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25  カスカードの伯爵邸にて

遅くなってすみません!

なかなか書き進まなくて…。

次も遅いかもなので、すみません<(_ _)>

 緑に囲まれ、のどかで美しいカスカード。

 やはり、ここはわたしの故郷ふるさとに違いない。空気を吸っているだけで心が洗われる気がする。

 今は、家族五人で夕食の食卓を囲んでいるところだ。

「流華、学者団はどうだい? パーティーで会ったときは全然話せなかったからね、たくさん聞かしてくれよ」

「もちろんよ、お父様。学者団にいると、常に新しい知識が入ってくるし、とっても新鮮なの! 毎日がすごい楽しいんだよ!」

「そう、それは良かったわね。大変じゃないならいいわ」

「ええ、全然辛くないよ。学者団の人たちは皆いい人たちだし、気張らないでいられるの」

「楽しそうね~。ねぇ、やっぱり素敵な男性はいらっしゃらないの?」

「え? あ、ううん。学者さんはやっぱり学問が第一だからね」

 お母様の問いに、思わず胸が嫌な風にドクリと音を立てる。

 学者さんにいい方はいない(失礼ながら)。

 でもそれは、学者さんに・・・・・気になる人がいないというだけで……。

 って、ダメダメだ。この里帰りは、そのことを洗い流すためなのに。

 それからも、お母様、お父様、お兄様たちと楽しい会話を交わした。

 でも、何を話したかはあまり覚えていない。ちゃんと違和感が無いように話せていればいいけど…。

 覚えているのは、少し遠くからわたしの顔をじっと見つめている、なんともいえない表情をした梨菜の顔だけ――。


 里帰りの間は、わたしが以前使っていた部屋に泊まることになった。

 部屋は、物がなくなって少し殺風景になっているようにも思えたけど、カーテンやベッド、小物や家具に至るまで、ほとんどのものはそのままだった。それが、少し嬉しい。

 お風呂にも入って、ベッドの上に寝転がり、天蓋の装飾をぼんやりと眺めていた。滝、花、鳥、湖。全部、カスカードの美しい自然を象っている。

「はぁ」

 溜息が零れる。

 ころん、と寝返りを打って、窓の方に顔を向けた。窓の外には、煌めく星空が浮かんでいる。

 熱に浮かされたように、わたしはベッドを降りて窓際に寄り、すっと窓を開いた。

 一面に光の粒が広がって、光の絨毯のように、空に浮かんでいる。小さな星の一つ一つが、カスカードの夜を照らしている。

 ほう、と思わず感嘆の溜息を漏らしたわたしの中で、記憶の中にあるものがふっと姿を現した。

 カスカードの星空と王都の夜空が重なる。

 わたしが今、ひとりで見ている綺麗な星空と、祐樹様と一緒に見た宝石箱をひっくり返したような夜空。皮肉なことに、月の形まで一緒だった。

 わたしの横を風が通り抜けていく。そのことに突然、どうしようもない寂しさを覚えた。

 会いたいなぁ、と不意に思った。

 全部なかったことにして、また古書について話したいなぁ、と思った。

 もう一度でいいから、一緒に綺麗なものを見たいなぁ、と思った。

 でも、それはもう無理なのだ。わたしが、怖がり、怯えたから。わたしが、祐樹様の一面だけを見て憧れていたから。彼は優しいし、彼の周りにはわたしの存在なんて簡単に忘れることができるくらい美しい女たちがいる。もしも今、祐樹様がわたしのことを考えてくれていたとして、そんなのはもう、蝋燭に灯った小さな炎同前。誰かが小さく息を吹きかけただけで、その優しさは、わたしが甘えていた優しさは掻き消えてしまうのだ。

 期待、し過ぎてしまったのだ。彼はこの国の未来を担う王子。そしてわたしは、一介の伯爵令嬢に過ぎず、一介の学者に過ぎない。彼がわたしに構ってくれるのが一時的なもので、すぐに終わりを告げるものであると、分かっていたはずなのに。

 やっぱりわたしは、彼に、祐樹様に、恋をしていたのかもしれない。

 そうでなければ、経験したことのない、こんなにも胸が苦しくなることなんて、無かったはずなのに。

 一筋、涙が頬を伝った。

 それを合図に、堰を切ったように涙が次々と溢れ出してきた。

 あの日から、わたしは初めて泣いた。


 どれほど時間が経ったのだろう。月と星の配置が動いていた。

 コンコン、と扉がノックされた。

 わたしは反応せずに、未だ空を見つめていた。使用人なら寝ていると思って帰っていくだろう。

 と、扉がキィ、と開いた。わたしはちらりと後ろを見て、月光を浴びて輝く巻き毛のブロンドを見て視線を戻した。

 ブロンドの持ち主が、勝手にズカズカと部屋に入ってきて、勝手にソファーに座る気配がした。

 わたしは頑としてそちらを見なかった。

 また、がさごそと物音がして、耐え切れずにちらっと後ろを見ると、侵入者が勝手に引き出しを開け、クッキーを探し当ててにんまりしているのが見えた。

 わたしは何も見ていないような顔をして外を眺める。

 と、今度はとぽとぽと液体を注ぐような音がする。まさか、ティーポットまで持ってきたのだろうか。恐るべし、我が妹。

 ふと視線を感じた。

「ねぇ」

 ようやく侵入者はわたしに声を掛けた。

「ガールズトークしない?」

 そして、あろうことかおしゃべりをしようと言ってきた。

 わたしは動かなかった。

「美味しいクッキーとミルクティーもあるよ」

 思わず零れそうになる溜息をすんでのところで堪える。

 たかが12歳のくせに、わたしの妹は聡いから困るのだ。

 梨菜のことだから、きっとわたしの態度から何かを読み取って、聞き出しに来たか慰めにでも来たのだろう。

 そのことは、嬉しかった。あの梨菜が、わたしを気遣ってくれたのだ。

 でも、わたしはその言葉に甘えてガールズトークをすることを選ばなかった。

 ――また、泣いてしまいそうで。

 梨菜の優しさが、きっと沁みて、わたしは壊れてしまうから。

 今わたしは、ひとりで乗り越えないといけないのだ。

 そのとき、後ろから腕が伸ばされた。まだ子供の、幼い短い腕が、伸びてきてわたしに抱きついた。お互いの薄い寝間着越しに体温が伝わってくる。

「お姉ちゃん」

 こんなにも。

 こんなにも、ひとは温かかったのか。

「そんな顔しないでよ。お姉ちゃんらしくないじゃない」

「……」

「そんな顔されるとさ…あたしだって苦しいんだよ。何があったの? ううん、答えなくていいよ。辛かったんだよね? 苦しかったんだよね? だったらさ、あたしたちを頼ってよ」

「…り…な…」

 思った以上に掠れた声が出る。

 頼ってもいい。寄りかかってくれていいと言ってくれた梨菜に、心が溶かされてゆく。温かい。わたしはまだ、壊れないでいられる。

 そう思ったとき、不意にせり上がってきた涙が瞼を乗り越えた。

 わたしはみっともなく泣きながら、梨菜に正面から抱きついて嗚咽した。

 梨菜は、一生懸命手を伸ばして、わたしの頭を撫でてくれていた。

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