初心 朝
「蛍、走れ!遅刻する!!」
薫はそう叫ぶと、スピードを上げる。
「っちょ、兄さん待ってよ!僕そんなに早く走れない!」
蛍はそう叫びつつも、必死に薫に追いつこうと走る。
「蛍、お前ならいけるはずだ!なにせ、我が校始まって1のバスケ部期待の星!・・・だろ?」
「陸上部主将の兄さんには言われたくないね。」
全力で走りながら後ろを振り向きながらしゃべる薫に、蛍はあきれた様に答える。
「大体、兄さんが起きないから悪いんだ・・・。」
あらかさまに大きくついたため息は、薫には聞こえない。
「兄さん、兄さん起きて!!」
あれからきっかり5分後。蛍は薫の部屋に戻ってきた。
「兄さん、兄さんってば!!!」
しかし、何度ゆすっても薫は起きない。
5分、10分・・・・・。
さすがにこれだけ起きないともなると、
自分の兄が眠り病にでも罹ったんじゃないかと蛍が心配し始めた頃。
「・・・・・・先に行っててくれ・・・・。ぐぅ」
薫がぽつんと言った。
「・・・・・・はぁ、わかったよ兄さん。先に行くよ。」
と蛍はにっこり笑う。
・・・・ほど世界は甘くはない。
「まったく!兄さんいいかげん起きてってば!!
そう言って、おいてったら、兄さん1日起きないじゃないか!!
前だって、学校サボって・・・・、部活がないからって甘えすぎだよ!!」
と叫ぶと、蛍は薫の布団を剥ぎ取った。
・・・・・その光景は、古きよき昭和のコメディ映画を思わせる。
「うわっ!っ何すんだよ蛍!!!!」
「・・・・・・・おはよう、兄さん。」
「あ・・・。」
今の叫びで薫の目が覚めるであろうことを馴致した上で蛍は動いている。
彼の行動に無駄はない。
ただし、薫に対してだけは別だ。
・・・・どうしてこの兄は、僕の計算を狂わせるんだろう?
学年でもトップクラスの成績を誇る蛍ですら、兄は不思議な存在だった。
話を元に戻そう。
・・・・・・・始業時間まであと10分。
さすがにまずいか・・・・。
案外ルールに厳しい蛍はあせっていたが、
「・・・・兄さん、あと3分で準備してね。」
蛍は微妙に感じている怒りを抑えつつ、にっこり笑うとそう言った。
「・・・・だから言ったろ?お前は先に言って良いって。」
薫は自分のせいで遅刻しかけてるとはまったく思ってなさそうな声で言う。
「そういう問題じゃないよ。兄さん母さんと父さんがいない日に置いて行ったら、
絶対に起きないから・・・・。」
「バカだな、この俺がそんな子どもじみた事する訳ないだろ?」
ウソつけ、さっきだって最終手段に出るまで起きなかったくせに、と蛍は思う。
「兄さん、あと学校までどれくらい?」
蛍は自分の腕時計を見ながら兄に聞く、
「・・・・ざっと、500Mってとこだな。」
始業まであと2分。
「大丈夫、僕達兄弟なら余裕だよ。」
「だな。」
・・・・妙に自分たちの足に自信がある2人であった。
「・・・・ほら、校門だぜ。」
慧が叫び、2人が校門を潜り抜けた瞬間。
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコー・・・・。
「ほら、間に合っただろ?」
「ぎりぎりだったけどね。」
激しい息遣いをしながら、2人はそう言うと笑った。




