17 風邪引きの流華〈祐樹/汐音side〉
お久しぶりです(*^^*)
実は、ずっとインフルエンザでダウンしていました…。
「インヴィアタ王宮図書館」始めました! 「天然鈍感娘は、才女で美人です」に出てくる小説たちを実際に書いてみたものです。こちらもぜひ!
〈祐樹side〉
小鳥がさえずる朝、僕の怒号が響き渡った。
「おいっ、何それどういうことだっ!」
僕は思わず目の前の侍女兼秘書――佳音を揺さぶった。
「流華が、流華が熱を出して寝込んでるってどういうことだっ!」
「痛い痛いです祐樹様! とりあえず離して下さいっ!」
佳音の必死の叫びで、僕は我に返った。いけない、女性に手荒な真似をしてしまった。
「……悪かった。それで? 流華が、なんでそんな目に?」
息を整えながらそう問いかけると、佳音は若干恨みの籠もった視線を寄越してきた。
「ここ一ヶ月、ずっと王立大学で臨時講師をしていたそうなんです。それで、その間にたまった疲れと緊張の糸が、終わった途端に切れてしまったようで…。妹の汐音によると、高熱を出してずっとうなされてるし、時折目を覚ましても胡乱気で、相当酷い状態のようです」
僕は目を見開いた。流華がそんな風になっているなんて、と狼狽える自分自身にさらに狼狽える。
――僕はなぜ、一介の学者に過ぎない流華にそんなに思い入れしている?
何度も自分に問い掛けた。初めて会ったときに、なぜ膝枕をしたのか。スプリングパーティーで、なぜ修から助け、なぜふたりで庭園に行こうなどと言ったのか。そして、なぜ自分はそれらの答えが出せないのか。……いや、分かってはいた、答えは出せるのだ。ただ、認めてしまうことで自分の気持ちが強くなるのを止めようとしていたのかも。
すると、佳音が遠慮がちに提案をしてきた。
「あのですね……そんなに心配でしたら…」
いつもハキハキしている佳音の歯切れが悪い。
「お見舞いに行かれては如何ですか?」
「……………お見舞い」
時間をかけて、僕はその意味を咀嚼する。お見舞い、お見舞い。
「うん、そうする。何かいい手土産はないか?」
結構早く決めた僕に、佳音が苦笑する。
「もう少し体調が良くなったときように、暇潰しができるものではどうですか?」
「じゃあ、本にしようか」
即決した僕に、またもや佳音が苦笑する。僕が題名を告げると、有能な侍女兼秘書は「すぐに用意させます」と言ってから、早くも支度をしようとする僕にしっかり太い釘を刺した。
「でも、今日の執務を終えてからになさって下さいね」
今日の僕の仕事ぶりは、歴史上に名を残せるほどの素晴らしさだった。途中でコーヒーを持ってきた佳音が驚きすぎて、カップを落としそうになったほどだ。「有能なお前がどうした」と珍しくした失敗をからかってやると、低い声で「こんなにお仕事を頑張るなんて、そんなに流華様のことがお好きなんですね。情熱家ですねぇ…」と呟かれ、手元が狂った。そんな僕を見て、佳音は笑いを噛み殺している。見事に僕の心にクリティカルヒットしたその言葉は、それまで調子の良かった僕の仕事の効率を大幅に落とした。これから、佳音をいじるのは止めようと思わされた。
でも、手元が狂って効率が大幅に落ちても、何とか日が落ちる前に執務を終わらせることができた。机の上で倒れ伏していると、佳音が黙って紅茶と紙袋を持ってきた。こういうところは有能だ。紙袋の中には、僕が今朝頼んだ本が入っている。
休憩が終わると、僕は学者棟に向かった。
そういえば、学者棟に入るのは初めてである。滅多に用はなかったし、あっても向こうから出向いてくれるのだ。不安に思いながら歩いていると、玄関のところでひとりの侍女に出迎えられた。
「佳音の妹で、汐音と申します。事情は姉から聞いておりますので。では、こちらへどうぞ」
丁寧に説明してくれる汐音は、あまり佳音と似ているようには見えない。でも、しっかりとした声だけは佳音と聞き間違うほどによく似ていた。
促されるまま学者棟に入り、汐音の後について階段を上っていく。三階に着いて、廊下を歩き、端っこの方にその部屋はあった。
重厚な扉。『流華=シャネリア』の札がかかっている。
汐音が、扉を控えめにノックした。汐音が声を掛けると、部屋の中から気怠そうな「ん……」と言う声が返ってくる。妙に艶っぽいその声に心臓が跳ねた。
汐音が振り返って「どうぞ」と言う。それに促され、僕は室内に入った。
そこは、白と紫を基調とした、女性らしい可愛らしい部屋。
妙な考えを振り払うも、心臓に悪い。
だが、流華を見た瞬間にその他いろいろは全部吹っ飛んだ。
首を傾げる流華の顔は桜色に染まっている。それが、恋する乙女のモノでなくてただ熱によるものだということは分かっていたが、やっぱり心臓に悪い。背後で汐音が何か言って、扉を閉めた。
見舞いの言葉を掛けると、流華は苦しそうにソファーを示してきた。やっぱり迷惑だったかな、とは思ったが、今更帰らないし様子を見ていこう。僕が手土産の本を渡してしばらくしてから、不思議そうに流華が言った。相変わらず声は切れ切れだ。
「でも、ユウキさま、いそがしいのに。わざわざきてくださらなくても……んっ!」
気づいたら、流華の唇を自分の唇で塞いでいた。
風邪がうつるかな、と今更考えたが、そのまま唇を押し付ける。
唇を離すと、ゆでだこ並みに顔を赤くした流華の顔があった。自分のしたことの重大さに気づいてしまったが、もう後には引けない。
せいぜい悪戯っぽく笑う。
「何、ただ流華が心配だったから来た――じゃダメなのか?」
自分はうまく笑えているだろうか。
部屋を出て、汐音に早口でお礼を言うと、そそくさと廊下を歩いた。
汐音の隣をすり抜けたとき、低い声でぼそりと、「呪い殺す」とか言われた気がしたけど気にしない。気にしてなるものか。
でも、背筋の震えは止まらなかった。
なかなか大きな壁である。
〈汐音side〉
夕食の時間になっても流華様は起きていらっしゃいませんでした。きっと、一ヶ月にも及ぶ長ぁい仕事が終わってお疲れなのでしょう。
しかし、現実はもっと深刻でございました。
わたくしが夕食をお持ちすると、お顔を真っ赤にした流華様がいるではありませんか!
わたくしは恥ずかしながら、悲鳴を上げてしまいました。プレートを取り落さなかったことは奇跡です。
「流華様っ! すごい熱です! お待ちください、すぐに氷を持って参ります!」
ああっ、わたくし一生の不覚です! 少し様子を窺いに行っていれば良かったかもしれぬのに!
氷枕を持ってお部屋に舞い戻ったとき、流華様は胡乱気な瞳でふらついておりました。声を掛けても反応いたしません。相当酷い状態であられるようです。わたくしはすぐに医師を呼びに行きました。
頼み込んで、王宮直属の医師に来ていただきました。診ていただきましたが、ただの風邪と言うことです。疲れが溜まったのか、睡眠不足、栄養不足でしょうと。きっと、疲れですね。せっかくですので、ゆっくりお休みになっていただきたいです。
数日後の、夕方頃のことです。赤い夕陽が綺麗だなぁと思っていた頃、祐樹様がいらっしゃいました。わたしは別に歓迎してはいないのですが、佳音に頼まれたので仕方なく案内しているだけです。
嫌ですね、皇太子がこんなところでただの学者――といっては失礼ですが、一介の学者に過ぎない流華様のところにいらっしゃってはいろいろ面倒だと思いますよ? そのあたりはわたくしの優秀な姉が何も考えていないとは思いませんが、少々心配です。
寝ていればいいと思ったのですが、幸か不幸か、わたくしが声を掛けると流華様は起きていらっしゃいました。起きているのに追い返しては侍女として最悪ですので、祐樹様を部屋に入れました。「それではごゆっくり」なんて言いましたが、即行で帰ってきていただきたいです。というか、本音では綺麗なお部屋に男性を入れたくありません。
ああ、でも心配です。流華様が大好きな祐樹様のことですから。今流華様が熱を出しているのをいいことに、何もしないでしょうか。
わたくしは悪いと思いながらも――ええ、悪いと思いながらもそっと中を覗いてみました。
そして、絶句しました。後悔しました。これは、いけない。いけません。
上体を起こしている流華様の唇に、祐樹様が自分の唇を重ねているではありませんか!
わたくしはいとも簡単に狼狽しました。しかし、ここで狼狽えているようでは侍女として二流。わたくしはとにかく有りっ丈の精神力で動揺を押し殺しました。
と、ここで祐樹様がお部屋から出ていらっしゃいました。心なしか頬が赤いです。それを見て、わたしは怒りが沸々と沸き上がってくるのを感じました。
そして、つい、ついですが……祐樹様が横を通り抜けた瞬間、「呪い殺す」と言ってしまいました。
言い訳ですが、不可抗力です!
だって、大事な大事な主様が、そのときの気の迷いで(?)唇を奪われたのですよ!
流華様は大丈夫だろうかと部屋に入ってみました。流華様も流華様です。ほっぺたに手をやりながら、あーとかうーとか仰いながら赤くなっておられます。いえね、その姿は主様でなければ抱きしめたいくらいに可愛いのですが、やっぱり、複雑ですね。
わたくしはせいぜい意地悪に笑いました。
「キスしてましたね」
「ギャーーーーーーーーッ!!!」
ああっ、まだ熱があるのにそんなに叫ばれたらお体にっ!




