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SIVA  作者: 三本指
2/2

シヴァ

「………………………。」


――――都市。要塞。戦場。その真っ只中。


一人の女が、茫、と虚空を見つめている。

冴え冴えと、もしくは眠そうに細めたその目に嵌る、髪と同じく碧を混ぜた銀色をした――極天の凍空か、或いは硝子玉のような美しい瞳に映っているのが街並みなのか、夜空なのか、それとも無骨な兵士達なのかをその表情から判断することはできない。


腕には物々しい機械の手枷を付けられ、一人孤独に立つ姿はまるで囚人のようだ。

長身に纏っている上着も、漆黒のロングコートなのだが拘束着であるかのごとく至る所がベルトだらけで、ひどく動き辛そうに見える。


過剰なほどに拘束され、たった一人で遥かな数になる群衆の、いや、武装した屈強たる兵士の中に立ち尽くす絶世の美女。

そこには倒錯した、異様な美が、絵画の一枚のように確かに存在していた。



それが理由として成立するかは語るに難しいところだが、そんな彼女の口元が大きく弧を描く。




そう。




女は止め処なく、溢れ出す感情の限り―――――殺意の限り笑っていた。

静かに、何も語らぬまま。されど、誰も逃れ得ぬほどの圧倒的な存在の力を放って。


己で溺れる程の、底知れぬ程の殺気に身を沈めながら、されど、本人だけはその中で遊ぶ魚のように悠々と。

紛れもない歓喜に胸を踊らせながら。


同時にその姿は、己が身から狂奔する殺気の洪水に溺れ足掻く者を嘲るような。


身動きとれぬその奈落に近き水底も、息苦しさを感じるのは人ゆえにだと。


そこに暮らすのが当然の存在には、そこは何より快適で、何処よりも軽やかだと。


――――――――お前達には、わかるまい―――――――


と。


それは憎悪することを楽しむように。

まるで殺意を抱くことで心が安らぐかのように。

敵を殺すことで己の魂は救済されるとでも言いたげに。


無上の喜びをこめて、揺るぎなき殺意の限り女が笑っていた。


そして、そんな、言葉に例え難い女の笑みは、女の欠落を、女の潤沢を、彼女という異常を、有象無象に何より鮮烈に印象づけるに相応しい。


……その笑みは凍てつく炎のよう。

人の魂を停止させ侵略し、苛烈で無慈悲で、そして何より美しい。

…そう。

……そう、なのだ。

殺意渦巻く無辺なる荒野に、手枷を付けられ、無垢で無力でたまらなく哀れな少女のようにじっと立つ女の姿は、何者よりも美しかった。


まるで、光も音も空気さえも彼女のしもべで、彼女が望んだその瞬間だけは、それらが呼吸を止めたように。



だが、それを伝えればきっと彼女はこう言うのだ。

悪魔のような笑いを浮かべて、血の凍るような殺意を溢れさせながら戯れのように。


そんな脆い幻想と自分を重ねて見るな。殺すぞ。と。


我が価値は暴力のみにあり。

ただただ圧倒的なそれだけで、己が全存在を語るに十分。


―――――なの、である。



ようやく、と言っていいだろうか。

女は動きだした。

彼女にとってはあくびが出るほどゆっくり、呆けている間抜けな連中に見せつけるように。

間違いなく嘲りと悪意を込めて。溜息混じりの挑発のように。

「何してる暈け(ボケ)ども、さっさと構えやがれ。さもなきゃァ私がつまらないだろ?早くしろ、我慢しかねるんだ。」

訳すとするなら多分そういう風になる感情を、態度で示す。伝わる伝わらないは別として。

お前ら馬鹿どもには黙っていてもわからんだろう。私は実際苛ついてしょうがないんだ。

―――――と。

デモンストレーションしてしまう。

ここは戦場。そこまで不遜で傲岸で性根が腐っているわけなのだ。この女は。

そんな彼女が起こした行動は実に単純。

自分の両手を拘束する手枷を破壊したのである。ただし、もちろんその手枷に拘束されたまま、であるが。

実は神経電流と同調して力そのものを出させないための機能をもつ手枷なのだが、兵士達に知る由もない。

どちらにしろ強靭な鋼で作り上げられたそれを、笑みを浮かべて引きちぎる。

なんの技術も細工もなく、ただただ力任せに、ぶちりと拘束を左右に割り開き、一瞬で破壊した。

それは彼女にとってはなにしろ面白くない、本当に退屈極まる作業だったが、それでも彼女にとっては意味を持たせた行動である。


ショートした回路は断面から一瞬夜を染め上げるような火花を上げ、吹き飛んだ螺子がパラパラと舗装された道の上に転がる。

大木がへし折れ倒れるような、あるいは硝子の器を叩き壊したような、人生においてそう耳にすることもないだろう音が兵士達の耳朶を叩いた。


「アーア。最初からこうすれば、よかったのかね……?わかるか雑兵の諸君?これは宣戦布告だよ。私はお前ら全員と戦争をしに来たんだ。」


水面に波紋が広がるように男達が静まり返る。おそらく声が聞こえないだろう距離の男達も、何を言われているかは理解していた。

静かに、しかし気付かずにはいられない感情の炎が、段々と夜の澄んだ空気を浸食して、自分達を焼いている。

それはそれは澄み渡った、美しい、――――――皆殺しの気炎。


「お前ら皆殺しにして、さもなけりゃ私の全存在をぐずぐずの皆殺しにされるために来たんだよ。」


静かに、平和に、穏やかに、にこやかに。彼女は兵士達を、一人残さず一人で壊滅させることを告げた。

そしてそんな彼女の意志の通りに、兵士達が銃火を揃える。

言葉は聞こえていないかもしれない。

けれど完全に解放され、意の赴くままに放たれ始めた殺気が、有無を言わせず戦闘態勢をとらせた。

ようやく彼女の望むまま。この都市は、この要塞は、彼女と一心不乱の戦争に移行する。


それを感じ取った彼女は笑いを深めた。心の底から満悦で、しかし獣のように、笑いが牙を剥いていた。


「気の利いた言葉もないらしい。それじゃ、始めようか。」


よく通る女の声だが、ただ呟いたにすぎないので聞こえたかどうか定かでない。

なにより、彼らにはそれどころじゃなかったであろうから。


女は戦いの火蓋を切ったのだ。

容赦や躊躇の時間など、微塵もなく、敵には更にそんなものは与えられていない。


音より速く。

女は最初の犠牲者の前へ移動していた。



それは例えるならレールガンの弾丸のように。あるいはまるで瞬間移動したように。

不意に一番近くにいた男の前に現れた。数十m以上離れた地点に、ただの走行運動を利用し、ただ刹那の時間だけで辿り着いていたのだ。


「ごきげんよう。―――――さようなら。」


そして、そのまま何の技術もてらいも無く、ただ思い切り拳を振りぬく。


すると、だ。

ばあんッ―――――、と水の詰まった陶器が爆発したような、しかし確かにそれとは違う嫌な音が夜の街に響き渡った。


それは明らかな殺し過ぎオーバーキルだ。固いヘルメットに守られた男の頭が原型を残さず弾け飛ぶ。

一人の人間を攻撃するために対戦車ロケットをぶちあてる。そういう愚行にも似た圧倒的戦力の行使。

それが女の、未だその先に余裕をとった格闘の戦力だった。


「ハハハハハッ!!相変わらずッ!!芥子粒みたいな糞のような取るに足らない雑兵どもも、死んだ時の手応えだけは悪くない!!」


にたりとその美麗な顔に赤い半月を浮かべ、彼女は暴風と化す。


それは本来なら戦争などとはとても呼べないほど絶望的で、しかし蓋を開ければ正反対の―――――――そう


あまりに馬鹿馬鹿しい――――と形容しようと思う。そんな戦争が、火蓋を切られたのだ。


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