二年後『下』
久しぶりの1日2話投稿!
最初、イルマはライが嫌いだった。
王龍の癖に真っ黒な鱗。雷の扱いも下手で、身体もそれほど強くない。
どこか態度もはっきりしないし、頼りない。それがライの印象だった。
アギルからライの中には異世界から来た人間の魂が入っているということも聞かされた。誇り高き王龍の身体に人間の魂が入っているなんて、とイルマは思っていた。
大嵐で流されで二日目、2人は龍の谷に向かって進んでいた。
その日もいつもと同じように、イルマがライを突き放すように歩いていた。イルマのほうがライより足が速いので、ライは常に全力で走るようになっていた。時折苦しそうな様子を見せるが、イルマとしては速度を落としてやる気にもなれなかった。
ライが何かに気付いたように声を上げた。だがイルマは聞こえぬふりをしてそのまままっすぐ進んだ。
イルマは何かにぶつかり、顔を上げる。そこには人間がいた。
偶然にもイルマを見つけた人間はどうやら魔獣を専門とする密猟者であったようで、イルマを捕まえようとした。イルマも当然逃げるが、幼すぎるイルマが扱える雷では人間たちを怯ませるくらいしかできず、ただ追い詰められるままでいた。
こんなところで終わってしまうのかとイルマはうな垂れ、抵抗をやめた。
人間たちは抵抗をあきらめたイルマを捕まえるために手を伸ばしたが、後ろからライに体当たりを受け、前かがみになっていた人間はそのまま転倒した。
イルマはチャンスとばかりに、人間から逃げ出す。追いかけようとする人間。ライは道を塞ぐように立った。
雷のはじけるような音がした。ライの身体には稲妻がまとわりついていた。イルマは思わず目を見開いた。その雷はいくら王龍といえど、幼少期にあるライが出していいレベルのものではない。制御を失った稲妻が走り、木を当たり前のように薙ぎ倒し、岩は蒸発もしくは吹き飛ぶ。
「手加減はできない」
人の言葉を魔獣が話したことから、目の前にいるのが上位の魔獣であることを理解したのだろう。男たちは目の色を変えてライを捉えようとする。
魔獣狩りの存在は今も昔も絶えることはない。魔獣の体内には魔石という魔力の塊があることは既に周知の事実であり、これを国に持っていくと質によって硬貨に換えてもらえる。また魔獣を従える魔獣使いという職業も存在しており、弱らせた魔獣に拘束の首輪という魔術道具を使うことで無理やり命令を聞かせることができる(これは人間にも使えるので奴隷を管理する際にも使われる)ので、魔獣を捕獲し、販売するものも多い。
その中で上位の魔獣はかなり高い金額でやりとりされている。成長済みの魔獣はとても相手にはできないが、まだ幼い魔獣であれば危険は伴うが捕まえたときのリターンが大きい。
ライには人間たちが自分を捕まえた後の報酬のことを考えているのだとなんとなく理解できた。
遠慮はいらないなとライは考えた。身体にくすぶる力を雷に変換する。まだまだ効率は悪いがどれだけ使っても力は一向に尽きる気配がない。
ライの身体が発光する。身体自体が雷そのものになったような錯覚を覚えるほどの放出量に人間たちも悟ったのだろう、これを相手にしてはいけないと。
だが逃がすつもりはなかった。人間たちに向かって吼える。すると今までライの身体にまとわりつくだけだった稲妻が、方向性を与えられたことで人間たちに飛び出していった。
轟音。人間であったものは跡形も残らず消滅した。周囲にあった木々はその余波を受けて、半分以上が削られていた。ライは力を行使した疲れで少しふらついた。身体の中には未だに出口を求めさまよっている大きすぎる力が渦巻いていた。
その様子を見ていたイルマは震えが止まらなかった。なんだろうあの力は。いくらなんでも大きすぎる。あれではまるで父の、成熟した王龍のようではないかと。
しかもライはあれだけの力を放出したのにまだ溢れんばかりの魔力を放出している。イルマは理解した。あれだけの魔力量があるのならば、制御が難しくて当然だと。加えてライに宿っているのは人間の魂だ。王龍のものではない。身体をうまく扱えないのも当然だろうし、魔力もない人間に雷を操るなどという芸当はできるはずもない。だがライはイルマにも分かる程度には身体に慣れ始めてきている。もしライが今の身体に完全に慣れたらどうなるかを想像しイルマはぞっとした。運動自体はそこまで得意ではないようだが、それでも王龍の特性である雷変換は体得してしまうだろう。見ていた限りライは雷の扱い方がうまい。信じられないほどの魔力が活動しているなか、完全に暴走せずに雷を扱うなんて自分には無理だと分かる。そして今までライにしてきた態度を思い返し、血の気が引いた。
中学校になって人恋しさに気付いた。親とも距離が離れていき、になり、気付いたら自分の居場所がどこにもなくなっていたという。だからライは自分の居場所に固執する。新しくできた家族を失うことを強く恐れてしまう。
それがライの、龍馬の弱いところであった。家族を、親しい友人を傷つけるのを必要以上に恐れてしまう。前世では一人も友人のいなかったライはどこまで干渉して良いのか分からないのだ。
イルマは思った。この人は放っておいては駄目だと。
その日からイルマはライに積極的に関わることにした。家族との関わり方を、少しずつ教えていったのだ。ライはまだ距離感を掴むのが下手なので、たまに必要以上に過度のスキンシップを取ってくる。イルマはその度にライを意識するようになってしまう。
そしてライが最低限の関わり方を覚えた頃にはイルマはすっかりライのことを好きになってしまっていた。それでなくとも魔獣はより強い魔獣に引かれるものなのだ。ライの凄まじい魔力と驚くほどの成長速度を知っているイルマは強い魔獣であるライの子供を生みたくて仕方ない。最初のうちは堪えられていたが、次第に自分を抑えきれなくなり、爆発した。
……………開き直りとも言う。
それから毎日ライにべたべた引っ付くようになる。兄に近寄るものを威嚇して遠ざけようとする。いつしか彼を基準にイルマの行動は決められるようになっていた。
「はぁ……どうすれば」
イルマはライの子を産みたくて仕方がないが、ライの人格は人間のそれである。すなわち獣相手には発情しないのだ。人間の中にはそういう奇特な人もいるらしいが、少なくともライにはその気はなかった。
どうすればいいのだろう。どんなに頑張っても魔獣は魔獣である。イルマは王龍の一族に生まれたことを初めて後悔した。
「どうしたんだい、そんなところで」
イルマが声につられて顔を上げると、そこには母であるマルクがいた。
マルクはイルマがライに積極的に迫っていることを知っている。こんなことを相談しても仕方ないと思うが、今は誰かに聞いてもらいたい気分だった。
「お兄さまのことです。お母さまも知っていると思いますが、お兄さまの価値観は人間に近いので、わたしのような獣は恋愛の対象として見てくださらないのです」
「また直球だね、我が子ながら。まさかここまで堂々と近親相姦宣言されるとは思っていなかったよ」
マルクは思わず苦笑してしまう。その様子を見たイルマはむっとする。
「笑い事ではないのです。少なくともわたしにとっては」
「いや、悪かったよ。でも、そうだね……どうしてもっていうなら方法がないわけでもないよ」
「なんですって!?」
イルマはがばっとマルクに近寄る。その勢いに思わずマルクは驚いてあとずさる。
「少しは落ち着きな、イルマ。そんなに迫られちゃ話すものも話せないよ」
イルマはついつい熱くなりすぎている自分に気付き、自分を落ち着かせた。
「魔獣の中でも最上位に位置する《王族》には自分の身体を変化させる能力があるのさ。ただし、実際にやるとなるといろいろなものが必要になってくる。幸い道具に関しては前の世代から受け継がれたものがあるけれど、それ以外にどうしても必要なものがあるのさ」
「それは何なのですか?」
「人を見ることだ。人の姿になるには人のことを知らなきゃいけない。だからできるだけ多くの人に関わって、人の考え方を理解しなきゃいけないのさ。とはいってもそう簡単にできることじゃないよ。なにせ人間とわたしたちはまったく別の生き物なんだからね」
「ですが……それで人の姿になることができるのであれば」
「やるのかい?」
「はい。やってみせます」
迷うことなく言い切るイルマにマルクはそうかい、とだけ言った。
「一人ではどれだけ時間がかかるか分かりませんよ」
そこに第三者の声がした。馬の足音と共に現れたのはシウバである。
「何をしに来たのですか、変態ケンタウロス」
「変態って……もうその話題はいいじゃないですか。わたしもイルマちゃんの力になりにきたんですよ」
「あなたが、ですか?」
「はい。わたしの力を使えば人間の考え方や心の動きを実際に体験させることができます。正直かなりの荒療治になるでしょうけど、習得に必要な時間はかなり短縮できるはずですよ」
イルマは少し悩んだが、シウバにお願いしますとだけ言った。
「大体ニ、三年離れることになるだろうからね、先に挨拶しておきなさい」
マルクの言葉に、イルマは少し悩んだが、あとでマルクに知らせてもらうことにした。
言い出すと絶対にライは止めるだろう。それにこれは自分の気持ちを確かめる良い機会だろうとイルマは考えた。
必要最低限の準備だけして、イルマはシルエとともにマルクの知り合いという人間のもとで人間を観察する旅に出た。
これから学校行事が忙しくなって小説が書けなくなる時があります。
その場合4日以内には投稿するのでよろしくお願いします。
次話『ライと森の神』