなくて、
でも表面には何一つ出さずにルナの隣の席に座ってバスに揺られた
バスを降りてからの多少の坂道は、少し寒気のする場所だった
霊的なものに敏感な私には、明らかになにかの霊がいるのを感じつつ、足を速めた
彼女の家にも、少し同じ雰囲気を感じていた
「ダイニングは明らかにいるよね、これ」
言ってみると、ルナも少し心当たりがあるらしく、ちょっと怖かったのでお風呂も手早く済ませて部屋に引きこもった
彼女のジャージを借りて、ルナがあがるのを待ちながら部屋を見渡していた
物が多い
特にCDがすごい
棚にびっしり
やっぱりV系だよね
ポスターもそんな感じだし
やっぱりこの部屋もルナの匂いでいっぱいだ
私はルナの匂いが好きだった
いまだに思い出せる
あとで共通項を探すと、私は匂いフェチらしい
鼻が良いのもあるのかもしれない
とても満たされる匂いだ
ちなみにお風呂場は家族全員バラバラのシャンプーらしく、
どれを使ったらいいのか分からず、ルナのものにはヒットしなかった
ルナがあがってきて少しのんびり話をした
シャンプーはどこのを使っているのかが一番気になっていたが、聞いてもカタカナで覚えられなかったのがいまだに遺憾だ
緊張はあまりしない
むしろわくわくする
私は人の家に行くと、とにかくわくわくする
たとえ面白いものがなくても、人の個人スペースには興味が尽きない
不安があるとしたら、今日私は生理なので布団を汚さないかどうか
そう、この日私は生理だった
なのでいわゆる「問題」なんて起こらないことは先に言っておこう
ロフトベッドを上がって一緒にベッドに寝ると、さすがに近さにドキドキした
電気まで消すと生唾がのどを下る
私は今日楽しかったねなんて他愛のない話をしていたが、
ふとした沈黙で、ぶり返してきて泣きはじめてしまった
やっぱり、さみしい
ここまでの抑えていた気持ちが溢れてきた
何度か吹き出しそうだった寂しさをグッと押し隠していたが、洪水は簡単にマンホールを押し退ける
「さみしいの、すごく。みんなとお別れしちゃうの。忘れられるのがつらい」
ルナはぎゅっと抱きしめながら頭を撫でてくれた
優しい
ルナは優しいな
「そりゃ、さみしいよね。また夏休み遊ぼうよ。連絡してよ」
「卒業しても電話していい?」
「いいよ」
嬉しいけど、切なかった
気持ちを伝えたくなる
でも抑えて抑えて、彼女にしがみついた
いろんな話をした
思い出話も、どんなこと思いながらグループにいたのかも、部活のことも
行く学校のこともルナに話した
これで二人目だ
広めても広めなくてもどっちでもいいよと言ったのに、彼女は誰にも言わなかった
宗教であることにも深く言及しなかった
ルナはちゃんと大人だな
こんなところも好きだな
なんて一人で胸をときめかせていた
こんな会話の隙間すきまで
実は私はルナに「イタズラ」していた
ルナは耳が弱い
私は性欲に少し負けて、彼女の耳をなめたり噛んだりした
首もとまで舌を伝わせた
ついでに胸の近くまで行ったら危なくないところで引き返す
頬やおでこにもキスをした
「これされるのどんなかんじ?」
なんて色気のない好奇心のテンションで聞いた私に、ルナは艶めいた声でささやく
「背中、ゾクゾクする……」
舐めているとき明らかに声を少しも出さないように我慢する彼女に
なんだか興奮して
つい
「口にもキスしていい?」
と勢い余って聞いてしまった
「…それはダメだよ…」
声が少し切なそうだった
ルナの好きな人なんてとても聞けないけれど、もしかしたらいたのかもしれない
体が熱くてたまらなかった
ジャージも脱いで、キャミソールで抱きつく
けれどそれ以上は手を出さなかった
もう、それだけで、これ以上ないほど満足している自分がいた
もしこれ以上進んだら、「好き」が口からこぼれ落ちてしまいそうだ
外が明るくなってきたので二人で見つめあって笑い、昼まで惰眠を貪った
春休みはあっさりして、入学準備に追われた
私は高校で寮に入るからだ
行きたくない気持ちでダラダラとしか準備を進めない私も多少は焦る程度にはやることが多かった
昼間はやることに向き合っていても夜になると毎日ルナのことを思い出していた
入学式もずいぶん態度が悪かった
クラスの自己紹介も最悪な第一印象を作ったことをいまだに語り継がれている
二人部屋の相方のソノコはとても明るい子で、私にはまぶしすぎてずっと一緒にいることが難しかった
あまりに自分が惨めになった
しかし周りを見渡すと、ソノコみたいな子は少なくて
むしろ私より煙をぶすぶすとあげるように不貞腐れた生活をしている人のほうが圧倒的に多かった
その光景が私には残念だった
本当は、どこかで期待していた
私もこの学校に入れば周りの素晴らしい人達に感化されてせめて「普通」くらいにはなれるのでは、と
現実は自分より酷いタイプが多かったように見えたことが、私にはかなり堪えた
授業にもあまり出ずにふらふらと一人になろうとした
学校や寮が集団生活といっても、一人になろうと思えばなれる
ルナを想って泣く場所を探すこともあった
会えないことが、こんなに体を重くさせることを知った
電話をかけることも多かった
でも楽になれなかった
5月の頭のある夜
相方の子が寝ている横で
部屋の電気は消えて、スタンドのみのライトの下
私は手首をカッターで切ってみた
リストカッターのことはよく知っていたが、本当にこれで心が楽になれるならと思ってやってみた
すぐにはバレないように、袖からみえない、手首より少し上を切った
小さな赤い線は期待していたより地味で
血もぷつぷつと微小な点を結んだだけで滴りもしなかった
こんなもんか
そうか、リスカってそんなに大したこと じゃないんだ
やろうと思えば簡単にできるんだ
やる前もやった後も、私自身はなにも変わらない
みんなが騒ぎ立てるほど、特別なことでもない
予想していたような精神の解放はなかったが、意外な発見だった
軽くティッシュで拭くと長袖のジャージの下に隠してベッドに寝転がった
痛みは切ったときより、切って放っておいているときのほうがジンジンと感じた
もう一回やれば楽になれるかな
そう思って何度か繰り返してみた
2本、3本、4本、
平行に、斜めに、十字に、長めに、深めに
ふと、切ったあと自分がスッキリしていることに気付いた
血を見ているときに心がふっと安心することも
これはいい
誰にも迷惑をかけずに自分一人で静かに知られずにストレス発散できる
そこからは切ることがクセになった
ルナがいない寂しさを埋めるには、血が最適だった
授業をサボってトイレにこもり、こっそりリスカをするようになった
血はトイレにポタポタと落としてはティッシュと一緒に流した
手当ては軽くティッシュを貼るだけ
ジャージの下か制服の下ではティッシュがカピカピになっていて、剥がすと傷が開いた
軽く腕を伸ばして物を取るだけで、塞がりかけた傷がパクパクと口を開ける
黒い染みが目立たないようにジャージで生活するようになった
寮でも、空き部屋にこっそりティッシュを持ち込んだ
肘まで傷痕でいっぱいになるのに、大して時間はかからなかった
一回に10本以上切るのが当たり前だったので、昼間に切ったところを夜にもう一度開いた
ときどき刃が切れにくくなっているのに力任せに切るから、太いミミズ腫れができる
次に手を出したのはピアス
初めて開けたのはやっぱり自室で、早朝の清らかな朝日が差し込むなか、まだ眠るソノコの横で3つ開けた
菌がやはり怖いので、ピアッサーでしか開けたことがない
知識の通り、血は出なかったが、
パチンッという音とすこし痺れる耳たぶが心地よい
私は結局5ヶ月で軟骨も含めてピアスを13個開けた
その後校則で禁止になったが、それまでは耳にジャラジャラと銀のピアスを着けていた
おしゃれとしてではなく、開けることに関心があった
開けたときの胸の爽やかさが心地よかった
軟骨は安定するまでに腫れて痒くて、鼓動と同時にドクドクと痛んだ
無性にイライラすると思っていたら軟骨が痛いからだったが、それさえも快感を感じていた
一度だけ貫通しきらなかったときは血がダクダク流れたことがあるが、
基本的にきちんとやればピアスは痛くないし血もでないことは私はよく体感した
最後に手を出したのは脱色
ブリーチで毎週髪の色を抜いていた
これもおしゃれというより、染めるために染めていた
お金はないので美容院ではなく友人が染めてくれた
終わったあとはいつも心が軽かった
こうして、
私は痛みに依存していた
そうでないと立っていられなかった
溜まっていく毒に潰れそうだった
私はただ会いたかった
あの頃はよかったと思ってしまう
あなたとの高校生活ならどんなに楽しかっただろう
そんな姿を想像し、また寂しくて、新しくカッターで線を引く
辛かった
独りだった
自分の痛みだけが答えをくれた
ところで
私の学校は体育祭が六月にあったのだが、
そのときは全員半袖の体操服を着なければいけなかった
ブヨに刺されて包帯を巻いている子が多い学校だったので、
練習のときも本番のときも包帯を腕に巻いて「刺されただけ」と言っていた
一年の体育祭は生きる気力もなかったので
集団にも混ざらずに、体育祭の途中にも抜け出して汗まみれの腕にリスカしていた
そうして包帯の日焼けができた
さすがにいつまで経っても治らない腕を怪しんだらしい寮職員が
大浴場に掃除を装って私の腕を覗きにきたため、見つかってしまった
ちなみに私はかなり悠長に構えていて
いままで友人と入っても腕のことに関して触れてくる人はほとんどいなかったし、
例え言ってきても「ちょっとねー」なんて適当に返事をすれば流してくれたので
他人なんてそんなに自分に関心がないものだと諦めるように油断していた
なので基本的に私は個室風呂を使わなかった
その後、寮職員と全然知らなかった先生と保健の先生の三人に呼び出され、相談乗るよ?みたいな会を開かれたが、
もちろん話すつもりなんてさらさらなかったのでほとんど話さなかった
というより、納得してもらえそうな嘘をついた
そういう同情、いらない
ほっといてほしい
あなたたちに解決できるものでもないのに踏み込まないで
誰もこの寂しさに気付かなくていい
同性愛の私は「いけない」子だから独りで堕ちるから
これしか私には楽になれる方法がないの
そんな内心を抱えて、早く終われと思いながら嘘を吐く
満足したのか諦めたのか、
先生たちは最後に、なぜかカッターを消毒し、切る回数減らそうね、みたいな約束をさせた
下手に消毒されたせいでカッターが錆びたのはここだけの話
一生告白するつもりはなかったのに、
夏休みの前にはもう気が持たなくて電話ごしで告白してしまった
彼女のブログから伝わる楽しそうな高校生活に、私を忘れられたくなくて焦っていたのかもしれない
「ルナのこと、好き」
言ってしまえば、もはやなにをそんなに怖がっていたのか分からなかった
こんな一言のために、長すぎる時間、苦しんでいたのか
「そっか」
返事はそれだけだった
このときの私は明確な答えは聞きたくて、それからも何度か電話をして好きと言ってみたが、
大人なルナに上手に慰められ、かわされるだけだった
夏休みも一度だけ会う機会があったが、
そのときはあのときのグループで集まったので二人で話す機会なんてなかった
でもそんな必要もないのだろう
もう答えはわかっているのに
いつまで私はルナに迷惑をかけているつもりだろう
きっと、これはダメだったんだ
振り向くとやるせなさに打ちひしがれた
言わなきゃよかった
これじゃ、もうルナに会えない
きっと嫌われた
同性愛者ななんて本当は受け入れられないだろう
彼女はときどき言っていた
同性愛の話が出ると
「別に私は同性でも付き合えるよ」
その言葉がほんとうだったのか、確かめる術はない
少なくとも、私は「ダメ」だった
それだけは分かる
もうそれ以来、ルナとは一切連絡を取らなくなった
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
それだけを心のなかでルナに叫び続けていた
贖罪するように
恋の墓標の前で手首を切る
そして高校一年の夏は終わった
大学生になって知ったことだが、実は私は遠距離恋愛はできないタイプだ
ルナと離れて、私は半年で想いは離れた
あんなに苦しかったのに、時間と忘却は人間の味方だ
確かにいまでもふっとルナのことは思い出すことはあるが
それは悲しさではなく懐かしさと感謝と共にある
連絡先はもうわからないけれど、
先日Facebookで興味本意でルナを探してみると
元気そうな写真が載っていた
幸せに生きていてくれる
中学のころのルナは気分が落ちることが多かった
私と同じで鬱は入っていたのかと思う
だから、何か辛いことがあった拍子に誤って自殺するのではないかと心のどこかで心配していた
でも美しく成長していた彼女を見て、心強かった
あなたが幸福に生きてくれることが、なにより嬉しい
苦しくてたくさん自分を傷付けた
まだ夏が終わったばかりのころはリスカをしていたが、それも冬までには終わる
このあと、私にも転機が訪れた
憧れの人ができた話から次は始めよう