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アカシリア王国 3

 一夜明けた昼下がり、ヘルクは寝そべりながらノイマンらの集めた情報に目を通していた。王宮の構造、兵士の数、巡回時間、王女の行動予測、罠、等々多量の情報が羊皮紙の束としてまとめられている。

 これだけの情報をよくも集めたものだとヘルクが感心していると、イーヴィアがこちらに聞こえるように文句を垂れた。


「あーあー俺と旦那が二年かけて集めた情報が見られてるわー。しかも寝っ転がりながら、欠伸混じりに。やりきれねえ。これで糞の役にも立たねえ屑だったらノイマン、てめえ責任取ってハラキリしろよ」

「彼の強さは体感したでしょう? 役に立たないなんてことはありえませんよ」

「いくら強くても脳筋に暗殺は務まらねえって。ああちょい待て、はっきりさせたいことがあったんだった」


 イーヴィアがヘルクに視線を向けて言う。


「そこのごろ寝男! えーあーヘルク、だったか? ヘルク、てめえに聞きたいことがある」

「言ってみろ」

「上から目線がうぜえ……てめえが昨日俺に蹴りかましてくれた時に、俺の障壁割ったろ。あれどうやったんだ? どんな魔法使った?」


 ヘルクは昨晩の戦闘を思い出す。イーヴィアを蹴った時に、そう言えば何かにぶつかった。あっさりと破れたので特に気にもしなかったが、やはり何らかの魔法だったらしい。


「使っていない」

「そーかよ言いたくねえかよ。まあ分かるぜ? 扱う魔法の漏洩なんざ、寿命縮めるだけだからな。でもよ、俺らは一応仲間になったわけじゃねえか。味方のことは知っとかねえと、いざって時困る。だから、な? 概要だけでもいいから教えてくれよ」

「俺は魔法が使えない。そもそも魔法を理解していない」

「けっ。魔法が使えないだあ? じゃあてめえは肉体の力のみで魔法障壁割ったってのか? 俺の障壁は硬度六だぞ。生身の人間じゃ不可能だっての! あー糞が。こっちが下手に出りゃあよお。体に聞いてやろうか? ああん?」

「イーヴィア、やめないか。我々にはこの御仁が強いという事実だけあればよい」

「旦那……分かった。おいヘルク、命拾いしやがったな」


 イーヴィアそう吐き捨てると、不貞腐れたのかベッドに潜り込んだ。

 ヘルクはのそりと起き上がると、イーヴィアのベッドまで行き、毛布を剥ぎ取った。


「はああ? 何しやがる! こちとら二度寝するとこだぞ! やんのか!」

「魔法について教えてくれ」

「その話まだ引っ張るのかよ。てめえは魔法が使えないってことにしといてやるから、もういいだろ。寝かせろよ」

「本当に使えない」

「……んだよその面は。まさかほんとにほんとにほんとな感じで言ってんのか? マジで魔法知りませーんって言いたいのか?」

「そうだ」

「ふん……おもしれえ。なら教えてやる代わりに俺のことは先生、いや師匠と呼ぶんだな。呼べるもんなら呼んでみろや」

「教えてくれ、師匠」

「マジで呼びやがった……気持ち悪りい。信じらんねえ、信じらんねえが……いいぜ。どうにもてめえが真剣だってことは伝わったからな。教えてやるよ、魔法」


 イーヴィアはベッドに腰かけ、おもむろに手をかざすと呟いた。


「汝の火は我が手に」


 拳大の火がイーヴィアの手のひらから湧きあがる。ヘルクがまじまじと見つめていると、イーヴィアは手を握り火を消した。


「今の見て何か感じたこと言ってみろ。何でもいいぜ」

「火が生じる前に、何かが手のひらに集まるように感じた。その何かが火の熱量や大きさを決めているように思う。あと火を挟んで見るイーヴィアの顔は中々笑えるということに気付いた」

「ぶっ飛ばされてえのか? 燃やすぞ糞が。まあてめえの下らねえ冗談を抜きにしたら、概ね悪くねえ感想だな。てめえの感じ取ったその何かってのは魔力ってやつだ。魔力は魔法の源であって、扱うには少々の才能とコツがいる。てめえは才能に関しては合格だ。あとはコツを教えてやる」


 イーヴィアはそう言うとヘルクの腕を掴む。ヘルクは黙ってそれを見ていると、やがて何か、おそらく魔力であろうものが自身の手のひらへじわじわと流れていく感覚を得た。形容し難い未知の感覚だ。


「ちっ! 全然引っ張れねえ。むかつくがてめえの保有魔力は相当みてえだな。けっ。こちとら毎日努力してちまちま増やしてるってのによお!」


 何が癪に障ったのか、イーヴィアはヘルクの腕を一度つねってから手を離した。

 魔力の流れが薄ぼんやりとしたものに変わる。


「感覚が消えねえ内に、俺がさっきやったことをしてみな。魔力を手に集めて汝の火は我が手に、だ。やってみろ」

「汝の火は我が手に」


 何も起こらなかった。魔力は手のひらに集まっているように感じるが、それが火に変わるようなことはない。


「へへ、残念ってな。魔法を発現させるにはあと一つ重要なことがあんだよ。それは想像する力だ。具体的に自分の起こしたいことを脳裏に描け。てめえが出したいのは赤い火か? それとも青か? 大きさはどんくらいだ? どんくらい熱いんだ? 全部明確にしていけ。そうすりゃいけるぜ」


 ヘルクは目を瞑り、火というものを思い起こす。ヘルクが火と聞いて最初に思い浮かべるのは、故郷の森が燃える光景だ。破壊者によって放たれた火はヘルクの皮膚を焦がし、肺を焼き、同時に森の木々を燃え盛らした。妹と過ごした場所を消し去った火。全てを燃やし尽くした憎き火を今この手に──


「汝の火は我が手に」


 唱えた瞬間、火柱が立ち上る。轟々と燃えるそれは天井に張られた木材を炭化させると、その奥にある石をも溶かした。石の滴が垂れてきたところで、ヘルクは手を握り、火柱をかき消した。


「できるもんだな」

「できるもんだなじゃねえええええ! 燃えてんだろうが! 床と天井がよおおおお! やべえ、叫んだらくらくらしてきた。酸欠だ」

「イーヴィア! ふらついてる場合じゃありませんよ! 早く消火を! 早くってああこれはいけませんね。私は一足先に外に出ていますので後は頼みました」

「てめえ、ノイマン逃げんじゃねえ! あー熱いし苦しい。来たれ水よ」


 イーヴィアの周囲から申し訳程度の水が沸き出てきた。到底消火するには水量が足りない。


「水魔法なんて使うの何年ぶりだったっけな。糞ったれ。ヘルクてめえ何とかしろよ。俺も外に出ないとやべえ。ベンダの旦那もって思ったけどもういねえのな。一流の逃げ足を持った素晴らしい仲間に囲まれて俺は幸せだぜ……」


 しょげるイーヴィアを尻目に、ヘルクは先と同じように魔力を集め、大量の水を想像して唱える。


「来たれ水よ」




 地下室が浸水したのは言うまでもなかった。











 ヘルクとイーヴィアがびしょ濡れのドブネズミのような有様で地下から這い出した頃、王宮では一人の少女が鼻歌を歌っていた。

 エイリーン・レイディシアだ。上機嫌なことを隠そうともせずに、目の前に置かれた一輪の花を眺めている。その花は何百という青白い極薄の花弁から構成されていた。花弁の間を光が乱反射し、美しい輝きを見せている。


 花に興味を持ったのか、もしくは珍しく鼻歌を口ずさむエイリーンに興味を持ったのか、エイリーンの側に控える、スラリとした長身に黒髪を垂らすメイド服姿の女性が声をかける。


「エイリーン王女、その美しい花はなんという名前なのか、浅学の私にもお教え頂きたく存じます」

「あら、知らないの? ミラでも知らないことがあるのね」

「お戯れを。私の知ることなどたかが知れています」

「自分を卑下するのはよくないわ。あなたは博識よ。この国で一番とまでは言わないけれど、この王宮では一番ね。私が保証するわ。そしてそんな博識のあなたが知らないこれはケッカフの花よ」

「ケッカフの花、ですか。古来に大魔術の触媒として用いられたと過去の文献に記されていたのを記憶しています。しかし北方の奥地に、それも限られた条件でしか咲かない非常に入手困難なその花を、エイリーン王女は一体どうやって手に入れたのでしょうか?」

「実物を見るのが初めてでも、知識としてはちゃんと知っている。やっぱりミラは素晴らしいわ。それでこそ私の先生ね。それでどうやって手に入れたかと聞かれれば、城下の市場で買ったと答えるわ」

「市場で買えるような代物とは初耳です。ぜひ私にもそのお店をご紹介して頂けないでしょうか」

「教えてもいいけど、そのお店はもう開いてないわよ? あの日、あの時間帯でだけ存在した旅の露店商なんだもの」

「そのようなお店に出会えるとは、流石はエイリーン王女です。お店がもうこの地になくてもかまいません。名前だけでもお教え頂きたく存じます」

「雑貨屋バレノミアス、よ」

「ありがとうございます。ところで私は一つ重大な所要を思い出したのですが、少々席を外してもよろしいでしょうか。私の代わりにレイダを連れてきます」

「かまわないわ。レイダをいじめ倒すのは大好きよ」

「すぐに連れてまいります。失礼致しますエイリーン王女」


 そう言うとメイドは足早に立ち去って行く。その後ろ姿を見送りながら、エイリーンは苦笑した。

ミラウェン・スーリ。ミラの愛称で親しまれる彼女は博識で戦闘技能も高く、容姿端麗だ。だが彼女には知識欲の暴走という悪癖があった。彼女はよく雑事を部下のレイダ・アメリにぶん投げては、知識を求めて奔走する。

エイリーンはそんな彼女を断じない。悪癖があったとしても彼女がこの国で一番優秀なメイドということに変わりないのだ。

 エイリーンが花に視線を戻していると、ドタドタという足音と共に金髪をなびかせた小柄な少女がやってきた。


「エイリーン王女! レイダ・アメリただいま参りままひた。失礼! ただいままりいまし……レイダ・アメリ、参りました!」

「遅いわよレイダ。しかも噛んだわね、二度も。罰としてそこでしばらく踊りなさい。題材はケッカフの花ね、さん、はい」

「ええ!? ケッカフの花って何ですかー! 踊りなんて無理ですよ~。うわっと! 何魔法撃ってるんですか、危ないですよ! うわわわ」

「当たっても悶絶するくらいだから大丈夫よ。ほらほら踊りなさい」

「危な! 危な!」


 レイダの踊りはミラウェンの戻る、日暮れまで続いたのだった。

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