前編
3話で完結の予定です。
王宮の大広間は、光で満ちていた。
水晶のシャンデリアが揺れ、床の大理石に金が散る。
楽団の弦が甘い旋律を紡ぎ、香水にワイン、上等な香りが溶ける。
夜会とは社交の場であり、見世物の場でもある。
誰が上がり、誰が落ちるか。
今夜の“主役”が誰か。皆がそれを待っている。
私は壁際に立ち、微笑を貼り付けた。
セレスティナ・アーデルハイト。
この国の王太子、エイドルフの婚約者――この大げさな肩書が、今夜で終わることを知りながら・・・
「皆、注目してくれ」
王太子の声が広間を割った。
ざわめきが潮のように引き、人垣が自然と中央に道を作る。
金糸の刺繍を施した正装の王太子エイドルフ、
――そしてその隣に、
これまた豪勢な赤いドレスをひらめかせた令嬢が寄り添っていた。
ロザリア・ヴァルツ伯爵令嬢。
宝石を惜しみなく散らした胸元。
自信に満ちた笑み。周囲にふりまく勝気な眼差し。
王太子は、私を見て堂々と告げた。
「セレスティナ・アーデルハイト!今宵をもって、君との婚約を破棄する!」
夜会の視線が一身に注がれる。
大げさな身振りで、王太子は続けた。
「理由も、皆に共有しておこう。セレスティナは近頃、“未来が見える”などと噂されている。
だが実態はどうだ!」
王太子エイドルフは片手を高く上げ、まるで裁判官のように言葉を連ねた。
「政務の場で、君は不吉な妄言ばかり口にした。
『その提案を受ければ、未来で血が流れます』と」
ざわ、と笑いが漏れた。
誰かが「怖いね」と囁き、含み笑いをわざと漏らす。
私は喉の奥に鉄の味を感じた。
王太子エイドルフは私の反応を楽しむように、少しだけ口角を上げる。
「結果はどうだ! 使節は顔を青くし、交渉は停滞。
今回も、君の嘘っぱちな“未来予知”は、国益を損ねたのだ!」
それは半分だけ真実で、半分は故意の歪曲だ。
“血が流れる未来”、を避けるための警告。
外交交渉が停滞したのは、交渉の場についていたエイドルフや宰相の交渉力不足だ。
だがエイドルフは、セレスティナの”未来予知”に責任を押し付けようとしている。
「王太子妃は国の顔だ。陰気な能力ではなく、光が必要だ。
――そう、この、美しいロザリアのように!」
エイドルフの言葉に、ロザリアは優雅に微笑む。
セレスティナに向けられたその目には、明らかな嘲りが浮かんでいた。
「セレスティナ様。長い間、お疲れさまでした」
ロザリアは甘い声で微笑む。
「でも……ご安心なさって。殿下は優しい方。
役に立たないものを、この国のため、早めに手放してくださったのよ」
胸の奥が削れる。
王城で過ごした日々、厳しい王太子妃教育が走馬灯のように流れる。
つらい。恥ずかしい。怒り。――それでも私は、崩れない。
なぜなら私には、泣いて終わりにできない理由があるから。
「以上だ!」
エイドルフは満足そうに息を吐き、私を見下ろした。
「セレスティナ。君が、能力と称して振りまいたのは不安だけだ。
――君は“無能”で、“不吉”で、“重荷”だ!」
大きな拍手が起きた。
その反応を望んでいたのだろう。
エイドルフにとって、私はもはや婚約者ではなく舞台装置。
自分の「正しさ」を演出するための。
(……終わりね)
一瞬――
視界の端で、白い火花が散る。
”未来予知”が発動したのだ。
セレスティナには人の“未来の失敗”が、一瞬だけ見える。
幸福でも勝利でもない。
取り返しのつかない判断ミス。人生を崩す分岐点。
それこそ、致命的な―――
王太子の未来が映った。
暗い会議室。地図。怒鳴り声。赤い印。
「条約は破棄する―――!」
周囲が止めても、彼は叫ぶ。
『我が国が折れる理由はない!』
そして軍が動き、国境に火が上がっていく―――
戦争。
(エイドルフ殿下がここまでとは―――)
思わず私は王太子を見返した。
王太子の瞳が一瞬、揺れる。
私が何かを見たと感じ取ったのだろう。
この人は妙に勘が鋭い。
(一世一代の勝負になりそうね)
私は微笑んだ。
社交用の微笑みより薄く、しかし刃のある笑み。
「承知いたしました、殿下」
あまりにもあっさりした承諾に、ざわめきが広がる。
エイドルフは眉をひそめた。
「……もっと取り乱すかと思ったが」
「王宮で泣くほど、私は愚かではありませんわ」
王太子の頬がわずかに引きつる。
「ああ――ひとつだけ、申し上げても?」
私はするりと一歩、前に出た。
「私、今、殿下の未来を見ましたの」
エイドルフの目がわずかに見開かれ、
ロザリアの笑みが、固まる。
しかし、私はそれ以上は言わず、
ただ、礼をして背を向けた。
「どうか、お幸せに」
ざわめきが徐々に広がる大広間を出ると、
夜の空気が冷たく頬を撫でた。
渡り廊下の月光が白い。
私はそこで立ち止まり、胸に手を当てた。
痛みはある。
けれど――痛みの底に、燃えるような誓いがあった。
◇
セレスティナは、この国に借りがある。
幼いころ、私の“見えるもの”は災いだった。
他国の高位貴族に「あなたは未来で人を殺す」と口走り、
我が侯爵家は壊れかけ、私は檻に入れられかけた。
その時、私を庇ったのが今は亡き王妃陛下だった。
『怖かったわね。でも逃げないこと。
いずれあなたの目は、国を守る大切な目になるのよ』
そう言って、私の手を取り、他国との間をとりなしてくれたのだ。
その後もセレスティナのことを気にかけ、
勉学に、美容に、色々と世話をしてくれた。
この他にも多くの功績をあげ、
王国始まって以来の賢妃とうたわれた王妃陛下はもういない。
激務に病弱な身体が耐えられず、若くして儚くなってしまった。
けれど、あの人が命を削って守っていた国を――私は守りたい。
それはたとえ、私を捨てた王太子の国であっても。
王太子の、国を燃やす未来の失敗を。
(そうなる前に回避しないと)
セレスティナは冬の高い月を見上げ、静かに息を吐いた。
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