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1   誘い

「すみません、流華ルカ=シャネリア様でよろしいでしょうか」


 わたしがそんなことを言われたのは、この王国で最も優秀だとされるインヴィアタ王立大学のやたらめったら広い図書館で、単位を取るのに必要なレポートを書くための資料を探しているときのことだった。

 自分の名前が呼ばれたので思わず振り返ると、そこにはぴしりと濃紺のスーツを着こなした初老の男性がいた。

 だ…誰?

 まったく身に覚えがない。

 わたしが怪しんでいるのが顔に出ていたらしい。男性は慌てたように付け加えた。

「はっ、申し訳ございません。申し遅れましたが、わたくし、王宮直属学者団の者で、オルコットと申します。以後、お見知りおきを」

「は、はぁ……。流華=シャネリアです」

 王宮直属学者団ならわたしも耳にしたことがある。

 このインヴィアタ王国の王様、王妃様、皇太子様たちが住まう贅沢極まりない王宮内で働いている知識人たち。今の王様がとても博識で学ぶことに興味があったので、王国の学問のレベルを上げようとつくった組織だ。学者団には、快適な研究空間や多彩な学会などが用意されている、らしい。

 まあ、貴族とは言えども中堅のシャネリア伯爵家の長女であるだけのわたしには、王宮も学者団も生まれてこの方15年、まったく縁のなかったものである。きっとこれからも関わることなどないのでしょうしね。

「実はですね、シャネリア様にあるお知らせがあってここに参ったのですが」

 初老の男性改めオルコットさんがわたしに言った。

 学者団の人がわたしなんかに用事なんて、なんでしょう? わたしなんかしたかなぁ。はっ、もしかして、この間教授の代わりに行った学会で、気づかないうちに学者団の方になにか失礼なことをしてしまったのでしょうか? だとしたらもう平謝りですっ! あと、教授に文句を付けなきゃ!

「王宮直属学者団に入りませんか?」

 そんなことを考えていたから、わたしは咄嗟に意味を理解できなかった。えっと、どういうこと? わたし、なにもしてなかった? ならいいですけど!

 わたしを置いてきぼりにして、オルコットさんが話を続ける。地味に、取り出した本が重い。今戻すわけにもいかないし。

「学者団は今まで、優秀な男性をもとに形成されてきたのですが、やはりそれですと女性視点で物事が考えられないし、組織のバランスも悪いのです。今まで、そうは思いつつも学歴を持った優秀な女性がいなかったので女性を採用しなかったのですが……」

 ちら、とオルコットさんがわたしを見た。

 なに、なに? 

「シャネリア様は女性として飛び抜けて教養がございます。教養どころではございません。かなり優秀な生徒でなければ入れない王立大学に、飛び級で12歳で首席入学し、15歳で…つまり今年首席卒業予定の女性なんて、学者団としても喉から手が出るほど欲しい人材なのです」

 ちょっと照れちゃうけど、嘘ではない。誇張でもない。事実だ。

 子供のころから伯爵家の図書室に入り浸り、暇さえあれば本を読んでいた。初めの頃は父も母ももっと女の子らしいことをしないかと何度も言ってきたが、懲りずに図書室に入り浸るわたしにすぐに音を上げた。そして、可愛いドレスやアクセサリーの代わりに難しい本を欲しがったり、いい学校に行かせてくれと行ったとき、ふたりはなにも言わずにお金を出してくれた。きっと諦めていたに違いない。

 で、わたしはさらに勉強を続け、圧倒的に多かった男の子たちにも負けずに王立大学に首席入学した。その結果、王国で二番目の蔵書量を誇る王立大学付属図書館にてまわりの二十歳前後の大人の人(主に男)に紛れて本を読みまくる、というのがわたしの大学生活となった。あ、王国一の蔵書量は、王宮内の図書館だ。

 おかげでそこそこな伯爵家の長女にも拘らず、パーティーや夜会にはほとんど出たことが無く、教授の代わりになぜか学会に出るような人になってしまった。13歳の妹や18歳の兄は社交界に顔が売れているのにね。わたし? わたしはすごく勤勉で優秀だけれど人見知り、というレッテルが貼られているらしく、どうやら内心ではあまりよく思われていないようだ(妹談)。別にいいし。勉強こっちの世界ではそこそこいい感じの立場築いてるし。

 別に、お洒落とか恋とかしたくなかったわけではない。寧ろしたい。けれども今までそうしてこなかったのは、勉強の方が桁違いに楽しかったからだ。

 だからこそ、この誘いは魅力的だった。

 華やかな王宮で、自分の好きなことができる。好きなだけ本が読める。わたしの好きなことを生かしてくれる。

「どうですか?」

 オルコットさんの問いに、わたしは迷うことなく返していた。


「わたしでよければ、やりたいです」

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