王家の墓と祈りの真価
数日後、俺たちは王家の墓と呼ばれるダンジョンの入り口に立っていた。
集まったのは俺とエリス、そして王太子アラン、姉のセレスティア、護衛騎士のカティアだ。
冷たい風が吹き抜ける荒野に、地下へと続く巨大な石造りの門が口を開けている。
俺はエリスの『祈り』というスキルについて、改めて考えを巡らせていた。
スキルレベルの上限や、効果範囲がどれほどかは不明だが、命中率補正の効果によっては十分に戦局を左右する存在になる。
アストレア戦記におけるスキルレベルアップは、繰り返し使用することで習熟するか、レベルアップの際に他のステータス上昇と同様に運が良ければ上がるかだ。
短期間で成果を上げるには、レベルアップをするしかない。
王家の墓はごく深い階層まで存在するダンジョンで、今の俺たちの実力では攻略は不可能だが、出現する魔物にアンデッドが多く、俺の死霊術と相性がいい。
アンデッドに対して俺が死霊術を行使して無抵抗の状態にし、王家所有の聖属性武器を装備したエリスに倒させることで、エリスのレベルアップを図る作戦だ。
会敵とともにエリスが祈りを発動し、俺がアンデッドモンスターを支配して、アンデッド以外のモンスターはカティアとセレスティアとアランで対応する。
いずれも最終的にはエリスがとどめを刺すという流れを決めて、ダンジョンに潜ることにした。
俺は同行してくれた三人に向き直り、深く頭を下げた。
「王太子殿下、姉上、カティア殿、ご迷惑をおかけし申し訳ございません。ご協力いただき、心より感謝いたします」
俺の言葉に、アランが顔をしかめつつも応じた。
「ふん、相変わらず不快な男だ。皮肉のつもりか。エリスが自己犠牲の精神を発揮するのを止めたと聞いたぞ。礼を言うのはこちらだろう」
「王太子殿下……」
セレスティアも俺の背中をバシッと叩く。
「私も聞いたわよ。いい子じゃないの。弟の婚約者の危機なんだから、全力を尽くさないと姉の名が廃るってものよ。任せなさい!」
「姉上……」
チュートリアル戦闘で撃破される悪役令嬢という存在だった姉の、変わらぬ優しさが心に染みて、視界が滲みそうになる。
カティアも気まずそうに頭を下げた。
「私は教会側の人間で、あなたのことは正直好きになれないが、王女殿下のために動いてくれたことは感謝している。今日は力の限り戦うつもりだ。ただ……教会に嘘の報告はできない。それはわかってくれ」
「噓の報告をしないのなら十分だ。今日起こることをそのまま、報告してくれ」
俺たちはダンジョンに潜った。
薄暗い石造りの通路は湿っぽく、カビと土の臭いが混ざり合っている。
あらかじめ取り決めた通りに敵を倒しながら、数階層進んだところで、俺はあることに気が付いた。
死霊術を行使してアンデッドモンスターを支配下に置く際の負担が、明らかに軽いのだ。
敵の抵抗のようなものを感じなくなっていた。
「エリス様、つかぬことをお聞きしますが、ひょっとしてエリス様は、『祈り』以外のスキルや魔法は一切取得していないのですか? 以前私に、王家の保有するスキルや魔法の話をしたことがありましたが……」
俺の問いに、エリスの代わりにアランが答えた。
「エリスはスキルストーンや魔法書による伝授を断ってきたんだ。綺麗な石や美しい装丁の書物が消えるのがもったいないと言ってな」
「ちゃんと部屋にとってあります。魔力が多いだけの私が使うよりも、ずっと役立ててくれる方がいらっしゃるはずですから」
エリスが恥ずかしそうに付け加える。
「兄の私が才能に溢れ過ぎて、エリスは遠慮してしまっているんだ。困ったものだ」
「なるほど……」
レベルアップの際のスキルレベル上昇は、保有スキルや習得魔法が多いほど、対象が分散される。
もしエリスが『祈り』のスキル一つしか保有していないのであれば、これまでのレベルアップでのスキルレベル上昇が全て『祈り』に集中し、想定以上の熟練度になっている可能性があった。
「エリス様、あなたの謙虚さは、ここで報われるかもしれません」
その後も敵を討伐しながらしばらく進むと、前方の広い石室に巨大な影が現れた。
三つの首を持つ黒い犬の魔物。
浅層の中ボスモンスターである墓守の番犬、バロウ・ケルベロスだ。
凶暴な唸り声を上げ、こちらを威嚇してくる。
「エリス様、祈りをかけてください。その後はカティア殿、ジャッジメントを頼む!」
俺の指示に、カティアが目を見開く。
「ジャッジメントだと!? しかしあの魔法は……」
神罰――ジャッジメントは、聖属性即死魔法だ。
その成功率は熟練の神官戦士でも三十パーセント、カティアのような若手なら五パーセントといったところだろう。
だが、ゲームにおいては、命中率補正の効果で成功率が上昇することが知られていた。
「わかってる。今回は、エリス様を信じてくれ。姉上と王太子殿下は、エリス様を守ることに集中して、手を出さないように!」
カティアが半信半疑のまま剣を掲げ、呪文を唱え始める。
エリスが静かに両手を組み、祈りを捧げた。
バロウ・ケルベロスが猛然と襲い掛かってくる。
俺は前に出て、肉の鎧を展開してその牙を受け止めた。
「ぐぅっ……!」
肉が食いちぎられる衝撃があるが、一歩も引かない。
二回三回と身にまとう肉の鎧が食いちぎられるその間に、カティアの詠唱が完了した。
「神罰!」
眩い閃光が石室を白く染め上げる。
だが、光が収まっても、バロウ・ケルベロスは倒れていなかった。
「失敗だ!」
「もう一度頼む!!」
俺は叫んだ。
二度目の攻撃を受け、肉の鎧がさらに大きく削り取られる。
生身に届きそうな衝撃に耐えながら、俺はカティアの詠唱完了を待つ。
再度、閃光が走った。
次の瞬間、バロウ・ケルベロスは糸が切れたように崩れ落ち、盛大な音を立てて絶命した。
「やったのか……?」
アランが呆然と呟く。
「ああ、成功だ。カティア殿、普段ジャッジメントはどれくらい成功する?」
「滅多に成功しない呪文だから、神官戦士は覚えても使うことはないし……おそらくは習得した年に試した時と変わらないと思う。十回に一回程度だろう」
「それが、エリス様の祈りで、戦場の神官戦士たち全員が二回に一回は成功するようになったら?」
「とんでもないことだが、そんなことがあり得るのか?」
「まだ試行回数が少ないから何とも言えないけどな。今日これからのことを、ちゃんと教会に報告してくれ」
俺たちはさらにダンジョンを潜り、中層へと進んだ。
カティアのジャッジメントを攻撃の中心に据え、エリスの祈りによる命中率補正の効果を確認していく。
結果は驚くべきものだった。
数十メートル離れていても祈りの効果は発揮され、ジャッジメントは二回に一回以上の高確率で成功したのだ。
「今の段階で五十パーセント以上の上昇効果か……これは、本当にすごいことになりそうだ」
敵の攻撃に対する命中率低下も、顕著だった。
ゲームと同様に味方の命中率上昇と同じ程度の補正がかかっているなら、エリスの立つ戦場で人が死ぬことはなくなるかもしれない。
数えきれないモンスターを即死させて、一行は難なく中層を踏破した。
「こんなにあっさりと、深層に辿り着けるとは……悔しいが見事な采配だ」
「驚きね。高難易度ダンジョンという伝承なのに。私の弟は、実は戦の天才なのかしら? 鼻が高いわね」
アランとセレスティアに褒められて、俺は慌てて首を横に振った。
「今日の成果は全てエリス様の力によるものです。『祈り』は運を良くするだけとは言いますが、極めれば味方の全ての攻撃が当たり、敵の全ての攻撃が外れるようになります。特にエリス様の力は底が見えません。戦場に立てば、間違いなく戦女神と呼ばれる存在になるでしょう」
「そ、そんな……」
俺の言葉に、エリスが頬を赤らめて俯く。
俺は彼女の手を取り、真剣な思いで伝えた。
「エリス様、自信を持ってください。あなたは今のままで、人類を救う力があるのです。聖霊の巫女になんてならなくてもいい。一緒にまた美味しい料理を食べましょう」
「ありがとうございます、レオン様」
エリスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「兄である俺の前で王女のエリスを口説くとは、つくづく不快で無礼な男だな、貴様は」
「アラン様、私の弟の邪魔をしないでください。レオン、行くのよ! 抱きしめるのよ!!」
アランの横やりと、セレスティアの応援に、苦笑いしてしまう。
「姉上、そんなに見られると、俺もエリス様も恥ずかしいので……」
「あら、そう? じゃあ今度いい雰囲気になったら、私がアラン様とカティアをうまい具合に連れて離れるようにするわね」
そうはいくものかと、アランもカティアも俺への警戒心を露にする。
応援は本当にありがたいのだが、かえってエリスとの仲を深める機会を設ける難易度は上がっているようだった。




