クラリス・イン・メガネ~ランド
どうも、星野紗奈です。
福井県鯖江市を題材にしたお話を書いてみました。
作風も変えて、ポップな世界観を目指したつもりです。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは、どうぞ↓↓
「クラリーーーースッ‼」
お母様のわからず屋。
そう思って、私は肩掛け鞄とクローゼットのほうきを手に取り、窓から飛び出したの。
事の発端は、お母様がカンカンに怒ってしまったことだった。私はただ、リトくんが大好きだっただけなのに……。
朝起きたら「おはよう」って言いたいし、前髪を整えながら何でもない話で笑いたいし、学校に行くときも帰るときも「またあとでね」って声が聞きたい。夜帰ってきてからは電話しながら宿題をやって、リトくんとどこですれ違うかなって想像しながら明日の髪型を考えて、時計の針がてっぺんを越えるまで画面越しに一緒に夜更かしして、それでリトくんの「おやすみ」って声で夢を見たい。
好きな人のことで頭の中がいっぱいになるのって、乙女としては当然のことじゃないの?
それなのにお母様ってば、「朝から晩までリトくんに夢中になりすぎだ」って言うの。家出してるわけでもないんだし、どうして電話くらい許してくれないのかしら……。
「そりゃあ、君、恋は盲目ってやつだなあ。お母様の言うことはもっともだ」
まあ! シルバったらひどいわ!
口元を抑えてそう叫ぶと、さっきまで交互に上下していたフレームが上に二回続けて跳ねた。私がこほん、と咳払いをすると、シルバの眼鏡のリムが呆れたように下に少し沈んだ。
それでね、お母様ってば、一体何をしたと思う? 私がリトくんとビデオ通話をしていたら、(お母様曰く、「何度もノックしたのに、返事をしなかったじゃない」ですって)突然部屋に入ってきて、私に魔法をかけちゃったの。好きな人が見えなくなっちゃう魔法よ。お母様が呪文を唱えた途端、スマホの画面のどこにもリトくんの姿が見当たらなくなっちゃって、私、びっくりして倒れるところだったわ。
私の魔法使いとしての実力は、お母様には到底及ばない。だから、この魔法は自分じゃ解けない。……でもね、一つだけ方法があったの。
「ほう……? もしや、君……」
くい、とシルバの眼鏡のブリッジが押し上げられたように動く。
ほうきで移動して降り立ったのは、品川駅。未熟な私に移動できるのは、歩いて三十分、精々駅一つ分くらいだったから……。それから十分ほど電車に揺られて、東京駅に到着。新幹線に乗って、さらに電車を乗り継ぎ、ようやくホームに降り立って、大きく深呼吸。改札を出ると、赤い丸が二つ、その間をひょいと結ぶ橋が見えた。
「めがねのまちさばえ」。ここには、見えなくなったものが見える魔法道具がある……らしいわ。本当かどうかなんてわからないけれど、今の私は動くしかなかったの。
それで、どこから探そうかしら……と思って踏み出したところで、「おい!」って下から声がして呼び止められたのよ。
そう言って、私はすとんとしゃがみ込む。石でできた車止めにかけられた眼鏡のブリッジをつんとつつくと、ふん、と鼻を鳴らすように銀色の丸が二つずり上がった。
ねえ、シルバ。その特別な眼鏡っていうのは、どこにあるの?
「……さあね。おいらは何も知らないよ」
本当かしら? 怪しいわね……。そんなふうに意地悪するんだったら、いいわ。この辺をこう……。
「ふん、おいらは石だから、くすぐりなんか……あっ、ちょっ、眼鏡のフレームをなぞるのは……‼」
ふふん、やっぱりここね……! あら? どうして私、シルバの弱点がわかるのかしら。……まあいいわ。早く白状しなさい?
「くっ……わかったよ。そんなにあの魔法の眼鏡のことが知りたけりゃあ、まずは、どんな眼鏡も揃う不思議なミュージアムまで行ってみな。この道をまっすぐ、だ」
わかったわ! ありがとう、シルバ!
お礼を言って、私は走り出す。その視界の隅で、シルバの眼鏡が不格好にずり落ちるのが見えた。
誰に止められても、私は行くわ。これは、私の、私だけの恋物語だもの。
待っていてね、リトくん。
心の中でそう呟いて、二つ横に並んだマンホールの上を飛び越えていった。
* * *
ご機嫌に影が跳ねて遠ざかっていくのを見届けて、脳裏の気配に語りかける。
「……ルイーザ、これで何回目だい?」
《十二回目だね。リトくんがクラリスのクラスに転入してきてから、毎週これだ。まったく、困った娘だよ》
「同感だね。でも、君も昔はそうだっただろう?」
《うるさいね。恋する乙女は誰にも止められないんだよ》
「それにしても、彼女……クラリスは、おいらが見えていることに何の違和感も抱いていないみたいだ。いくら魔法の眼鏡をかけているとはいえ、すごい順応力だね。あの子には魔法使いの素質があるよ」
《当然だろう? 私の自慢の娘なんだから。ちょっと突っ走りすぎるところは……、まあ、今は目をつむってやってくれ》
「ははっ、あいにくおいらに目はないんだ」
そう言って、眼鏡をかたかたと揺らしていると、ふう、と小さなため息の音が聞こえた。
「さて、クラリスはいつ自分が特別な眼鏡をかけてるって気づくだろうね?」
《さあね。あの子は、あんたみたいなのは誰にでも見えて当然だと思い込んでいるみたいだから》
この世界から魔法の大半が失われて、もう随分経った。今となっては、それらはもはや最初からなかったものとして扱われている。しかし、見えなくなっただけなのだ。
見えなくなった「魔法」が見える眼鏡。それが、この街で生まれ育った希少な魔法使い、ルイーザがひっそりと起こした奇跡のうちの一つだった。
「不思議なのはこの世界じゃなくて、彼女がガラス越しに見ている世界ってことだ。それに気づいたとき、きっと彼女は大きく成長するだろうね」
《そうだな……。もしそんな成長を遂げたなら、もうあんたとはこうやって普通に話をしてくれなくなるかもしれないね》
「そっ、そんな……⁉」
声を上げると、石の表面のすぐそばを生温かい風が吹き抜けて、ずり落ちた右側のつるが戻された。ふと、脳裏に彼女の笑みが浮かぶ。
《それにしたって、毎度毎度追いかけるこっちの身にもなって欲しいもんだよ。リトくんに夢中になって、家を飛び出して、魔法道具を探して、結局連れ帰られて……。失敗したっていう記憶だけを残して、それ以外の情報は消してるはずなのに、あの子はちっとも諦めてくれない。今年に入ってから、私は何回ふるさとの景色を見ていることか…》
「それでも、君は止めないんだね」
《仕方がないさ。何せ――――》
新緑の葉の影が、頭を優しく撫でるように揺れる。
《恋に振り回されながら、目の前の世界に夢中になる。それが許されるのは、若者の特権だからね》
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'▽')




