18 復活してみたら
わたしはきっかりと腰を90度に折り、凍砂さんに頭を下げて謝罪した。
「すみませんでしたっ」
「いや、そんなに、大丈夫だから」
「でも、わたし1週間も」
なおも食い下がるわたしに、「本当に気にしないで」と凍砂さんは優しく言ってくれた。そこまで言うなら、まあ、いいかな。
「にしても、早く『レトニア記』仕上げないとね」
「はい!」
わたしが熱を出している間に、上から催促されていたらしい。今までは、「ひとりじゃ無理!」と逃げていたそうだけど、わたしが帰ってきたので速攻で終わらせなければ。
「だいたい規則とかは分かったから、あとは時間と人手さえあればできるはずなんだ。頑張ろう」
「うう、ありがとうございます…。わたし、全然役に立てませんでした…。これから頑張ります…」
凍砂さんの優しい言葉になぜだか心が痛い。
脳をフル活用しながら、わたしは凍砂さんに話しかけた。
「そういえば、アンビシャス学園の特別授業、ナシになってたんですね。わたし、臨時講師させられてる間に忘れてたんですけど」
凍砂さんも手を止めずに答えてくれる。
「そうそう、さすがにひとりじゃ無理だって言ってくれてね。流華ちゃんはいないし、幽霊研究員化した教授もどうしても都合が合わないって言うんでね。今回はラッキーだったな」
「そうですよね~」
そして、忘れていたぞもうひとりの古文学者さん。そういえばわたし、名前も知らない。一度は会っておきたいなぁ。
「ま、とりあえず頑張るよ!」
「はーい」
目の前で凍砂さんが唸っている。
わたしも唸っている。
その理由は、『レトニア記』だ。大変助かることに、暗号のような文字の法則を凍砂さんが見つけてくれていたので、手を止めて考え込んだりしていたわけじゃないのだが、いかんせんややこしい。ややこしいので、法則は分かっていても解読には時間がかかった。何考えてんだか、作者のレトニアさん。
とにかく、唸っている理由は解読に思いのほか時間がかかっているからだ。
「不味い…。期限が、もうすぐなんだけど」
「いつですか?」
わたしが訊くと、溜息をつきながら教えてもらえた。
「三日後。誤算は、流華ちゃんの復活が思ってたより遅かったことと、」
「すみません……」
「いいよ、大丈夫。ことと、解読が思ってたより面倒だってことだね」
三日。今のペースでは確かに少しキツいかもしれない。
「後に歴史学者たちが控えてるから、ついに上の人たちが早くしろって言い始めてね。もっと早くから急かしてくれれば良かったのに」
肩をすくめ、ヤレヤレといった風情の凍砂さん。
「これだと、〝研究室籠もりver.〟にしたほうがいいかも…。流華ちゃん、大丈夫?」
わたしは首を傾げた。何も、訊くことなんて無いと思うけど。
「わたしは大丈夫ですよ? 前に物理の方でも六日ぐらい籠もりましたし」
「そっか、それならいいけど」
そして、怪訝そうな顔のわたしに気づいたか、「流華ちゃんは女の子だから、どうかなと思ってね」と付け足した。そんなことなら、学者になった時点で気にしていないから大丈夫なのに。
わたしがそれを言うと、「逞しいね」と言われた。女子にそれはあんまり褒め言葉じゃないですよ。
それから三日。
わたしと凍砂さんは、時折ごはんを運んできてくれる侍女以外の人がいない広い研究室で、黙々と解読作業を進めた。初めはどうでもいいことをくっちゃべってたんだけど、だんだん手と脳を動かす方にエネルギーを入れるようになってきたので、研究室は非常に静かだった。
レトニア記は、面白い。インヴィアタとナングリットの摩訶不思議な戦争の様子と、レトニアさんの周りのおかしな日常が絡められている。1000年という長い長い時の流れに隠されていたものが僅かに顔を見せ、ずっと昔の人の心が少し理解できてしまって、歴史書なのに面白い。
でも、半日も経たないうちに飽きた。
なぜなら、疲れてきたからだ。楽しむ余裕を失ってしまったわけ。
そして、ごはん(小さめで食べやすい大きさのおにぎりやサンドイッチなど)が定期的に運ばれてこないと、時間の流れを見失いそうになる。しかもこの部屋は地下にあるので、昼になっても電気は付けっぱなし、太陽の光なんて浴びられない。
そろそろ冬眠動物になってしまうと思い始めた頃(今は梅雨明けですが?)、レトニア記の解読が終わった。それぞれ机に突っ伏するわたしと凍砂さん。
「終わりましたねー」
と、ぐにゃんと伸びたまま言うわたし。
「終わったよー」
と、ふにゃふにゃになった凍砂さん。
「帰っていいですかー?」
わたしが訊くと、
「いいよー。あとは僕がこれを持って行っておくからー。ゆっくり休んでねー」
との温かいお言葉。
わたしはその言葉に甘え、お礼を言って研究室を出た。
とりあえずお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝たい。
わたしが自分の部屋に戻ると、部屋の掃除をしてくれていた汐音が目を輝かせた。
「流華様! そろそろだと思っておりました! お風呂の準備を致します!」
まだ何も言っていないのにお風呂の準備を始めてくれるあたり、汐音もわたしのことをよく分かってきている。まだ、たかだか3ヶ月4ヶ月の付き合いなのにね。
わたしはぱたぱたとせわしなく動き回る汐音の姿を目で追いながら、ソファーに沈み込んだ。寝そうになる。ああ、ダメだダメだ。寝ないためにベッドじゃなくソファーに座っているのに。でもふかふかだからなぁ、寝そうに――
「準備ができましたよー」
「………あ、ども」
花の香りのする入浴剤の入った湯船に浸かりながらまたもや寝そうになったところで、汐音の「流華様ー? 起きていらっしゃいますか?」に引き戻された。普段そんなことを言ってくることはないくせに今日に限って声を掛けてくるあたり、わたしのことを分かってきている。
悔しいので、「寝るわけないでしょ!」と言い返したが、たぶん信用されていない。証拠は隠しきれていないくつくつとした笑い声だ。意外と声が通るんですよ、汐音?
のぼせる寸前に上がったわたしは、手早く体を拭いて楽な服に着替え、何も聞かずにベッドにダイブした。
久々の布団は超ふっかふかで、わたしはすぐに眠りに落ちた。
次に目が覚めたのは、翌朝だった。
目を擦りながらベッドから起き上がると、飛んできてくれる汐音。すでに、片手にミニドレスを持っている。
着替えてドレッサーの前で化粧をされているとき、汐音がふと思い出したように言った。
「そういえば、覚えてます? 『雨の憂鬱』、今ありますけど」
そういえば、その話をしたのはいつだったか。随分前な気がする。ああ、そうだ。あの話をした翌日にわたしが寝込んじゃったから、きっと渡すに渡せなくなってしまったのだろう。
「じゃあ今貸して!」
わたしが思わず振り返って言うと、「わかりました」と言いながら顔を無理矢理ぐいっと前に戻された。あ、すみません途中でしたね。
「流華様はいつから休暇ですか?」
髪を結いながら汐音が訊いてきた。きゅうか? そういえば、この前聞いたような…。
「あと一週間ほどしたらかな。そしたら、確か一ヶ月ぐらいお休みになるはず。このところ頑張ったからね」
そうだそうだ、夏季休暇だ!
王宮来てから初めての帰省もしなきゃだし、王都ももっと散策しよう。それから、もっと本読みたいな。
ふふ、想像するだけで楽しすぎる。
だがわたしは、次の汐音の言葉にハッとした。
「流華様は、今回のサマーパーティーには参加されますか?」
――――あ。
実はわたし、サマーパーティーに絶対に行くように強制されている。今回は親にではなく――桜子さんに。
数日前届いた手紙を思い出す。
『愛しい流華へ♡ 絶対、サマーパーティーで会いましょうね? 来なかったら、何をされるかはお・た・の・し・みよん♪ 桜子より』
一体何をする気なんだあの人は。怖すぎるぞ。
わたしは溜息をついた。
前回の前書きにも書きましたが、「インヴィアタ王宮図書館」始めました! 「天然鈍感娘は、才女で美人です」内で出てきた小説を実際に書いてみました(*^_^*)
その関係で第五話を少々いじりました。大して変わっていませんが、気になった方は目を通していただけると幸いです!
というわけで、「インヴィアタ王宮図書館」もよろしくお願いいたします。




