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戦場にて

……………………


 ──戦場にて



 私の上空を一羽のワタリガラスが飛んでいく。

 自由には羽ばたくワタリガラスが睥睨するのは戦場。


 剣を持ち、盾を持ち、弓矢を持った歩兵が激突する戦場だ。

 鉄が鉄を打つ甲高い音と肉の裂ける鈍い音、そして男たちの喚く声が入り乱れた混沌とした場所である。


「押せえ! 敵は劣勢だ!」


 馬上から甲冑を纏った司令官が雄たけびのように命令を発し、人の波がざざざっと音を立てて大きく波打つ。

 ずっと膠着していた戦況がその雄たけびで変化したかのように、一斉に赤い軍服の兵士たちが黒い軍服を纏った側を押し始めた。


「帝国の連中を追い払え!」


「失せろ、帝国野郎ども!」


 赤い軍服の兵士たち──統一帝国からの独立を求める西部連合の市民軍と傭兵は罵詈雑言を吐きながら、黒い軍服の帝国軍歩兵を押す。

 傭兵で構成される脆弱な帝国軍の両翼が瓦解を始め、さらには西部連合の雇った傭兵団の騎兵が帝国軍騎兵を蹴散らし、じりじりと後退する帝国軍の後方に迫る。


 その様子を私は丘の上から見ていた。


「師匠。このままじゃ帝国軍、やられますよ」


 私は背後を振り返ってそういう。


 さて、私の名はリンクス。

 自慢である白銀の艶やかな髪を背に伸ばし、半眼の目にガーネットのように深くきらめく赤色の瞳を有する12歳の少女。

 完全に自画自賛だが見事なまでの美少女だ。

 しかし、この血なまぐさい戦場のそばにあっては酷く場違い感がある。


 だが、私の纏っているものを見ればその意見も変わるかもしれない。

 それは金糸によって五芒星が縫い込まれた紫のローブ。

 私が魔法使いであることを示すローブだ。


 私は魔法使いであり、帝国軍に雇われた歴とした傭兵なのである。


 傭兵──ただ食い扶持のために人殺しを生業とするろくでなし。

 それが今の私だ。


「……ああ。分かっているよ」


 それに応じるのは三十路ほどの女性。

 聞いたことがないので実際に何歳かは知らないけれど、30代より上でもないし、下でもないだろう。

 私とは対照的な黒髪を短いポニーテイルにし、少し垂れ下がった目尻の眼には常に憂鬱そうな濃緑色の瞳が鈍く光る。

 女性にしては背が高く180センチはある長身の身体に私とおそろいのローブを纏った女性は杖を突きながら私の隣に立つ。


 彼女の名はソフィア。私の師匠であり、育ての親だ。


「……どうも妙だ。帝国側の魔法使いが動いていない」


「そうですね。沈黙したままです」


「対魔法攻撃を恐れているのか……」


 重装・軽装の歩兵からなる戦列のやや後方にあって、帝国軍に所属する魔法使いたちは攻撃を放っていない。


 魔法使いは同じ魔法使いを恐れる。

 戦場で魔法使いを殺せるのは、同じ魔法使いだけだから。

 そして兵士たちは全員が魔法使いを恐れる。


「いい稼ぎ時かもしれない」


 こんな状況を見てソフィアが僅かに笑った。


「リンクス。敵の魔法使いを叩く。やれるか?」


「ええ」


 ソフィアが言うのに私はすでに使い魔の視野から見えている西部連合の魔法使いたちの陣地の方を確認。

 西部連合は魔法陣をすでに展開している。相手が詠唱や魔法陣を展開し始めたら、その位置に向けてすぐに攻撃を叩き込むつもりだろう。


 そう、魔法には人によって必要なものがあった。

 詠唱は必ず必要で、あるものは加えて詠唱が、あるものは魔導書が必要になる。

 それが魔法使いにとっての制約だ。


 そして、私には──。


「やるぞ、リンクス」


 ソフィアが短く、そしてシンプルな命令を下し、私は従う。

 いつものように。


「はい」


 私は浮遊魔法で一気に空に飛びあがる。

 呼吸できるぎりぎりの高度を保ち、その高度から西部連合軍の隊列後方の魔法使いたちの陣地に向かう。

 人よりも速く、軍馬よりも速く、鳥よりも速く。

 私は空を駆けていく。


「帝国の魔法使いだ!」


「撃ち落とせ!」


 地上から矢や投石が飛んでくるが、私はそれらを魔力の膜で作った魔力装甲で防ぐ。

 私の周囲には青緑色のシールドが薄っすらと浮かんでおり、それが私を守っている。

 これを前にしては攻城用のバリスタでも持ち込まない限り、意味はない。


「何が……!?」


 先ほどまで威勢よく部隊を指揮していた司令官の上空も飛び去る。

 流石に司令官も呆気にとられているご様子で唖然と口を開けた姿を見た。

 そして、私は後方の魔法使いたちの陣地の前方に到達。


「あれは……!?」


「敵の魔法使い!」


 陣地にいる魔法使いたちが私を警戒して一斉に杖を向ける。


『偉大なる精霊たちよ! 我らが正義の名において、我らにあだ名すものを討て!』


 それから西部連合の魔法使いたちによる詠唱が行われて、魔力で形成された矢が私の方にいくつも向かってくる。


 魔法の矢はいつ見ても綺麗だ。

 きらきらとチェレンコフ光のように青白く輝きながら煌めきによる弾道を描き、私の方に向かってくる。

 私の結界にその矢が命中すると青緑色の結界に僅かに波紋が生じた。

 まだ大丈夫だ。この程度ならば気にするものでもない。

 高威力の魔法ほど詠唱は長く必要になるのが常で、さっきみたいな短い詠唱では発動できる魔法の威力も低い。


 私は放たれてくる矢を受け止めながら、狙いを定める。

 師匠であるソフィアはいつも言っていた。

 いつも必要以上の犠牲を出すなと。傭兵であってもいたずらに殺すなと。


 だから、必要なだけ殺す。

 敵の魔法使いだけを殺す。


「えい」


 杖を向けて、掛け声程度の合図を発す。

 そんな詠唱と呼べないものが私の口から発されたとき──西部連合の魔法使いたちが吹き飛んだ。


 それはまさに爆轟。

 真っ赤な炎が爆心地に瞬いたと同時に衝撃波が走り、灰色の煙が空高く立ち上る。

 そして、そこにあったもの全ては薙ぎ払われた。

 魔法使いたちはばらばらに吹き飛んだ。跡形もなく。


『西部連合、魔法使い部隊壊滅を確認』


 上空に飛ばしている使い魔で西部連合を監視していたソフィアが、そう呟くように言うのが念話から聞こえた。


 それからすぐに帝国軍の魔法使いが長い詠唱を始め、攻撃を開始。

 西部連合の歩兵に向けて魔法の矢が降り注ぎ、まともにそれを食らった歩兵たちが次々に貫かれて死んでいく。

 魔力の矢は通常の矢よりも強力だ。

 大口径ライフル弾を食らうようなものであり、人体が著しく欠損する。

 人をばらばらにし、斬り刻み、押しつぶす。

 それが私の知っている魔法。


 そんな攻撃を始めた帝国軍の魔法使いは僅かに6名だったが戦局をひっくり返すには十分だった。

 魔法の矢に加えて地面の土が投石機のように勢いよく放り込まれ、優勢だった西部連合が崩れる。


「押し返せえ!」


「帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」


 敵が浮足立つのに帝国軍歩兵が雄たけびを上げながら勢いよく反撃する。

 西部連合は敗走を始め、騎兵が援護する中で砦に逃げ込んでいった。


 私は上空でそれを確認してから、ソフィアの下に戻った。


「見事だ、リンクス。よくやった」


 ソフィアは戻ってきた私の頭を優しく撫でてそう言う。

 ソフィアの手は温かく、私はこうされるのは嫌いじゃなかった。


「雇い主も満足するだろう。褒美もたんまりだ。さあ、帰ろう」


「はい、師匠」


 魔法使いに転生した私は特別だった。

 それは詠唱も、魔法陣も、魔導書もなく奇跡の力である魔法を操れるということ。

 魔法使いに課せられるべき制約を一切受けていないということ。


 だから、今の私は正真正銘の──『危険因子(イレギュラー)』であった。



 そして物語は12年前にさかのぼる。



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