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転生したらまさかの婚約破棄?どうやら向こうは私を悪者にして有責にしようと目論んだが真実の魔法を使ってやった

作者: リーシャ
掲載日:2026/10/02

「はあ!?婚約破棄!?」


 叫び声が父と母が顔をしかめる書斎に響き渡った。


「落ち着きなさい、シチュリア」


 父が静かに言うけど落ち着けるわけがない。


「し、しかしですね」


 だって今、目の前で婚約者であるはずのズーライン様が、真っ赤な顔で指をさして叫んだんだから。


「シチュリア・パーシュバル様!あなたとの婚約を破棄させていただきます!」


 え、何それ?冗談?

 シチュリア・パーシュバルとして生まれ落ちてから十五年。実は、前世の記憶がある。

 前世は平凡な女子。それが、なぜか突然、公爵令嬢に転生しちゃったのだ。


 剣と魔法のファンタジー世界で、貴族には生まれたときから婚約者が決められているのが普通らしい。

 婚約者であるズーラインは、将来有望な子爵家の長男で、容姿端麗、成績優秀。おまけに剣の腕も立つ、絵に描いたようなイケメン。


 正直、転生してからずっと「え、こんなイケメンと結婚するの?ラッキー!」って思ってた。

 だって、 クラスの隅っこでひっそり暮らすような地味なタイプだったんだから。それなのに今日、突然の婚約破棄。一体どういうこと?


「シチュリア様は伯爵家の令嬢、サリテルア様を虐めたそうですね!」


 ズーラインの言葉に、ポカンとした。


「え?サリテルア?誰ですかそれ?」


 サリテルア伯爵令嬢?

 聞いたことない名前。転生してから、知らないところで隠れ悪役令嬢ムーブでもかましちゃってたってこと?いやいや、まさか。そんなバカな。


「とぼけるのはやめてください!サリテルア様は、あなたのせいで怪我を負い、学園に通うこともままならないと嘆いていました」


 ズーラインは、さらにヒートアップしていく隣には、同じように憤った表情のサリテルア伯爵令嬢が立っている。

 わざとらしい。学校行けないくらい怪我してたんじゃないの?


 ……って、ん?この子、見たことあるかも。あ、そうだ。

 最近、学園でズーラインの周りをちょろちょろしてた、やたらと可憐な雰囲気の女の子。サリテルア伯爵令嬢だったのか〜。


「あの、ズーライン様。サリテルアさんとお話したことすらありませんが……?」


  サリテルア伯爵令嬢が、か弱い子ウサギのようにズーライン様の服の裾をキュッと掴む。


「ズーライン様……シチュリア様は、きっと私を覚えていらっしゃらないのですね。以前、ズーライン様と話していたら、突然シチュリア様に突き飛ばされて……ぐすん」


 サリテルア伯爵令嬢の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。その姿は、絵本に出てくるお姫様みたい。

 ズーライン様はサリテルア伯爵令嬢を優しく抱きしめながら、睨みつける。これって颯太に浮気なんじゃ。


「見ましたか、シチュリア様!あなたのしたことの報いです!」


 いやいや、報いって……。

 何もしてない、ていうか本当に記憶にない。こういう展開ってどこかで見たことあるような……乙女ゲームの悪役令嬢イベント?


「もしかして、私、当て馬の令嬢にされちゃった?」


 頭を抱えた。乙女ゲームなんてほとんどしたことなかったのに、自分が悪役令嬢ルートにぶち込まれるとは。

 でも、待てよ?

 このままだときっと婚約破棄されて、最終的には修道院行きとか、僻地の領地送りとかになっちゃうんじゃないか?


 それだけは絶対に嫌だ。何が悲しくてそんなこと。前世の知識をフル活用して状況を打開するしかないな。


「ズーライン様!決してサリテルア様を傷つけていません」


 強く言い返すとズーライン様は眉をひそめた。


「まだ認めないのですか?」


「認められません。だって、事実無根だからです」


 決意を込めて、ズーラインを真っすぐ見つめた。そうだ、こういう時は感情的にならず、冷静に論破するしかない。前世で見たドラマや漫画の知識が今、役立つとは。頑張る。


「まず、私がサリテルア様を突き飛ばしたとおっしゃいますが、いつ、どこで、誰が、現場を目撃したのでしょうか?具体的な日時と場所、証人の名前を教えてくださいね?」


 問いかけると、ズーライン様とサリテルア伯爵令嬢は顔を見合わせた。


「それは……その……えっと……」


 ズーラインが言葉に詰まり、サリテルア伯爵令嬢は、さらに顔を真っ赤にして俯いてしまう。ふーん?


「サリテルア様が怪我を負ったと伺いましたが、怪我はいつ、どのようにして負ったものなのか、医師の診断書はありますか?私に突き飛ばされたことが原因であれば、すぐに医師の診断を受け、証拠を残しているはずですよね?違いますか?まさかとは思いますけど……診てもらってないなんてことはありえませんよね?」


 畳みかけるように質問を続けた。正直、こんなことを言うのは心が痛むけど自分の身を守るためには仕方がない。

 すると、これまで黙って事の成り行きを見守っていた父が静かに口を開く。


「ズーライン殿。シチュリアの言う通りだ。事実に基づかない言いがかりでは、婚約破棄は認められない。もしシチュリアに非があるのであれば、明確な証拠を提示していただきたいですな。まぁ、言われずとも用意されているとは思いますが」


 父の言葉にズーライン様は完全に怯んだ。サリテルア伯爵令嬢はさらに顔色を悪くしていて、青くなっていた。


「あの……私、ちょっと気分が悪いので……」


 サリテルア伯爵令嬢が、逃げるようにその場を去ろうとした。


「サリテルア様、お待ちください!」


 すかさず彼女の腕を掴んだ。

 サリテルア伯爵令嬢は、驚いたように見た瞳の奥にほんの少しの焦りと、憎しみが宿っているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


「もし、本当にサリテルア様を傷つけたのであれば、きちんと謝罪いたします。もし、そうでないのであれば、サリテルア様が私に対して行った行為は名誉を著しく傷つけるものです。責任はきちんと取っていただきますから」


 にーっこり微笑んだ。こんな強気なことは言えなかっただろうけど、今は違う。転生して、世界の理不尽な状況を生き抜くためには自分をしっかり持つ必要がある。

 サリテルア伯爵令嬢はガタガタと震えだした。身に覚えがあるみたい。ズーラインも庇ったり睨みつける力は残っていないよう。


 結局、その日はズーラインとサリテルアは何も明確な証拠を提示できず、すごすごと帰っていった。


「シチュリア、よくやった」


 父が珍しく褒めてくれた。母も、優しく頭を撫でてくれる。婚約破棄はまだ正式には撤回されていないけれど、これで名誉は守られた。今回の騒動で確信する。


「どうやら、ただやられっぱなしじゃいられないみたい」


 知識を武器に異世界で人生を謳歌してやるのだ。婚約破棄騒動なんて、始まりに過ぎない。


 ズーラインとサリテルアがすごすごと帰っていった後、書斎でひとり、腕を組んで考えていた。


「復讐……するかなぁ」


 父と母は、無実を信じてくれたし、それは本当に嬉しかった。でも、ズーライン様と伯爵令嬢の態度を思い出すと、どうしても胸の奥がモヤモヤする。

 彼らには、何もしていないのに名誉を傷つけ、婚約を破棄しようとした。このまま何もしないでいたら、きっとまた同じようなことを仕掛けてくるだろう。


 鬱陶しいし、前世ならきっと泣き寝入りしていただろうが、今は違うと証明したい。転生して新しい人生を手に入れたんだから、もったいない。ただの令嬢で終わるなんてまっぴらごめんだ。


「乙女ゲームの悪役令嬢は、ヒロインにいじめられて、最終的に破滅する……それが定番のストーリー」


 ブツブツと呟いた。


「でも、悲劇のヒロインなんかじゃない。断じて」


 テーブルに置いてあった紅茶を一口飲む。


「彼らに、実力を見せつけてやる。陥れようとしたことを、後悔させてやる」


 第一歩は情報収集。復讐といってもいきなり突っ走るのは愚策ゆえ、まずは敵を知ることから始めるのが基本中の基本。

 翌日、早速、メイドのユマリスを呼び出した。ユマリスは専属メイドで、物静かだけど、頭の回転が速く情報収集が得意。


「ユマリス、ズーライン様とサリテルア伯爵令嬢について、色々と調べてほしい」


 ユマリスは驚いたように目を丸くした。


「シチュリア様……よろしいのでございますか?」


「ええ、もちろん。彼らが何を企んでいるのか探る必要がある」


 ユマリスは真剣な表情で頷いた。


「かしこまりました。すぐに取りかかります」


 ユマリスは本当に優秀だ。数日後には、ズーラインとサリテルアに関する驚くべき情報を持ってきた。


「シチュリア様、まずズーライン様は最近、賭博にハマっていらっしゃるようです。それに子爵家の財政があまり芳しくないとか……」


「え!賭博に!?」


 驚きを隠せない。あの真面目そうな人が、まさか。とはならないか。真面目だけどバカだから。


「サリテルア伯爵令嬢は……どうやら、他の貴族の子息にも同じような手口で近づいているという噂があります。学園では、可憐な令嬢として知られていますが裏では悪女と呼ばれているとか」


「え、悪女!?」


 ユマリスの情報に、思わずのけぞった。乙女ゲームのヒロインかと思っていたサリテルアが、まさかそんな酷い裏の顔を持っていたなんて。これはまさに、羊の皮をかぶった狼じゃないか。


「しかも、サリテルア様は、ズーライン様が将来有望な子爵家の長男であることに目をつけ、ご自身の家を立て直すために彼を利用しようとしている、という噂も……」


 ユマリスの言葉に、ゾッとした。なんだか、前世で読んだドロドロの愛憎劇みたい。

 目的は、子爵家の財政立て直しと、貴族としての地位の確立。それにこちらを、いいように利用しようとしていたんだな。


「なるほどね。私が悪役になれば、邪魔な婚約者を排除して、サリテルアがズーライン様と結ばれてめでたしめでたし……って筋書きだったわけか」


 ニヤリと笑う。


「でも、そうはさせない。このシチュリアを敵に回したことを、骨の髄まで後悔させてあげないと」


 ユマリスが調べてきた情報を元に、復讐計画を練り始めた。まず、ズーラインの賭博癖。これは破滅させる一番の弱点。

 彼の家族に、事実をうまく伝えれば、きっと彼への信頼は失墜する。


 次に、サリテルア伯爵令嬢の悪女としての顔。これを学園中に広めることができれば、彼女の評判はガタ落ちなので、もう誰も彼女を可憐な令嬢、とは呼ばなくなるだろう。

 そして、一番重要なのはこの身がさらに輝くこと。


「陥れようとしたことを後悔させるためには、はるかに素晴らしい存在になるしかない」


 翌日から、学園での振る舞いをガラリと変えた。今まで、転生者であることを隠すため、あえて目立たないように振る舞っていたから。これからは違う。

 パーシュバル公爵令嬢シチュリアとしての輝きを、最大限に発揮すると決めた。学業で前世の知識を活かし、学園の授業で次々と優秀な成績を収めてみせる。


 特に、歴史や魔法理論は前世の歴史や科学の知識と結びつけて学ぶことで、より深く理解することができた。

 社交では、今までは人見知りだった前世の性格が邪魔をして、あまり積極的に交流してこなかったけれど。これからは、積極的に他の生徒たちと交流する。特に、困っている生徒がいれば、迷わず手を差し伸べたりも。


「シチュリア様って、すごく頭が良いんですね」


「ええ!それに、いつも優しいし、困っていると助けてくれるし」


 学園での評価は、日を追うごとに高まっていき、皆の見る目が、どんどん変わっていくのが分かる。

 そんなある日、学園の図書室で、ズーライン様とサリテルア伯爵令嬢を見かけた。二人は、何やらヒソヒソと話している。怪しい〜。


「あの女……最近、やけに目立っているわね」


 サリテルア伯爵令嬢が、こっちを睨みつけるように言ったのが聞こえた。


「くっ……シチュリアのやつ、ますます輝く……」


 ズーラインも、悔しそうに歯ぎしりしている。奴って、心中でそこまで見下していたのがわかる。彼らの言葉を聞いて、内心でニヤリと笑う。うまくいっているみたい。


「これが、私を敵に回した報いなんだから」


 復讐はまだ始まったばかりで、陥れようとした者たちに最高の絶望を味あわせてみせる。


 学園での評価がうなぎ登りになっていく一方で、ズーライン様 とサリテルア令嬢の焦りは明らか。ひそひそ話が、耳にも入ってくるように。


「あの女、どうしてあんなに!」


「くそっ、このままでは計画が」


 動揺を肌で感じながら次の手を考えていた。直接的な復讐もいいけれど、もっと効果的で二度と手出しできないような方法がいい。あ、そうだ、公開処刑。


 いやいや、もちろん本当に処刑するわけじゃない。悪事を誰もが知る形で暴き、社会的評価を地に落とす、最高の復讐となるだろう。舞台は。


「年に一度の収穫祭が最適」


 笑った。収穫祭は学園最大のイベントで、貴族の子息令嬢だけでなく領主や家族も訪れる。

 社交界の中心とも言える場所で、悪事を暴けば影響は計り知れない。

 収穫祭に向けて、さらに学業と社交に力を入れた。特に、魔法の勉強は熱心に取り組む。


 想像もできなかったような、不思議な魔法がたくさんある。

 その中でも真実の魔法と呼ばれる、相手の嘘を見抜く魔法に注目。熟練した魔術師でも難しいとされる魔法だが前世の論理的思考力と、魔法理論を結びつけて、独自の研究を進めた。


「シチュリア様、また夜遅くまで魔導書を読んでいらっしゃるのですか?」


 メイドのユマリスが心配そうに声をかけてくる。


「どうしても、魔法を習得したくて」


 ユマリスは首を傾げたが、何も言わず温かいミルクティーを置いてくれた。

 その日から、寝る間も惜しんで魔法の訓練に励む。一方、専属のユマリスは、ズーラインとサリテルアに関するさらなる情報収集を続けてくれていた。


 どうやら伯爵令嬢は、最近、ズーラインだけでなく、他の子爵家の令息にもアプローチしているらしい。よくやる。


 令息たちも同じように「シチュリアにひどい目に遭わされた」というデマを耳に流されているという。

 さらにズーラインの賭博癖はエスカレートしており、子爵家の財産を担保に闇金から借金までしているという、恐ろしい情報も手に入れた。そろそろ、首が回らなくなりそう。


「なるほどね……これで、悪事はほぼ確定」


 集まった情報を見ながら、静かに呟いた収穫祭当日。学園の広場は色とりどりの装飾で彩られ、多くの貴族や生徒たちが集まっていた。お気に入りのドレスを身につけ、会場に足を踏み入れる。


 会場の隅ではズーライン様とサリテルア伯爵令嬢が、警戒するようにちらちらと見ていて。サリテルア伯爵令嬢の隣には、前回はズーライン様だったはずの場所だったのに、何故か別の若者が立っていた。

 きっとユマリスが報告してくれた、別の被害者候補なのだろう。


「これ、いかが?」


「おすすめですわよ」


 笑顔で他の貴族たちと挨拶を交わしながら、機会を伺うとその時が来た。


「で、そのように」


 学園長が収穫祭の開会を告げ、貴族たちの挨拶が始まった中でズーラインが正義の味方であるかのように、壇上でスピーチを始めたのだ。


「私から言いたいことがある!」


「!?ーーな、なにを言っているんだね、君はっ!?」


 いやー、先生を押し除けてまではやっちゃダメだと思う。


「皆様!本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。さて、私には皆様にお伝えしたいことがございます。最近、学園内でとある陰湿な嫌がらせが横行しております。その犯人についてです……!」


「いや、勝手なことをされては困る!降りるのだ!」


 ズーライン様は、そこで一旦言葉を切り、こちらの方をちらりと見た。ふふ、意味ありげ。

 会場の注目が我が身に集まったのを確認してから、男は再び口を開いた。


 さっきから、教師達が降ろそうとしているが、いくら子供でも貴族の子息なので、警備兵のようにやれないだろう。


「その犯人は、パーシュバル公爵令嬢シチュリア様です!」


 会場が、ざわめきに包まれた。サリテルア伯爵令嬢は、ズーラインの隣でか弱い少女を演じるかのようにそっと顔を隠す。化粧が服に付くよ?


「シチュリア様は、サリテルア伯爵令嬢をはじめ、多くの令嬢を傷つけ、陰湿な行為を繰り返してきました!学園の秩序を守るため、そして、被害者の名誉を守るため、シチュリア様との婚約を、ここに正式に破棄することを宣言いたします!どうか!皆様にも後押しをお願いしたい!」


 ズーライン様の言葉に、会場のざわめきはさらに大きくなり、中には無実の己を非難するような視線を向ける貴族もいる。両親も、驚きと怒りで顔を真っ赤にしていたが、自分はその場で微動だにしなかった。

 こっちは睨まれるごとに、もっとにこやかな笑顔を浮かべる。この瞬間を、待ち望んでいたかのように。


「ズーライン様」


 声が、会場に響き渡ると静まり返った会場で、ゆっくりと前に進み出した。


「わたくしに、弁明の機会を与えていただけますでしょうか?」


 ズーラインは、冷静な態度にひるんだように見えたがすぐに気を取り直して言った。


「弁明など必要ありません!あなたの悪行は明白です!」


「いいえ。必要です。なぜなら、ズーライン様がおっしゃっていることは、全て真実ではないからです」


 会場が再びざわめく。壇上へと足を進め、ズーライン様の隣に立った。ごめんね、先生達。

 会場を見渡す。多くの視線が、集まっている。深呼吸をして、取得したばかりの真実の魔法を発動させた。


「真実を告げよ、リベラ・ウェリタス!」


 手が光り、光がズーラインとサリテルア伯爵令嬢を包み込んだ。すると、彼らの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


「な、何を……!?」


 ズーラインが叫んだその瞬間、頭上に奇妙な映像が浮かび上がった。それは、ズーラインが賭博場でお金を使い果たし、闇金から借金をする姿で、会場から、驚きのどよめきが起こる。

 ズーラインの家族は、顔面蒼白になっている。止めに来ないのだろうか?


 次に、サリテルアの頭上にも映像が浮かび上がった。そこには、彼女が突き飛ばしたと偽る様子や別の令息に甘い言葉をささやき、同じようにこっちを陥れようとする姿が映し出されている。


「ひっ……あ、そ、そんな!」


 サリテルア伯爵令嬢が、悲鳴を上げたが会場は静まり返っていた。誰もが信じられないものを見るかのように映像を見つめている。ゆっくりと愚か者達に向き直った。


「ズーライン様、サリテルア伯爵令嬢。今、この場で皆様の目にはっきりと真実が映し出されました。それでもなお、ありもしない悪行を主張なさいますか?」


 彼らは何も言えないみたいで、ただ、顔を真っ青にして、震えている。決まった。

 うちの両親が、壇上へと駆け上がってきて、父がズーラインに向かって怒りの声を上げる。


「ズーライン殿!これは一体どういうことだ?我が娘の名誉をこれほどまでに傷つけ、その上、このような卑劣な嘘をついていたとは!許さんぞっ」


 そこでハッとする学園長も、慌てて事態の収拾に動く。ごめんね、学園長。

 バカなズーラインと、浮気相手のサリテルアは警備員に連行されていく。二人共、絶望の色が浮かんでいた。起死回生も無理だからかな。


 彼らの計画は完全に、公衆の面前であっさり崩れ去ったのだ。会場からはこちらへの同情と彼らへの非難の声が上がる。

 気付いたら周りに多くの生徒たちが集まってきた。なんだか、手のひらが熱い気がしないでもないけど。


「シチュリア様、私、シチュリア様のこと信じてました!」


「本当にひどいです!ズーライン様とサリテルア様!」


 まぁ、いいか。温かい言葉に、自然と笑みがこぼれた。思春期の彼らに何か出来たわけでもないから、期待するのも変なのだろう。

 復讐は成功したから、学園と社交界で、もう二度とまともに活動することはできないだろうし。目的は、ただの復讐だけではなく理不尽なレッテルをはがし、人生を自身の力で切り開きたかったのだ。


「ありがとう、みんな」


 集まってくれた生徒たちに微笑んでみると、周りに温かい光が灯ったように感じた。



 収穫祭での真実の魔法によって、ズーラインとサリテルアの悪事が白日の下に晒されてから、学園の空気は一変した。二人に向けられる視線は好奇の目ではなく、蔑みと軽蔑に満ちている。

 転落の始まりだ。ズーラインは賭博と闇金からの借金が露見したことで、子爵家から勘当される寸前まで追い込まれた。

 父親であるズーラインの父子爵は、息子の不祥事に激怒し社交活動を一切禁止。学園にも通うことを禁じられたとか。


「う、嘘だろ……なんでこんなことに……あ、ありえない」


 ズーラインは自宅の書斎に閉じこもり、荒れた生活を送るようになった。将来有望な若者と見ていた周りは、手のひらを返すように彼から離れていき、賭博仲間も借金で首が回らなくなった彼を見捨てたのだ。


 闇金の取り立ては日に日に厳しくなる。子爵家はなんとか借金の肩代わりをしたが、代償は大きく。子爵家の財政は破綻寸前となり、所有する土地や屋敷の一部を売却せざるを得なくなった。


 ズーラインは、それまで当然のように享受してきた豊かな生活を失い、質素な暮らしを強いられ、使用人の数も激減。きらびやかだった子爵家の屋敷は、今やひっそりと静まり返っている。


 学園にいた頃の自信に満ちた表情を失い、常に怯えたような視線を送るように。街中で元婚約者とすれ違うことがあっても、目を合わせることもできず慌てて逃げるように去っていくまでに、トラウマが刻み込まれていた。

 浮気相手のサリテルアもまた、その後の運命は悲惨。可憐な令嬢という仮面が剥がれ落ち、裏にあった悪女としての顔が知れ渡ったのだから。


「サリテルア様って、あのズーライン様を騙してたんでしょう?」


「他にも何人もの子息に近づいてたって噂よ!」


「騙されたという訴えが止まないらしいわよ」


「悪質ね」


 学園では、悪評があっという間に広まった。これまでちやほやしていた生徒たちも、手のひらを返すように避ける。パーティーにも招待されなくなり、社交界からも完全に締め出された。


 伯爵家も娘の不祥事に激怒。サリテルア令嬢は美貌と愛らしさを武器に、貴族社会でのし上がろうとしていたが、目論見は完全に外れたと悔しがっているに違いない。

 父親であるサリテルア伯爵は、娘の行動が家の名誉を傷つけたと激しく叱責し、外出禁止を言い渡した。


 部屋に閉じこもり、日に日に痩せ衰えていき流行のドレスを着こなし、華やかだった姿は、見る影もなし。鏡に映る顔には絶望と憎悪が渦巻いている。目が落ち窪んでいたという話も聞く。


 なんの非もない婚約者を理不尽に陥れることで、ズーラインと結ばれ、貴族としての地位を確立しようとしていたのに。計画は真実の魔法によって打ち砕かれ、跳ね返ったように悪女として社会から葬り去られることになった。


 一方、勝利側のこちらは、二人の落ちぶれていく様子を遠くから見ていた。同情はしない、自らの手で蒔いた種なのだから。

 婚約破棄騒動以来、周りには多くの友人ができた。とも、だち?

 まあ、深く考えずにしておくか。学園での評価は揺るぎないものとなり、パーシュバル公爵令嬢として堂々と胸を張って生きている。

 学業に励み、魔法の腕もさらに磨いた。困っている人を見れば自然と手を差し伸べる。


 街で偶然、サリテルア令嬢を見かけた。以前のような華やかさはなく、質素な服をまとい、俯きがちに歩いていたが。視線が合った瞬間、向こうは怯えたように目を逸らし足早に去っていった。

 瞳には憎しみと深い後悔の色が混じっていたので、後ろ姿を見送りながら静かに微笑んだ。


 復讐は終わり、シチュリア・パーシュバルは新しいことに挑戦し、自身の道を切り開いていこうとしている。悪役にされかけた令嬢はもういない。


 そうしていると、とある大きな依頼が舞い込んだ。王子から学園の教師を頼まれたのだ。その王子はディアド。

 金箔飾りを刻む、王家のものが使う手紙。即座に返した。もちろん、拒否などない。

 というか、ありえないのでハイ、としか答えは許されないだろう。冷や汗をかく。


 王立学園の特別講師という大役を拝命して数日後。王城の一室に呼び出された。

 まさか、すぐに第一王子ディアド殿下にお目通りが叶うとは思わず、少し緊張しながら部屋へと入る。汗が流れそう。冷や汗だ。

 淡い金髪と聡明な瞳を持つ、若々しい男性が立っていた。本物だ。彼こそが、国の未来を担う第一王子、ディアド殿下。


「シチュリア・パーシュバルです。殿下にお目にかかれて光栄に存じます」


 淑女の礼を取り、頭を下げた。


「顔を上げてください、シチュリア嬢」


 声は、想像していたよりも穏やかで、威圧感はなかった。顔を上げると、殿下はにこやかに見つめているではないか。見ないで欲しい、緊張で胃が痛い。


「この度は、王立学園の特別講師を引き受けてくださり、感謝します。……子爵との件、大変でしたね。話は聞き及んでいます」


 殿下の言葉に少し驚いた。まさか、その話題に触れるとは思わなかったから。


「いえ、殿下。私自身、良い経験となりましたから、気にしておりません」


 正直な気持ちを伝えた。この一連の騒動で、大きく成長できたと思っている。


「それは?良い経験、ですか?」


 興味深そうに繰り返した。


「もしあのまま、何も知らずにズーライン様と婚約を続けていたら。きっと、もっと未熟なままだったでしょう。今回のことで自分自身で道を切り開くことの大切さを学べました」


 殿下はフッと微笑む。


「流石はパーシュバル公爵令嬢。芯が強い方だと聞いていましたが、噂以上ですね」


「……光栄、です」


「特に、あの真実の魔法には驚かされました。あれほどの魔法を独学で習得されたとは」


 瞳には尊敬の色がある。


「まだ未熟な部分も多いですが、これからも研鑽を積んで参ります」


「期待していますよ。我が国の魔法研究は正直、停滞気味でして、ね。シチュリア嬢のような、既成概念にとらわれない発想を持つ方が今こそ必要なのですよ」


 応援に心が奮い立つ。能力が国の役に立つ喜びは何物にも代えがたい。頑張ったからこそ報われたいと思う。


「王立学園での特別講師として、具体的にどのようなことを期待されていますか?」


 今後の活動について尋ねた。手紙を寄越されたのだから、早く聞いておきたい。


「そうですね。シチュリア嬢が習得した真実の魔法について、生徒たちに教えていただきたい。あの魔法は政治や裁判においても、非常に重要な役割を果たす可能性を秘めていると見ています」


 頷いた。嘘を暴く魔法はあらゆる場面で力を発揮するだろう。


「もう一つ、お願いしたいことがあります」


 声が、少し真剣みを帯びた。


「な、何でしょうか?」


「シチュリア嬢の持つ、広い視野で、国の未来について意見を聞かせてほしいのです」


 ハッとした。広い視野。誰よりも持っている強み。


「まだまだ古い慣習に囚われすぎています。貴族間の争いや、身分による差別も根強く残っている。それでは、いずれ他の国々に遅れを取ってしまうでしょう」


 王族の男が遠くを見つめるように語った表情には、国を憂う真剣な思いが見受けられる。


「シチュリア嬢は、パーシュバル公爵令嬢として、真実を見抜く目を持つ者として、率直な意見を聞かせてほしいのです。時には私を批判しても構わない。それが国をより良くするための第一歩だと信じているのです」


 気持ちを深く揺さぶった。特別講師として招いただけではないらしく、異なる視点に期待してくれているのだろう。


「かしこまりました、殿下。微力ながら、国の未来のために尽力させていただきます」


 頭を下げた。ただの婚約破棄から始まったけれど、国の未来を左右するかもしれない大きな役割を担うなんて。

 素晴らしい出会いをもたらしてくれたのは、皮肉なものだと苦笑する。


「ありがとうございます、シチュリア嬢。あなたに期待していますよ」


 彼の笑顔は太陽のように輝いていた。照れる。王城を出ると大きく息を吸い込んだ。清々しい風が頬を撫でていく。

 チャンスを活かして自身の未来を、この手で最高のものへと変えてみせる。


 馬車に乗るとメイドのユマリスの明るい声で質問され、説明すると頬を高揚させ「すごいですお嬢様!」ととても喜ばれた。帰ったらパーティを開きましょうと言われて、ふふふ、と笑みを零す。


 嬉しくて嬉しくて。

 父と母も帰ったら恐らく、喜びにまみれた言葉をかけてくることを考えれば、無意識に頬が緩んだ。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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