龍の谷
二話目!
活気あふれる国からはるか遠く、深い谷があった。
その谷の回りには小さな村が二、三あるのだが、村の住民は谷には決して近づかないようにしていた。
なぜならば、谷には数えるのも億劫なほどの魔物が生息しており、足を踏み入れればあっという間に魔物たちの餌になることをわかっていたからだ。
龍の谷と呼ばれているこの場所に、今新しい命が芽生えようとしていた。
普段ならば魔物の誕生は取るに足らない出来事であるが、今回ばかりは違った。生まれる子供が谷で一番強い龍王の子であったからだ。
今現在龍の谷の頂点に君臨するのは龍王と呼ばれる竜族の最強種であった。
龍王とは、雷を操る竜の長。その力はすべてを打ち払い、一国を数分で滅ぼすと言われている。
その大きさは約8メートル、雷と同じ速さで移動することができる。
警戒時には身体を帯電させる。
その際に発せられるものに少し当たっただけでも人間は即死する。
王狼は自らの力で掘った洞窟の中で生活する。出産が行われている洞窟の前には龍の谷でも指折りの竜 たちが新たな王が生まれるのを待っていた。
「しかし……長いな、何か問題があったのだろうか」
地面に座り、持参してきた酒を飲みながら白く輝く鱗を持った竜が洞窟の奥に目を向ける。
「ふむ。確かに長いな」
燃えるような紅の鱗を持った竜が首をかしげる。
「だねぇ、何かあったのかな?」
他の二匹より小柄な竜が人間達から奪ってきた菓子を頬張りながら楽観的に同意する。
彼らは獣王に従う三魔竜である。聖竜のフレミー、焔竜のディズ、迅竜のカレン。
竜の谷に住むものであれば知らぬもののいない名であった。
「ん?」
最初に気付いたのはディズだった。自らの主が洞窟の中から出てきたのだ。
金色の鱗をした龍王のはどこか困惑した様子であった。
「どうしたんだ、アギル。子供は生まれたのか?」
「生まれた。生まれたんだが……」
歯切れの悪いアギルにディズが首をかしげる。
「雄と雌の双子だ。それならばまだよい、珍しいことではあるがな。だが問題はそれではない。
我が血を受けたはずの息子の鱗が黒色なんだ。まるで闇のように」
「なんだと!」
驚きにフレミ―が思わず声を荒げる。
「龍王の鱗は金色だけ……よね?」
カレンが確認するようにつぶやく。
「鱗色の違う龍……もしかしたらなにやら憑いておるのかもしれない」
フレミ―がどうしたものかと頭をかく。
「ふむ。では我が息子は何かが憑いているというのだろうか」
ディズがアギルに答えるよう声を上げる。
「聞いたことがあるな、人間どもが使う外法にそのようなものがあった気がする」
「では、我が息子は?」
「人間の魔術師どもに乗っ取られた可能性が……いや、ないな。確かにそのような外法は存在するが、それを行使するには術者の魔力が対象以上であることが条件とされていたはず。そしていくら人間に魔力が強い種が生まれようとも、龍王の子ほどではないはずだ、となれば」
「少なくとも我々には判断がつかない何かが起きている、ということか」
「だろうな。ふむ。確か憑きものが憑いていた場合、心を読む魔獣によって何がついているのか探ることができると聞いたことがある。ケンタウロスのシウバを呼んでおこう。彼女は心を読む魔獣の一族でも特出した存在だ」
「頼む。ひとまずこの話題は決着としよう」
アギルは議論を打ち切ると他の竜たちを帰した。
そして皆が去った後、アギルは一人、空を見上げた。
何か悪い予感がする。これは息子に関係する出来事なのだろうか。
「これは何かの予兆なのだろうか……」
彼の胸中には言い知れない不安だけが渦巻いていた。
アドバイスがあればよろしくお願いします。