ロンディウスの休日//傭兵事情
……………………
──ロンディウスの休日//傭兵事情
「それで、お前たちはどうしてここに?」
ひとしきりテッサロニケさんとやり合ったあとに、オドアケルがそう尋ねてくる。
「引っ越したばっかりで家具が少ないから、ここで揃えようと思って。ダフネたちに案内してもらったんだ」
「そうか。なら、一緒に見て回るか? 俺たちも新居に置くものを探しててな」
オドアケルがそう尋ねるのに私はダフネたちの方を見た。
「喜んで」
「ぜ、ぜひ!」
ダフネは普通の笑みで、テオドラはどこかオドアケルへの憧れを感じさせる表情でそれぞれそう返す。
「よし。じゃあ、一緒に回るか!」
それから私たちはオドアケル夫婦が加わり、私は倉庫街の市場を巡る。
異国で作られた大理石の家具だったり、色鮮やかな敷物だったり、そういう品が所せましと並ぶ倉庫街の市場。
私はそんな市場に胸を弾ませると同時に恐れてもいた。
自分がここを傷つけた痕跡が今も残っているのではないかと。
「……そうびくびくするな、リンクス。お前は傭兵で、あれは戦争だった」
「そうだね……」
オドアケルはそんな私の様子を察したのか、そう言ってくれる。
彼の言葉は傭兵らしいドライさと同時に彼なりの優しさがあった。
その言葉で私は少し落ち着けた。
「ダフネちゃん、ダフネちゃん。見て見て。これ、可愛いよね!」
テオドラはそう言ってダフネに見せるのはまだら模様の鼈甲で作られたバレッタであり、細やかな細工が施されている。
「そうね。色合い的にもあなたの髪に合いそう」
「えへへ。買っちゃおうかなぁ」
ダフネがテオドラにそう言い、テオドラは嬉しそうに髪飾りを見る。
「リンクス。あなたも何か買っていったらどう? その銀髪は綺麗だけど、あなたは髪を整えるのに無頓着なように見えるから」
「どうしよう。あまり無駄遣いするわけにはいかないし……」
私の髪はずっとソフィアが手入れしてくれた。
そして私は自分の髪をお洒落にすることにはあまり興味がなかったのは事実だ。
だから、髪飾りなどつけたこともなかった。
「おう。ひとつだけならば俺が買ってやるぞ」
「え。いいの、オドアケル?」
「ああ。この戦争で随分と稼いだからな」
オドアケルはにやりと笑ってじゃらじゃらと金属音がする革袋を揺らす。
「けど、悪いよ。私は安いのを買うから」
「そうか? じゃあ、昼飯を奢ってやるよ。美味い店を知ってるからな」
「ありがとう、オドアケル」
私はそこで異国の布で作られたリボンを買った。
布地はサテンのようにさらさらしており、綺麗だった。
朱色に染められたそれを私はそれを売っている店主から購入。
「リンクス、結んであげるわ」
ダフネがそう言い、私の髪をポニーテイルに結んでくれた。
ポニーテイルは師匠とお揃いの髪型で、それを市場にあった鏡で確認できたときには、とても嬉しく感じた。
それから私たちは新居に必要なものを購入していき、それを飛行魔法で浮かべて運び、オドアケルのお勧めする店で昼食をとることに。
オドアケルのお勧めしてくれた店はロンディウスでは珍しく肉料理を名物にしている店だった。
「ロンディウスの魚介料理も悪くないんだが、毎日魚介ってのは飽きるからな」
オドアケルはそう言って笑い、分厚いステーキを全員に注文した。
異国の香辛料がふんだんに使われたソースのかかったステーキは香ばしい匂いを放っている。
私は早速肉を切って口に運ぶ。
脂は少なく、赤身の多い肉だったが柔らかくておいしい。
それにほんのりとワインの風味がする。
「西部連合は俺たち傭兵にも美味い飯を食わせてくれていたが、そっちはどうだった、リンクス?」
「こんなに美味しいお肉は出なかったね。特に進軍してると」
「軍隊の強さってのは飯に現れるもんだ。飯が不味くなり始めたら赤信号ってな」
そう言ってオドアケルはがぶりと大きく切り取ったステーキに食らいついた。
実に豪快な食べっぷりで、こちらまで食欲が湧いてくる。
「あの、オドアケルさんたちはあの戦争を戦ったんですよね。その、どうでしたか?」
そこでテオドラがオドアケルにそう尋ねる。
「どうだったって言われてもな……。戦争は戦争だぜ。奪い奪われを繰り返し、どちらかが白旗を上げるまで戦う。それだけだ」
「辛かったとか、大変だったっていうのは……?」
「それは山ほどある。特にロンディウス奇襲のときはやばかったぜ。帝国軍がまさか1個軍をまるまる囮にしやがるとは思ってもみなかったからな。飛行魔法の強行軍で飛ばしまくって何とか到着ってところだ。途中で力尽きた連中もいた」
「やっぱり戦争は大変なんですね……」
テオドラがそう言い、ダフネの方に視線を向ける。
「それでも私は正規魔法使いになったらみんなを守れる職に就きたい。リウィア隊長の下で励むつもりよ」
「ダフネちゃん……」
どうやらテオドラはダフネが正規魔法使いとなったのちの道として、父であるヨアニスのように戦士となることを快く思っていないようだ。
私もできることならば友人には安全な場所にいてほしいとそう願っているが……。
だけれど、そのダフネの決意は固そうで、私たちの言葉ぐらいで翻るものではなさそうだった。
「戦いを生業にするならば俺たちのように、その日その瞬間を大事に生きておけ。そして、さっさと恋人とは引っ付いておけ。帰ってから結婚しようと約束して、そのまま帰らなかったらその言葉は呪いになっちまう」
オドアケルは飄々とした様子でそう言い、またステーキに食らいついた。
「またこの人は女の子を脅かして。女も男も帰ってこなければ新しい人間とくっつくものさ。死人を思い続けるなんて贅沢はそうそうできないよ。生きている人間には生活があるんだからね」
そんなオドアケルの言葉にテッサロニケがそう横から言う。
「おいおい。俺が死んだらちょっとは悲しく思ってくれよ?」
「そうさね。1週間ぐらいは喪に服してあげるよ」
「うへえ」
どうやらオドアケルは奥さんの尻に敷かれているらしい。
テッサロニケが笑いながら言うのに、オドアケルは苦笑していた。
「オドアケルとテッサロニケはどこで知り合ったの?」
私はそんなふたりが気になってそう尋ねる。
「酒場だ。テッサロニケは給仕をしていてな。俺が一目惚れした」
「この人、最初は酔っ払っていて誰を口説いていたのかすら覚えてなかったのよ。酷くない?」
「それは言うなよ……」
笑うテッサロニケにオドアケルは気まずそうに後頭部を掻く。
「でも、聞けばロンディウスを救った傭兵隊の隊長だっていうし。それになかなかの美男じゃない。だから、酔っていたときのことは水に流して付き合ってあげたの」
軽くウィンクしてそう言うテッサロニケ。
それで本当は愛し合っているふたりなのだと私にも分かった。
それが私には羨ましく思った。
私とソフィアもこんな風になれないだろうかと……。
ソフィアと私は女性同士だが、私はソフィアのことを強く思っている。
だけれど、ソフィアはどうなのだろう?
ソフィアにとっては手のかかる弟子でしかないのかも。
踏み込むことでソフィアが離れてしまうのならば、今の距離で私は満足しておくべきなのかもしれない。
私は今よりソフィアから離れたくないんだ。
「オドアケルさん。戦争の話、もっと聞かせてくれませんか?」
「そんなものでよければいくらでも」
オドアケルはそれからダフネの求めで、先の西部反乱で起きた戦闘を語っていった。
彼は私と初めて遭遇したときの話もした。
「そう、リンクスとは戦場で出会った。もちろん敵同士でな。そのときはリンクスに懸賞金がかかっていたから、そいつを狙ったんだが見事に返り討ちだ。こいつ、滅茶苦茶強いだろう?」
「ええ。彼女は強い。とても……」
「だから、俺たちも味方にしようと誘ったんだが、そのときは断られてな。思えばどうしてあのとき俺たちの誘いを断ったんだ?」
そこでオドアケルが私に問う。
「……あれは私の無詠唱魔法のことを帝国中央に報告すると脅されていたから……」
私はそうぼそぼそとガイウス将軍に脅迫を受けていたことを彼らに語る。
……………………




