あの人を好きなあなたが好き
マナが言っていた通り、レオには私達の他に5人ほど彼女がいた。
これだけ聞くと相当なクズ野郎だと思われそうだが――いや、実際にそうではあるのだが――彼は彼女達(本人達でレオカノと自称している)1人ひとりを大切にしていた。
レオカノ達は私のように、彼のおかげでどん底から救われた女子生徒ばかりだった。そのため、自分だけじゃなく他のレオカノ達にとっても、レオが必要不可欠な存在であることを理解しており、誰かが独り占めすることなくお互いに譲り合いながらレオのことを愛していた。
そして、レオカノ同士も割と仲が良く、レオが居ない時にみんなで集まって女子トークをすることもよくあった。
(改めて考えると狂った環境だけど…マナが言った通りみんな良い子だし、普通に楽しいんだよな)
他のレオカノ達も私と同様、教室や家に居場所がない子達ばかりだったので、レオカノのコミュニティが自然と生活の中心になっているらしい。
私は正直、レオに対する恋愛感情はもう消え失せていた。精神的に参っていた時に救ってくれた恩人だとは思っているが、恋愛面に対してはとんだクズだと分かったので、異性として好意を持つことはもう金輪際ないだろう。
そのため、レオと2人きりになることは滅多になく、その代わりにマナと二人でいる時間が増えた。
あの出来事以来、マナはよく私に構うようになった。彼女は意外と面倒見が良く、チナツと他のレオカノ達が仲良くできるよう取り計らったり、課題の分からないところを教えてくれたりと、かなり世話を焼いてくれた。
最初は苦手意識があったのが嘘のように、彼女との時間はとても心地良い。
私には妹しかいないので分からないが、姉がいたらこんな感じだったのだろうか。
(いや、人によるか…実際私は、こんな良い姉じゃないし)
「チナツはさ、可愛げないんじゃなくて、不器用なだけだよ」
マナはいつもそう言って、私の言葉足らずや感情表現の乏しさを受け入れてくれた。
初めてだった。こんな風に、自分のありのままを肯定してくれた人は。
気付けばいつも一緒にいる私達はセット扱いされるようになり、マナも「私達親友だもんね〜」と周囲に言い回るようになった。私はそれを、表向きは鬱陶しそうに受け流していたが、内心は誇らしい気持ちで満たされていた。
その気持ちが「恋」に変わるまで、そう時間はかからなかった。
「お前さ、もう俺のこと好きじゃないだろ」
その日は、いつもの旧校舎の美術室で時間を潰していた。
レオの元に行くのは、今ではもはやマナに会うための口実になっていて、彼女がいない時間は酷く暇だなぁと感じていた。レオのことは、マナがいない間に暇潰しが出来る丁度良い相手程度に思っていて、先程までポツポツと雑談をしていた。
だから、核心に迫った爆弾を急に落とされて心臓が跳ね上がる。
「図星か」
少し意地の悪い笑顔で、レオはこちらを見ていた。
「アンタのこと好きじゃないと、ここに居たらいけないわけ」
「いや、別に咎めてるわけじゃねぇよ。俺失恋したんだなって思っただけ」
「アンタにとって、私は大勢の中の1人でしょ。居なくなったって、痛くも痒くもないくせに」
「そんなこたねぇよ。俺、彼女全員ちゃんと好きだし。勿論、マナのことも」
「…は?」
突然マナの名前を出されて、思わずレオのことを睨みつける。
マナは、未だにレオにぞっこん…というよりは若干、依存しがちな傾向にある。マナも何かしら事情を抱えているらしく、精神的に追い詰められた時はレオに頼って慰めてもらっているようだ。
その心の闇を、私には一切見せてくれない。私だったら、レオと違ってマナ1人だけを愛せるのに。自分の都合を調整したり、他のレオカノ達に気を遣ったりしてまでレオに会いに行くマナを見る度、いつも胸を痛めていた。
私はいつだってマナに合わせるし、何なら辛い時は私から会いに行くのに。私はいつまで経っても、マナにとって必要不可欠な存在にはなれない。彼女が私に会ってくれるのは、レオに会いに来た時にたまたま居合わせるからに過ぎない。
レオは、私にとっての唯一無二を易々と手に入れておいて、かけがえのないその人を、いつも群衆の中に紛れ込ませてしまう。それが酷く不快だった。
「…悪りぃな、好きな子には意地悪したくなるタチなもんで。そんな怖い顔すんなって、まじでマナいないと態度変わるよな、チナツ」
レオは私の剣幕に全く怯むことなく、ヘラヘラと笑いながら続けた。
「てか、辛くないの? 好きな人が、別の人に恋してるのを間近で見るの」
「それ、アンタが言う?」
「ごめんって。気になっただけだから、別に答えたくないなら無視していいよ」
私は、どう答えたものかと逡巡する。本音を言うと、かなり辛い。でも、それを恋敵であるレオに自分の口から伝えるのは癪だった。
「私は、マナが幸せならそれでいい。アンタや私の気持ちとかどうでもいい。マナが1番幸せになれる場所がアンタの隣なら私はそれを受け入れるし、アンタがマナを不幸にしたり泣かせたりしたらぶっ飛ばすだけ」
レオは私の話を聞いた後、私を眩しいものを見るように目を細めて笑う。
「すげぇな、おまえ」
「あっ、チナツいた! やっぱりここだったか~」
美術室のドアが勢いよく開けられ、マナが入ってくる。どうやら帰り道に寄りたい店があるらしく、私を探していたのだという。レオではなく私を探してくれていたという事実に、胸が高鳴った。
「早く行かないと閉まっちゃうから、急ぐよチナツ! レオも、ばいば~い」
「はいはい、気をつけて帰れよ」
レオに向けて手を振るマナの表情を盗み見る。少し桃色に染まった頬に、私を見つめる時とは明らかに違う、恋をしている時の瞳の色。先ほどまで優越感で満たされていた胸が、急速にしぼんでいくのを感じる。
でも、大丈夫。こんなのいつものことじゃないか。
それに、当たり前のことだ。マナにとってレオは恋人で、私は――
(親友だから)
チナツは、私とマナを繋ぐ唯一の糸であり、私の気持ちを鎖で縛りあげるその言葉に、また胸を締め付けられた。
そのまま放課後、二人で寄り道をする。マナは楽しそうに話し、チナツは相槌を打つ。
「チナツってさ、ほんと聞き上手だよね」
そう言われるたびに、胸が痛む。
本当は、話を聞いていたいわけじゃない。ただ、チアキの声が好きなだけなのに。
先程、レオと会話していた時のマナを思い出す。
(……嬉しそうだったな)
そう思ってしまった自分が、嫌だった。
自分が隣にいるより、レオの隣の方が、マナは幸せそうだ。
「ねえ、チナツ。今日どうしたの?元気ない」
帰り道、マナが少し話したいからと2人で座ったベンチで。
マナが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
気づかれてしまうほど、落ち込んでいたらしい。
「……別に」
そう答えると、マナは少しだけ困った顔をした。
「無理しないでよ。親友でしょ」
親友。
その言葉が、胸に落ちる。
(それ以上は、ない)
何も言わない私に、マナは私が何も言いたくないのを悟ったのか、それ以上追及するのをやめた。
「話したくなったら、いつでも言ってね」
風が冷たくなり始めた頃、マナが肩に寄りかかってきた。
「ちょっと寒い」
心臓が跳ねる。
動けなかった。拒む理由も、受け入れる勇気もなかった。
(ずるい)
そう思いながらも、肩を貸す。
マナは安心したように目を閉じた。
「チナツといると、落ち着く」
その言葉が、嬉しくて、苦しい。
恋人にはならない。でも、離れられない。
チナツは、マナの温もりを感じながら、目を閉じた。
(親友で、いい)
そう言い聞かせることでしか、この気持ちを守れなかった。




