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要塞//西部反乱

……………………


 ──要塞//西部反乱



 私たちの向かった西部は、私たちが暮らしていた東部よりも豊かだった。


 私たちが最初に訪れた西部の街でそれを実感した。

 街の市場は広大で豊富な品がある。

 美味しそうなパンやチーズが多く並び、異国の品だろう見たこともないものもある。

 そして、それを求める大勢の人々は、決して貧しくは見えなかった。


 こんな場所で戦争が起きているのだろうかとそう疑問に思うほどに。


「西部は中央を切り捨てたがっている」


 戦場に赴く途中の宿で、ソフィアはそう言う。


「西部は国外との交易も盛んで富で満ちている。連中にとっては無意味な政争に明け暮れる中央はお荷物だ。そして、そんな中央へ収める税がなくなれば、西部の連中はさらに富むことができるというわけだ」


 だから西部は帝国から独立しようとしてるとソフィア。


 確かに東部を含めた帝国中央は貧しい。

 スラム街で育った私はそれを実感している。

 荒れたスラム街をスラム街として放置しなければならないほどに、帝国中央は貧していたし、政治的に機能不全を起こしていた。


 この豊かな西部はそんな中央から独立することを目指している。


「私たちの仕事はその独立運動を鎮圧することだ。独立派は西部連合を名乗り、帝国軍の鎮圧部隊に抵抗している。その潤沢な資金を生かして国内外問わない大量の傭兵と契約しているとの情報もある」


「私たちと同じ傭兵が相手ですか?」


「……他にも市民軍が組織されているとの情報もある。だが、それは気にするな。敵は敵だ。相手がこちらを殺しに来ているのならば──容赦なく殺せ。そうでなければお前が死ぬことになる」


 ソフィアはそうシンプルに告げる。


「今さら人殺しをするなとは言わない。傭兵はこれが仕事だ。だが、リンクス、これだけは覚えておけ。戦争でもだれかれ構わず殺していいわけじゃない。いらずらに殺すのは傭兵ではなく、ただの醜い殺人者だ」


「……はい」


 私は長いスラム生活のあとで人の死に鈍感になっているところがあった。

 スラムでは死体が転がっているのは珍しくなかったし、私も死体からその遺品を盗んだことは何度もある。


 だが、自分に人が殺せるのかどうかは、また別の問題だろう。

 私はそれだけが疑問だった。


「……覚悟はできたか、リンクス?」


「はい、師匠」


 どこまでも静かに、やはり心配するようにソフィアが尋ねるのに私は頷いた。


 私はこの人の役に立ちたい。

 どんな形でもいいので恩を返したい。

 私に希望を与えてくれた人に報いたい。


 戦場に向かう私はその一心だった。



 * * * *



 戦場までは馬車で向かった。


 戦場に近づくごとに豊かだった街並みが徐々に荒んでいく。

 市場は小さくなり、商品は少なくなり、人も減っている。

 村も焼け落ちた家屋がいくつも並ぶものが増えてきた。


「……略奪が行われているんだ」


 ソフィアは忌々しげにそう言った。


「傭兵も正規軍も現地調達だと言って、関係のない市民から奪う。奪うだけならばまだいい方だ。ときに犯し、無意味に殺しさえする」


 そういうソフィアの瞳は怒りよりも諦めのそれが浮かんでいた。

 傭兵として彼女は何度そんな光景を見たのだろうか?

 義憤に怒りを燃やすことすらもなくなるほどだったのは間違いない。

 彼女はそういう行為を嫌う人だと私は知ってる。


「これが戦争だとしてもやりきれん……」


 ソフィアは短くそう言い、前線に向かう馬車の中で街や村の方を見ないようにした。


 それから私たちは前線近くに設置された帝国軍の陣営に到着した。

 帝国軍の陣営には木で作られた高い柵が張り巡らされ、無数の天幕が張られていた。

 入り口には鎧をまとった歩哨がふたり立ち、帝国軍の軍旗である黒いドラゴンの軍旗が掲げられている。

 そんな陣営は……とても巨大なものだった。


「止まれ! 誰か!」


 私たちがそんな陣営に近づくのに歩哨が私たちを止めて誰何を行う。


「傭兵だ。司令官に魔法使いのソフィアだと言えば通じる」


 ソフィアはそう言い、歩哨のひとりが伝令に走るのを待つ。

 歩哨は走っていき、すぐに急いだ様子で戻ってきた。


「確認した。司令官閣下がお待ちだ」


「ああ」


 それから私たちは通行が許可され、陣営の中に。

 戦場に近いこの場所で兵士たちが生活するいくつもの天幕の中を進むと、そこには即席ながら鎧や剣を修理する鍛冶場まであることに驚いた。

 本当にひとつの街がここに出現したみたいだ。


 そして、私たちはその中心部にある天幕に到達。

 ここが帝国軍の司令部に違いない。

 やはり屈強な兵士が天幕を守っており、私たちはじろりと見られたが、今度は止められることはなかった。


「失礼する」


 ソフィアはそう言って天幕に入り、私も続いた。


「来たか、魔法使いソフィア」


 司令部には司令官であることを示してるのだろう金糸で彩られた黒い軍服姿の人物と他に数名の軍人がいた。

 司令官はブロンドの髪を騎士のように伸ばしており、髭もぼうぼうに伸ばしている。

 彼は碧い瞳で魔法使いのローブを纏った私たちを値踏みするように見てきた。


「しかし、子連れとは聞いてなかったが」


「弟子だ。立派な戦力でもある」


 司令官が告げるのにソフィアはそう返す。


「では、そのガキにも報酬を払えと?」


「ああ。この子の分の報酬も貰う」


「ふん。役に立てばな」


 司令官は不満げに鼻を鳴らす。


「早速だが仕事だ、傭兵。我々は現在、敵の要塞を前に足止めを食らっている」


 そう言って司令官は簡単に描かれた地図を広げる。

 地図にはこの陣営の位置と、問題の要塞の位置が記されていた。

 要塞はここから北西にあると。


「強固な要塞で我々の頭痛の種だ。だが、魔法使いにしてみればそれも大したことのない障害だろう」


 司令官の言葉には嘲りと──僅かな恐怖の色が見える。

 魔法使いは危険だとソフィアは前に言っていたが、私は魔法を学んだ今でも自分が危険だとは思えなかった。


「では、依頼は要塞の破壊か? 他に動員される戦力は?」


「いない。皇帝陛下の名においてお前たちに命じる。要塞を無力化せよ」


 そうして随分とあっさりと私たちはとんでもない仕事に放り出された。



 * * * *



 私とソフィアは随分とやせ衰えた1頭の馬が引く馬車で問題の要塞付近に向かった。

 ソフィアはいつものように肩に使い魔であるワタリガラスを従えたまま馬車の手綱を握り、私は荷台で迫りくる戦争に覚悟を決めていた。


「あれだな」


 やがて問題の要塞が見えてきた。

 要塞は街道が走る平地を見下ろす丘に上に建てられている。

 確かにあれが健在では整備された街道を進んで進軍することはできない。


「あれを叩け、か。司令官のやつも簡単に言ってくれる」


 要塞は堅牢そうに見えた。

 石造りの建物であり、城壁にはこれまでの戦闘で生じただろう損傷箇所が見えたが、突破できそうな守りの穴は見つからない。


「まずは偵察する。リンクス、お前は周辺を警戒しておけ」


「はい、師匠」


 ソフィアは上空にワタリガラスを放ち、ワタリガラスはその視覚をソフィアと共有することによって地上の様子を伝える。


「ほう。城壁の中に街がある。どうりでこれまで帝国軍を退けていたわけだ」


 長い包囲戦にも耐えられるように自給自足の体制が作られているとソフィア。

 城壁の中には畑まであって、食料が供給され続けているというのだ。


「正面突破は芸がないが、搦め手が使えそうな余裕もなさそうだな……」


 守りは堅牢そのものだとやはりソフィアも言う。

 いくつものバリスタが据えられ、投石機まであると。


「しかし、魔法使いは見当たらない」


 守りの穴がひとつだけ。

 それは要塞に魔法使いがいないということ。


「……やるしかないな。リンクス、いよいよ実戦だ」


 ソフィアがそう言い、私は静かに頷いた。


……………………

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