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英雄王討伐とデートの真意

深層はジャッジメントへの耐性を持つ敵も現れるため、俺はここで引き返すべきだと判断した。

「ここまでで十分な成果です。これ以上は危険なので帰還しましょう」

しかし、エリスが珍しく強く主張した。

「待ってください。どうしても、深層第一階層だけでも行きたいのです」

「何かあるのですか?」

「昔、城の図書室にある古書で読んだのです。深層第一階層に、隠し部屋があると」

エリスに導かれて、俺たちは入り組んだ迷宮を進んだ。

彼女の足取りには迷いがなく、まるで何度も通った道であるかのように先導していく。

やがて、行き止まりに見えた壁の前でエリスが立ち止まり、隠されたスイッチを押すと、轟音と共に壁が競り上がった。

現れた隠し部屋には、禍々しい空気が充満していた。

部屋の中央に、鋼のような黒い筋肉に包まれた巨人が立っている。

人の形をしてはいるが、その肌は濡れたコールタールのように黒く、筋肉の繊維一本一本が鋼鉄のように波打っていた。

「伝説の英雄王、サルコフです」

エリスが静かに告げる。

「英雄王サルコフ……? 王家の歴史教育で聞いたことがあるが、どうみてもただのモンスターだぞ……?」

アランが剣を構えながら、忌々し気に吐き捨てた。

「サルコフは魔神とも互角に戦ったと言われる英雄ですが、不老不死を求めて様々な邪法を試み、あのような人外の存在に成り果てたと、王家の禁書庫にあった古い歴史書に記されていました。表向きの歴史からは消されているのです」

重々しい足音を響かせて、サルコフがこちらに近づいてくる。

圧倒的な質量の暴力。

アストレア戦記でも見たことがなかったモンスターに、俺は本能的な恐怖を抱いた。

「その伝説の英雄王に、ジャッジメントは効くでしょうか?」

「書物の内容が事実なら、効きません。サルコフは状態異常や即死の魔法をはねのけて、純粋な力と属性魔法による攻撃だけが通じたとされています」

「では、勝算はあるのですか?」

「はい。これも書物の内容が事実ならですが……サルコフは王の資格を持つ王族を攻撃することはありませんでした。自我を失っても、王族の血を絶やさないという本能は残っているようです。当時の王太子が先頭に立ってサルコフと戦い、多くの犠牲を出しながら、どうにかこの王家の墓に押し込めたとか」

全員の視線がアランに向けられる。

「なるほど、あの怪物を倒せるか否かは、この俺にかかっているということか」

「仰る通りです、殿下。この戦いでは、常に私の前に立ち、私を守ってください」

「何だそれは。俺に貴様の盾になれというのか!?」

「はい。あの怪物に勝つには、それしかありません。私は他の方々が攻撃対象にならないよう、全力で英雄王の攻撃を誘います。サルコフが私に攻撃をしようとした瞬間に殿下が私とサルコフの間に立てば、奴は攻撃を止めざるを得ない。それを繰り返している間に、姉上とカティア殿にサルコフを削り倒してもらうのです」

「王太子たるこの俺に、そのような下働きをしろと……!!」

アランが憤慨するが、俺は譲らなかった。

「申し訳ございません、殿下。私にはこれしか、誰も死なずに勝つ方法が思い浮かばないのです」

話している間にも、サルコフが動いた。

巨体が驚くべき跳躍力で宙を舞い、俺のすぐ後ろに着地する。

丸太のような腕が、俺を薙ぎ払おうと振るわれた。

「くそっ!」

叫び声と共に、アランが俺の前に飛び込んできた。

黒い腕が、アランの鼻先数センチのところでピタリと止まる。

風圧だけで吹き飛ばされそうな威力だったが、サルコフの動きは完全に静止していた。

「お兄様……ありがとうございます!」

エリスがすかさず祈りを行使する。

「今よ! ルミナス・レイ!」

「はっ!」

好機と見たセレスティアが光魔法を放ち、カティアが斬撃を見舞う。

サルコフの黒い肉体が焼かれ、切り裂かれる。

そこからは、機械的な戦闘の組み立てで、どうにかなった。

一撃でも当たれば致命傷であろう攻撃も、俺が囮になって引きつけ、アランが射線に割って入ることで、動きが止まる。

時折煩わしそうに、サルコフはセレスティアやカティアに向かって腕を振るったが、その都度体勢を崩して攻撃は外れていた。

エリスの祈りの効果で、数十パーセントの命中率低下の補正がかかっていることが見て取れた。

戦闘は長時間に及んだが、全員が役割をこなし、ついにセレスティアの放った極大の光魔法がサルコフの胸を貫いた。

どうと音を立てて、巨体が地に伏す。


「やったか……!」

アランが荒い息を吐きながら声を上げる。

化け物となった英雄王は、ピクリとも動かず、間違いなく事切れていた。

「……数百年前の王国が、全軍をもってしても閉じ込めることしかできなかった英雄王……王家のタブーを、アラン様の代で討ち取ったことになるわね。見事だわ」

「ふふ、任せろ。これで俺は歴史に名を残すことが決まった。これからも数々の戦功を打ち立て、英雄王を超える王になる。だが、セレスティア、お前の働きも見事だったぞ」

「アラン様ってば……」

セレスティアがにこりと笑う。

ようやく、二人の心が通い合ったか。

そう思ったのも束の間だった。

「何を言っているのです? 歴史に名を残すのはアラン様ではなくレオンです。レオンの敵を引き付ける立ち回りと、戦術の組み立てで、今回の討伐は為されたのです。私の弟が天才すぎるのです」

「俺がいなければ、その戦術は成立しなかった! レオンも言っていたことだ!! そもそも、この深層に辿り着けたのはエリスの祈りの力があったからだ!! 俺たち王族の力が偉大だったのだ!!」

一瞬いい雰囲気になりかけたのに、またアランとセレスティアが険悪な雰囲気になってしまった。

俺はがっくりと肩を落とし、エリスの元へ戻った。

「うまくいくかと思ったのですが……残念でしたね、エリス様。せっかく王太子殿下に同行していただいたのに」

しかし、エリスは満足げに微笑んでいた。

「いえ、目標は全て果たすことができましたよ」

「しかし、あの様子では元の鞘にはとても……」

「お兄様に来ていただいたのは、サルコフ討伐のためですから」

エリスが指さした先には、動かなくなったサルコフの巨体があった。

「言ったでしょう、レオン様も楽しめる場所に行きたいと。あの肉と骨は、お役に立ちそうですか?」

俺は目を見開き、そして脱力して笑った。

このデートの真の目的。

それは、俺の死霊術のための最高級の素材集めだったのか。

「エリス様、あなたという人は……」

「これは私たちのデートなんですから。私たちが楽しく過ごせることを一番に考えています。私はとても楽しかったのですが……」

不安げな表情を見せるエリスの手を、俺はそっと、だが力強く握りしめた。

「私もとても楽しかったです。英雄王の肉体、ありがたく使わせていただきます。どんな時もエリス様を守れる、最高のフレッシュゴーレムを作り上げます」


王家の墓を出ると、夕日が沈むところだった。

一日で深層第一階層まで潜って帰還したのは、世間的には大きな成果だ。

エリスの『祈り』のスキルは、もう何回かこのダンジョンを周回することで、戦場で目を見張る活躍ができるレベルになるだろう。

充実感に浸りながら、解散の準備をしていると、不意に背後から声をかけられた。

「……レオン殿」

振り返ると、カティアが立っていた。

いつも厳しく俺を睨みつけていた碧眼が、今は夕日のせいか、どこか潤んで揺れているように見えた。

「カティア殿、今日はありがとう。ひょっとして、俺の指揮に何か不備が?」

身構える俺に、カティアは強く首を横に振った。

「違います。私は……謝罪と、感謝を伝えたかったのです」

カティアは一歩、俺に近づいた。

生理的な嫌悪感からか、いつもなら俺が近づくだけで剣の柄に手をかけていた彼女が、自ら距離を詰めてきたのだ。

「私はあなたのことを、醜悪で汚らわしい死霊術師だと、軽蔑していました。エリス様の婚約者としてふさわしくないと、本気で思っていました」

「まあ、それは事実なので……」

「いいえ、あなたはどんな時も冷静に敵を打ち払い、エリス様を救ってくださった。私はあなたに、心から敬意を表します」

「エリス様は俺の婚約者だから、当然のことをしたまでだ。気にしないでくれ」

「婚約者……そう、そのことで、一つ質問が……」

「なんでしょう?」

「王太子殿下とセレスティア様が婚約者の仲に戻られたら、エリス様とレオン殿は婚約解消となると聞いたのだが……それは本当か?」

その問いに、俺は頷いた。

「エリス様から聞いたのか? その予定だ。王家が一つの家と関係を深めすぎるのは、周囲も許さないだろうしな」

「そうか……」

カティアは俺の言葉を噛みしめるように呟くと、ふわりと表情を緩めた。

「それは……何よりです。本当によかった」

「関係者の皆に、いつまでも迷惑をかけるつもりは無いが……カティア殿にはしばらく、王家の墓に付き合ってもらうことになる。そこは申し訳ない」

「あ、いや! 迷惑とか、そういう話ではないんだ。また墓に潜ることになったら連絡をくれ! ……その、待っているから! では、失礼する!」

カティアはハッとしたように口元を押さえると、慌てて背を向け、その場を去っていった。

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