終わった役目。
即興小説トレーニングにて書いた作品です。
かかった時間は30分程度。
お題は「疲れた伝承」でした。
「ねぇ、私キレイ?」
誰でも知ってる口裂け女の話だ。ポマードと3回言うと逃げられたりベッコウ飴をあげるといいとか色々な話を聞く。もちろん、僕の小学校でもだ。
最近、夜帰ると髪の長い女の人が話しかけてきて言うそうだ。私、キレイ?と。
だけど、誰も食われたとか行方不明だとか言う人はいない。ポマードとかベッコウ飴とか知らない人もだ。走って逃げたら追いかけてこなかったってみんなは言う。ただそこに立っていただけだと。
そんな安全な口裂け女の話を聞いて、胆試しだと夜みんなで行く人もいる。勿論、その人は出てきてやっぱり言う。私、キレイ?
どこか楽しそうな叫び声でもあげて逃げていく姿が、簡単に想像が出来る。でも、僕の想像での口裂け女はぽつんと一人ぼっちだった。
そんなことを考えてた昼休みだったのだが、偶然にも今日は塾で居残りをしていたせいか夜遅くなってしまった。不意に口裂け女のことが出てくる。だけど怖くは無かった。逃げればいい。出たら、逃げれば…
T字を曲がり、家まで数百メートルというところで僕は声をかけられた。そう、女の人の声で。
「ねぇ、坊や」
少しかすれたような声だったけど、怖い感じはしなかった。なぜかはわからないけど僕はその声はとても寂しそうだなと思ったのだ。
「ねぇ、私キレイ?」
振り向くと、真っ白な肌に真っ黒な髪で真っ赤なコートを着ている若い女の人が立っていた。口元には大きめのマスク。明らかに口裂け女の格好だった。だけど僕はなぜかちっとも怖くなくて、
「マスクをしたままじゃわからないよ、お姉さん」
と声をかけてしまった。そのあとに少しだけ後悔したが、なぜかお姉さんの表情は驚いたように目を開いたまま止まった。
「お姉さん…?」
「…いいえ、なんでもないわ。ごめんなさい。じゃぁ…」
目元がちょっと笑ったような気がした。ゆっくりとマスクをはずすお姉さん。そこには
「これなら、キレイ?」
真っ赤に裂けた、口があったのだ。
普通なら怖い。とても怖い。だけど僕は怖がらなかった。お姉さんの表情だけが凄く気になってしまったのだ。だって、お姉さんの表情は…
「なんだか、とても悲しそう…」
「え…」
困ったような笑みで、裂けた口が無理やり笑い顔を作っているような、そんな表情だったのだ。
上手く表現はできないけれど、裂けた部分さえなかったらきっと泣きそうな顔をしているんじゃないかと思った。
「お姉さん、なんでそんなに悲しそうなの?口裂け女はもっと怖い人なんだよ?」
「………」
口の裂けている部分は笑っているのに、お姉さんはとてもびっくりしたような困ったような、そんな顔をしていた。とまどいをかくせない、とは多分このことなんだろう。
お姉さんはそのあと、ふっとキレイに優しく笑うと
「坊やは私が怖くないの?」
とたずねた。なんだかやさしいときのお母さんみたいだ。
「怖くないよ。自分でもわからないけど、お姉さんは怖くないよ」
「そっか…」
お姉さんはつぶやくようにそういうと、物凄く優しい笑みをして僕に尋ねた。
「ねぇ、私キレイ?」
口は裂けてて物凄く気持ち悪いのかもしれないけど、そのときのお姉さんはとても
「うん、キレイだよ」
僕が一言そういうと、お姉さんはほっとしたように笑い
「ありがとう」
と優しく僕の頭をなでた。
そのあとお姉さんは夜の暗い黒に包まれて、そのまま見えなくなってしまった。
翌日から口裂け女は出なくなったと言う話だ。
僕は今でもあのことを思い出す。
お姉さんはきっと誰かと話したかっただけなのかもしれない。
即興小説なので駄文で申し訳ないです。