聖都と勇者
聖王都ハプルス。その中心には国内でも最大級の教会、通称大教会が存在している。
今大教会の周囲には最大級の警戒態勢がとられている。それこそ犬猫一匹すら見逃さないほどの厳重さだ。
大教会内部では、数多くの男女がいた。比率としては男5に女5といったところだろうか。
彼らは教会の長椅子に座っていた。元の世界の服を着たままである。これからどうなるのだろう、異世界に呼ばれ、右も左も分からないままの彼らには二つの共通点があった。
まず、服が皆同じ。全員真っ黒な服を着ている。そう、この世界の人々が見るとわからないかもしれないが、彼らが着ているのは学生服。普通の学校生活を送っていた彼らは召喚魔法の気まぐれで非日常へと送り出されてしまった。次に、全員子供。周りを見回しても大人は一人もいない。実は召喚魔法に仕掛けがあって、16歳以下の人間しか召喚されないようになっていた。
そんな彼らを見下ろす存在が二人いる。
彼らを見ながら聖王都ハプルスの第三位王位継承者である姫君、シュロ・アーセノウドとその兄セバスはふう、とため息をついた。
覚悟を持ってこの役割を自分ではあるが、やはり緊張が抜けない。
シュロの父である王によって考えられた勇者召喚計画は、百年前に起こった失敗を踏まえて作られたものである。
まず対象を無作為に召喚するのは危険である。できるだけ反抗の意思を持ったものは入れないほうが良い。つまり精神の熟成している大人は呼ばないほうがいいということ。
そして勇者たちを自分たちの思うように動かすには、彼らが自発的に動けるような何かが必要だ。
王はまず金や名誉を考えたのだが、今の国の経済状況ではそれほどたいした金額や立場を用意することはできない。ルベールとの小競り合いによって聖王都は徐々にであるが力を落としていたのだ。
「じゃ、シュロ。読むのは任せたよ。俺めんどくさいし。あと最後の質問コーナー、女の子の答えはやってあげるから、男の子のお世話はよろしく。その服にあってるよーん。」
「う、うるさいっ!兄様だってちゃんとお世話してくださいよ?私だけに任せたらお父様に言いつけるからね!?」
シュロの着ている服は真っ白なショール。下着が赤いため、ちょっとというか、もうかなり透けている。思春期の少女にとっては苦痛極まりないが、父から土下座までされては仕方がない。
全ては、今日、この日のために。
シュロは話す内容を書いた紙を何度か暗唱した後、覚悟を決めて壇上へ歩いていった。
ざわざわと話し声が飛び交っていた大教会がシュロの登場で一瞬静まり返った。
シュロは自分に男たちの視線が集まるのを感じる。まず顔に目がいき、それから身体(多分下着だろう)を見られる。シュロはその視線に怯えながらも、ぎゅっとなけなしの勇気を振るい、大きな声で話し始めた。
「みなさん。突然このような場所に呼ばれてしまい、混乱していらっしゃることでしょう。まず最初にそのことを詫びさせていただきます。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。ですがわたしたちにはそうしなければいけない理由があるのです。それを今からお話しようと思います」
一呼吸を置いて、シュロは話を続ける。
「わたしたちの世界は今、危機に瀕しています。この世界にはマナと呼ばれるものが存在します。これはわたしたちだけでなく、この世界全てに使われているエネルギーです。このエネルギーが今枯渇しようとしています。このエネルギーは有限であり、誕生と共に大地より使われ、死滅と共に大地に戻ります。これ自体は普通のサイクルです。ただ、この世界にはそのマナを溜め込む性質を持つ生き物が存在します。それが魔獣と呼ばれる存在です。」
マナの枯渇というのは嘘である。ただ完全な嘘というわけでもない。マナがこの世界全てで使われているエネルギーであるのは間違いではないが、将来的にも枯渇することはない。
それに大事なことを言っていない。確かに魔獣はマナを溜め込む性質があるが、それは別に魔獣だけに限ったことではない。例えば人間だってマナを溜め込む。そこら辺にあるような石ころだってマナを溜め込む。ただ溜め込める最大量が違うというだけだ。
また召喚した勇者達は既に大量のマナを溜め込み始めている。彼らは最大量が非常に大きいので、このために集めたマナがあっという間に消費されていく。
溜め込まれたマナは身体の中で魔力に変換されていく。魔力とは人間や魔獣たちなどの生き物が、マナを扱いやすい形に変えたものなのだ。魔力が高いというのは溜め込める魔力が高いのと同じ意味である。変換効率は魔力の最大値によって変化するので、魔力が高いほど変換効率も高くなる。
ちなみに魔力は放たれた後しばらくの間は魔力として漂っているが、時間の経過と共に自然分解してマナに戻っていく性質がある。
「魔獣と呼ばれる生き物がいます。普通の動物に似たものや、この世界にいる動物とはまったく似つかないものもいます。彼らは人や家畜を殺し、マナを溜め込みます。そしてそのマナをある場所に運ぶのです。魔獣の森。わたしたちはそう呼んでいます。この世界には大きく分けて八つの魔獣の森がありますが、わたしたちが今問題と感じている魔獣の森はここから二番目に近い場所にある最大級の大きさを誇る龍の谷です」
周囲の様子を見る。これからの自分の人生が関わっているからであろうか、真剣に聞いてくれているようだ。シュロはほっとする。ただ何割かは未だにシュロの身体をじろじろと見ているようだが、話をちゃんと聞いてくれるのならいくらでも見れば良いという気持ちになっていた。開き直りである。ただこれが原因で後にシュロに露出癖を目覚めさせることになるのだがそれはまた別の話である。
「龍の谷、その中心には大樹が存在します。この大樹は魔獣たちを従える力を持っており、その力を持ってマナを集め、溜め込むのです。大樹はマナを使い、自分の森を富ませます。ですが限りあるエネルギーであるマナが一点に集中することで谷以外の場所では作物が育たず、家畜もやせ衰えてしまうのです。しかも困ったことに大樹の溜め込めるマナの量は他の魔獣とは違い、限度がないのです。このまま魔獣たちがマナを吸い上げ続ければ、人間たちはどこにも住めなくなり、死を待つだけになってしまうのです。この大教会からは分かりませんが、この聖王都でも作物の収穫量が減り続け、家畜の数も減ってしまっているのです」
実際には聖王都などの人が集まっている場所で、マナを使用する魔法具を生活用品にまで広げたため、供給が需要に追いつかなくなっただけのことなのだ。魔法具をやめればいいのだが、聖王都のものたちは今の生活の水準を下げることはできなかった。
そのために多くのマナを確保する必要があるのだが、現状聖王都に控えている兵士達だけでは十分な量を稼げない。加えて今勇者を召喚したことにより、今までこつこつ蓄えていた大量のマナを消費してしまった。手痛い出費だが、これから勇者たちによって大きなリターンを得られることを考えれば必要な投資だろう。
「皆様にお願いしたいのは、魔獣を倒し、奴らが溜め込んでいるマナをわたしたち人間の手に取り戻すことです。魔獣たちはその身体のどこかに魔石と呼ばれるものを持っています。それは魔獣の身体の中で溜め込んだマナの塊で、それを特別な道具を使って砕くことで、その大地にマナが戻るのです。これから皆さんにはちゃんとした訓練を積んだ上で、魔獣と戦ってもらうことになります。勿論危険で、皆様としてもこのような戦いに巻き込まれることは本位ではないでしょう。ですが皆様にはこの世界に住む誰よりも優れた才能があります。鍛えれば大抵の魔獣を一撃で倒すことも可能でしょう。わたしたちは皆様が持つその才能が欲しい。勿論何の報酬もなく無理やりに戦えなどとは言いません。我々は皆様がこの世界で快適に暮らすための娯楽を用意しております」
シュロが手を叩くと、大教会の扉が開き、まだ年端も行かぬ幼女から大人の魅力を詰め込んだような美女まで合計三千人以上の女性と、千人以上の美少年、美青年が異世界人たちの周囲をぐるりと取り囲むように整列した。
目を引くのは男性も女性も露出度が高い、あるいは体が透けて見えるような服ばかりを着ているというところだ。
大事な部分しか隠れていないレオタードのような衣装を着ているものもいれば、シュロのように身体が透けて見えてしまう服を着ているものもいる。男の中には少女と見まごうほどの美少年が、女物の服を着て恥ずかしがっている様子や、鍛えられた筋肉を見せ付けるように肌を露出している青年も見られた。
「皆様はこの中から二人までを従者として連れて行くことができます。彼らは皆異世界から呼ばれた勇者である皆様のために教育されたものたちで、勇者である皆様の言葉であればどんなことでも従います。性奴隷のように扱っても構いませんし、恋人のように接していただいても構いません。また戦いに巻き込まれ、死んでしまった場合は補充も受け付けています。ただし、勇者様たちが虐待のような行為の末殺してしまった場合の補充は受け付けられませんのでご注意ください」
異世界から呼ばれた勇者たちは、目の前にいる美少女美少年たちを好きにできると聞いて、今にも飛び出してしまいそうなほどいきり立っていた。もしかしたらこちらと向こうの世界に美的感覚の違いがあり、彼らにとっての戦う理由にならないのではないかとも考えたが、どうやら杞憂であったらしい。一応過去の異世界人の文献をあたり、大体同じような感覚だということはつかめていたのだが、それでも確実ではなかった。
シュロは少しほっとしている。とりあえずここまでは問題なかった。一番の問題であった美的感覚の違いもクリアした。
「魔獣を倒して得た魔石は国で買い取ります。皆様は昌石と引き換えに得たお金で好きなものを買っていただくことができます。皆様がその溢れんばかりの力を開花させれば得たお金で家を建てたり、新しく奴隷を買うこともできます。また一定以上の魔石を納めていただいた方には貴族として扱うことも検討しています」
おお、と勇者たちが騒ぎ出す。勇者の中には今にも待ちきれないといった様子のものも多く見受けられる。
数多くいる勇者が次々に魔石を集めて換金すると、金銭的に少々難を抱えている聖王都では金があっという間になくなってしまいそうな印象を与えるが、マナは全ての産業の根幹でもあり、あらゆる生産の動力源としてマナを使用しているので、マナに余裕があれば、より高品質な商品を作り、利益を生み出すことができる。また勇者が得た金を使うことで金が回り、市場が活性化するのだ。
勇者たちが魔石を魔獣から集め、その対価として金を得る。そして国は勇者によって集まった魔石を使い、産業を活性化させ、利益を生み出す。この際生まれる利益は勇者に払う対価の三倍以上と予想されている。
勇者は聖王都に莫大な利益を約束してくれる働き蜂なのだ。
「さて。それでは皆様と共に日々を過ごす従者を選んでいただきます。このまま選んでいただいても構いませんが、それでは混雑してしまうだけでなかなか決まらないでしょう。ですので、別室にて希望を聞き、その条件に見合うものをこちらで絞り込みます。その上で勇者の方々に選んでいただくことになります。選ぶ順番は勝手ながら潜在力の高い順番にさせていただきますのでご了承ください」
シュロが手を叩くと従者候補たちは大教会の出入り口から退室していった。
「では従者選択の基準にもなる潜在力を測定させていただきます。係りのものが参りますのでそのままお待ちください」
一回頭を下げると、シュロは端に引っ込み、はぁ、とため息を漏らした。
異世界人を騙すことに罪悪感がないと言えば嘘になる。だがこれも自分たちが生きるためだと無理やりにでも納得させた。
聖王都大教会には今、王の命令により、異世界より呼ばれた強力無比な魔力と才能を誇る勇者たちが集まっている。その数――約1000人
次話『まだ考え中』←ご期待を!!!