奪われる五感と聖霊の巫女
冬の陽射しが柔らかく差し込む学園の中庭に面したテラスで、俺とエリスは向かい合って昼食をとっていた。
白いクロスがかけられたテーブルには、香ばしいパンと温かいスープ、香草の香りが立ち上る肉料理が並んでいる。
エリスは淡い水色のドレスに身を包み、長い黒髪をゆるく編み込んで肩に垂らしていた。
深紅の瞳は相変わらず虚ろな光を宿していたが、その表情は穏やかで、どこか楽しげだった。
「デートは、折角なのでレオン様が楽しめる場所に行きたいです。レオン様が今一番興味のある事柄はなんでしょう?」
俺は少し考え、正直に答えることにした。
「最近は、フレッシュゴーレムの作成に熱中しています。肉や骨から作り出すゴーレムなのですが、材料や作り方によってはグールやスケルトンよりも光属性や聖属性への耐性が高くなるとわかってきました」
「それは素晴らしいですね。強力な回復魔法の光を浴びても大丈夫なのですか?」
「はい。しかも、ゴーレムを自分の体にまとわりつかせるように展開することで、肉の鎧になるのです。少し生臭いかもしれませんが……」
「では、材料となる肉片を得られるようなデートスポットがいいですね。そうなると、前線かダンジョンでしょうか」
エリスは変わらぬ笑顔で話してくれる。
だが、その背後に控える護衛騎士たちの視線は冷たかった。
特に、俺を睨みつけているのが、女神官戦士のカティアだ。
白地に金の刺繍が入った聖職者の法衣をまとい、その下には磨き抜かれた銀の胸当てを着用している。
切りそろえられた金髪と、意志の強そうな碧眼が印象的な騎士だった。
「おい、貴様、王女殿下との食事中に汚らしい死霊術の話などするな!」
ついに我慢の限界を迎えたのか、カティアが俺に詰め寄ってきた。
「場にふさわしい話をしろ! 王女殿下は笑ってくださるが、少しは気を遣え!」
「いいのよ、カティア。私は心から楽しんでいるわ」
「よくありません! 他の貴族の令嬢たちは、お昼時には華やかな話題を楽しんでいるのに、エリス様は肉だの骨だのという話に付き合わなければならないなんて……不憫すぎます!」
「カティア、落ち着け!」
慌てて同僚の護衛騎士たちが、カティアを羽交い絞めにする。
「すみません、レオン様。カティアは私が幼い頃から護衛騎士を務めてくれていて、いつもああやって心配してくれるのです」
「エリス様のことを、妹のように大切に想っていることが伝わってきました。よい護衛騎士ですね。ところで、エリス様。今回の婚約について、周囲の方々はどのように言っていましたか? カティア殿の反応を見るに、相当な反発があったのではないですか?」
「国王陛下も王妃陛下も、喜んでくださいました」
「それならいいのですが……。私に気を遣ってくださらなくてもいいのですよ?」
「気を遣ってなどいませんよ。特に国王陛下は、レオン様の決闘演習場での戦いぶりを聞いて、乗り気なご様子でした」
「国王陛下が、ですか……?」
俺は首を傾げた。
確かにもう少しで勝利というところではあったが、あの戦いにそこまで見るものがあっただろうか。
「調子に乗るな! あの戦い、私は認めていない! 負けは負けだ!!」
「お前、もう黙れ!!」
更に俺に詰め寄ろうとするカティアを、ほかの護衛騎士全員で取り押さえる。
その時だった。
護衛騎士たちの気がそれた一瞬の隙を突いて、テラスの影から複数の黒い人影が飛び出した。
暗殺者だ。
彼らは音もなく距離を詰め、短剣を構える。
だが、その切っ先が向かったのはエリスではなかった。
先頭の暗殺者が、俺の顔を見て大きく目を見開いたのだ。
予想外の醜悪さが引き起こす生理的な拒絶反応。
それが、プロの暗殺者としての冷徹な判断を一瞬狂わせたらしい。
「うわっ、なんだこの顔は!」
暗殺者は反射的に、俺に向けて短剣を突き出した。
「ぐっ!」
鋭い痛みが走る。
だが、致命傷にはならなかった。
俺の体にまとわりついた赤黒い肉塊が、刃を受け止めていたからだ。
「曲者だ! 出会え!」
護衛騎士たちが即座に反応し、暗殺者たちを取り押さえる。
騒然とする中、俺はエリスに向き直った。
「エリス様、ご無事ですか」
「レオン様! 私の代わりに傷を!」
「大した怪我ではありません。これを見てください」
俺は身にまとったフレッシュゴーレムの肉の鎧を披露した。
衣服の下でうごめく肉塊を見て、周囲の騎士たちが顔をしかめる。
「毒物の検査を! すぐに解毒と毒物の専門家の魔法使いを呼んで!」
エリスの悲痛な声に応え、すぐに専門家が到着した。
調べによると、暗殺者のナイフには聴覚を奪う神経毒が塗られていた。
だが、肉の鎧が毒のほとんどを吸収していたため、俺の体への影響は軽微だった。
「エリス様は、こうやって襲撃されることがよくあるのですか?」
治療を受けながら俺は尋ねた。
「私が知る限りではこれで四回目です。私はスキルが弱く、王族といえど重要な立場ではないので、これまで狙われることはなかったのですが、ここ最近増えていますね」
「……失礼ながら、エリス様のスキルをお聞きしてもよいですか?」
「私のスキルは『祈り』です。周囲の皆様の運が少し良くなるそうなのですが、それだけなので、戦場ではお役に立てずにいます」
俺はその言葉に息を飲んだ。
『祈り』は味方の命中率を上げ、敵の命中率を下げるスキルで、スキルレベルの上限が高いキャラクターなら、熟達すれば数十パーセントの補正がかかる。
シミュレーションRPGにおいては、味方の命中率九十パーセントの攻撃が外れて、敵の命中率十パーセントの攻撃が当たり、悔しい思いをしたことが誰しもあるだろう。
命中率の補正は味方の命中率を百パーセントにし、敵の命中率をゼロパーセントにすることも可能で、戦闘を確実なものにする強力なスキルだった。
「素晴らしいスキルかと思いますが……」
「ありがとうございます。そう言ってくださったのは、レオン様が初めてです」
エリスは嬉しそうに微笑んだ。
「ひょっとして、エリス様の視力を奪ったのも、毒だったのですか?」
「はい。数か月前に襲われて、このような状態になりました」
「これまでの襲撃、全てで毒が?」
「そうですね……初めは味覚を奪う毒で、護衛騎士に撃退していただいたのですが、次が視覚を奪う毒で、残念ながら防ぎきれませんでした。その後は嗅覚を奪う毒、本日が聴覚です」
殺すのではなく、五感を奪う。
その手口に、俺の記憶が刺激された。
アストレア戦記の『聖霊召喚』スキル獲得イベントだ。
数百年前、魔族に追い詰められて滅亡の淵にあった人類が、逆転攻勢に成功するきっかけとなった奇跡のスキル。
魔族との戦いで散っていった無数の英霊を呼び出し、敵全体に極大ダメージを与えるマップ攻撃魔術。
『聖霊召喚』スキルの有無でゲームの攻略難易度は大きく変化するが、その獲得は、『聖霊の巫女』と呼ばれる少女が犠牲になるイベントによるものだった。
「エリス様……国王陛下から、『聖霊の巫女』という言葉を、最近お聞きになりましたか?」
「いいえ、そういった言葉は聞いておりません」
「私が、聖霊の巫女のことで話をしたいと、そう言っていたと、国王陛下に伝えていただいてもよろしいでしょうか」




