プロレスにVARが導入されても、プロレスはプロレスだった
プロレスにVARが導入されたら、それだけの思いつきベースです。
極日本・超日本ダブルタイトルマッチ(VAR完全決着ルール)
ドームの天井を突き破らんばかりの歓声と、それをねじ伏せるような怒号。
リング上の空気は、現代的なシステム導入とは裏腹に、昭和の殺伐としたストロングスタイルのそれを帯びていた。
「ファイト!」
レフリー・ブルーシューズ山野の声と同時に、二つの肉塊が弾けた。
距離を探るフェイントなどない。真正面からの激突。
ドスゥン!!
115kgのONITSURAと、95kgの白馬。
体重差20kg。物理法則に従えば弾き飛ばされるのは白馬だが、彼はインパクトの瞬間に踏み込み、ONITSURAの突進を身体の芯で受け止めた。
「ぐぅ……!」
両者の腕が組み合う。指先が相手の皮膚に食い込む。
互いの首に浮き出る血管。筋肉の繊維が悲鳴を上げる音が、マイクを通さずとも最前列に届く。
ONITSURAが強引にロープ際へ押し込む。離れ際、挨拶代わりの逆水平チョップ。
パァァァン!!
乾いた破裂音がドームに響く。白馬の胸板が瞬時に赤く腫れ上がる。
白馬は退かない。即座にローキックで応戦。
バシィッ!
脛と大腿骨がぶつかる鈍く重い音。プロテクター無しの生身の蹴りが、ONITSURAの丸太のような太腿をえぐる。
「効かねえなァ! 小僧!」
「そっちこそ、ただのデブじゃねえか!」
額と額をぶつけ合うヘッドバット合戦。
ゴツッ、ゴツッ。
骨が軋む音。飛び散る汗飛沫。これはスポーツではない。互いの生存本能を削り合う、原始の儀式だ。
「来いよ、二冠王」
ONITSURAが太い首をコキリと鳴らす。
白馬は無言で距離を詰める。フェイントなし。
バチンッ!
乾いた音が静寂を切り裂く。白馬の右張り手が、ONITSURAの頬肉を揺らした。
ONITSURAは首をわずかに傾けただけ。ニヤリと笑うと、両手を広げてロックアップを誘う。
ガシィッ!
四つの腕が絡み合う音。
互いに腰を落とし、リングシューズがキャンバスを擦る。
ズズズ……ッ。
摩擦音がマイクに拾われる。力比べ。白馬の首に血管が浮き出るが、ONITSURAの体は岩のように動かない。
それどころか、じりじりと、しかし確実に白馬をロープ際へと押し込んでいく。
「軽りぃな、オイ!」
ONITSURAが離れ際に、強烈な逆水平チョップを見舞う。
ドパァァァン!!
破裂音。白馬の胸板の皮膚が瞬時に裂け、ミミズ腫れが浮かぶ。
たった一発。その一発で、観客は「ヘビー級」という重さの絶望を知る。
白馬は吹き飛ばされながらも、倒れずに踏みとどまる。
即座にローキック。
バシィッ!
脛の骨が、ONITSURAの丸太のような大腿筋にめり込む鈍い音。
ONITSURAは顔色一つ変えない。「効かねぇぞ」と言わんばかりに胸を突き出す。
白馬は止まらない。
右、左、右。
バシッ、バシッ、バシィッ!
同じ箇所、左太腿の外側一点に狙いを定めたカーフキックの連打。
骨と筋肉が硬質にぶつかり合う音だけが、ドームに響く。華麗な飛び技などない。ただ、相手の肉体を削り取る作業。
業を煮やしたONITSURAが、剛腕を振り回す。
ラリアットの旋回。風を切る音が聞こえるほどの速度。
白馬はそれを紙一重でダッキングし、背後へ回る。
(ここだ!)
一瞬の隙を突いた、電光石火のスクールボーイ。
観客が「おおっ!」とどよめく。
ONITSURAの巨体が丸め込まれる。
ワン、ツー、……2.9!
ONITSURAが跳ね除ける。その勢だけで白馬が数メートル転がる。
だが、白馬の目は死んでいない。
「力」で勝てないなら、「理」で殺す。
それがジュニアヘビー級から這い上がってきた男のプロレスだ。
起き上がりざま、ONITSURAが突進してくる。
白馬は真正面から受け止めず、身を低くして左足にタックル。
そのまま回転力を加え、ドラゴンスクリュー。
グキィッ!
ONITSURAの巨体が宙を舞い、膝が不自然な方向にねじれる。
初めてONITSURAの口から「ぐぅッ!」といううめき声が漏れる。
ここから、白馬による徹底した「足殺し」が始まった。
倒れたONITSURAの左足を掴み、マットに叩きつける。
ガンッ! ガンッ!
踵を掴み、膝裏を自分の膝に打ち付けるニークラッシャー。
ゴツッ!
派手さはない。地味で、陰湿で、しかし確実に相手の機動力を奪う拷問技。
ONITSURAが嫌がって反対の足で蹴り上げようとするが、白馬はその蹴りをもボディで受け止め、離さない。
殴られても、蹴られても、執拗に左足へと食らいつく。
汗と熱気がリング上の酸素を薄くしていく。
試合時間10分経過のアナウンス。
ONITSURAは立ち上がろうとするが、左膝がガクりと折れる。
ダメージは蓄積している。
「立てよオラァ!」
白馬が叫び、よろめくONITSURAの背後を取る。
巨体をコントロールするのは至難の業だが、今のONITSURAに踏ん張る力は残っていない。
白馬は自らの体を回転させ、遠心力を使ってONITSURAをうつ伏せに引き倒す。
すかさず、その太い足首を両腕で抱え込む。
脇を締め、背筋を反らす。
「極めるぞ!!」
ギュウゥゥゥ……ッ。
アンクルホールド。
アキレス腱と足首の関節が、ミシミシと音を立てて締め上げられる。
ONITSURAの太いふくらはぎの筋肉が、異常な収縮を起こして波打つのが見える。
逃げようとONITSURAがマットを這う。
しかし、白馬はそれを許さない。
ズザザッとリングシューズを滑らせ、逃げるONITSURAをリング中央へと引き戻す。
「あああああッ!」
ONITSURAが絶叫する。
ロープは遠い。セコンドの介入もない。
完全なる「詰み」。
骨がきしむ音と、王者の悲鳴だけが支配する空間。
白馬がさらに腰を落とし、角度をエグくする。
「折れるぞ! オイ! 折れるぞ!」
白馬桜士の絶叫が、マイクを通さずともリングサイドのプレス席まで響く。
リング中央。白馬はONITSURAの右足を抱え込み、自身の背筋をのけぞらせてアンクルホールドを極めていた。
ギリリッ……ギリリッ……。
静まり返るアリーナ席の前方では、靭帯が悲鳴を上げ、足首の関節が限界を超えて軋む音が聞こえるほどだった。
大量の汗が白馬の額から滴り落ち、ONITSURAのリングシューズを濡らす。
ONITSURAの表情は苦悶に歪み、酸素を求める魚のように口をパクつかせている。ロープまでは遠い。あまりにも遠い。
レフリーのブルーシューズ山野が、這いつくばるようにしてONITSURAの顔を覗き込む。
「ギブか!? ギブアップか!?」
5万人の観衆が、最強ヒールの陥落を確信し、地鳴りのような「白馬」コールを起こそうと息を吸い込んだ、その瞬間だった。
ブツン。
唐突に、ドーム内のすべての光が死んだ。
リングを照らす照明、花道の装飾、客席の誘導灯に至るまで、文字通り「漆黒」が世界を塗り潰した。
「え?」
「うわっ!」
「なんだ!?」
歓声になるはずだった5万人の呼気は、驚愕と恐怖のざわめきに変わる。
視覚を奪われた人間は、本能的に聴覚を研ぎ澄ます。
闇の中で、ドサッという鈍い音がした。白馬が技を解き、警戒態勢に入った音だ。
続いて、リングサイドの床板を軋ませる、異様な重低音。
ズン、ズン、ズン……。
それは人間の足音というにはあまりに重く、不吉だった。
ロープが限界まで引き絞られ、巨大な質量がリングインする風切り音。
「誰か入ったぞ!」
客席からの悲鳴にも似た叫び。
闇の中、白馬の声が響く。
「誰だッ!? うわぁッ!?」
バキィッ!!
肉と肉がぶつかる音ではない。巨大な岩石が人体に衝突したような、硬質で破壊的な打撃音。
直後、白馬のうめき声が途切れる。
そして、ドームの空気を震わす轟音。
ズガァァァァァン!!!
リングのキャンバス、その下の板、鉄骨。すべての構造物が一斉に悲鳴を上げた。
誰かがマットに叩きつけられたのだ。それも、尋常ではない高さから。
パッ。
照明が戻る。網膜を焼くような強烈な白色光。
観客が目をしばたたかせ、ようやく焦点を結んだリング上には、信じがたい光景が広がっていた。
あれほど優勢だった白馬が、リング中央で大の字になり、白目を剥いて痙攣している。
その横で、足を引きずりながらも立ち上がったONITSURAが、残忍な笑みを浮かべて白馬の顔面を踏みつけていた。
「ワン! ツー! スリー!」
ブルーシューズ山野の手がマットを叩く。
状況が飲み込めないまま叩かれた3つのカウント。
ブーイングと怒号が渦巻く中、ドーム天井の超大型ビジョンに「VAR CHECK」の文字が躍る。
「ただいまのシーン、VARによる検証を行います」
ビジョンが切り替わる。
そこに映し出されたのは、鮮明なハイビジョン映像ではない。
暗視スコープ特有の、粒子が粗く、不気味な緑色の世界だった。
《映像再生》
緑色の闇の中、リング下から這い上がる巨大な影。
赤外線に反射して白く光る目が、猛獣のように白馬を捉えている。
ザウルスだ。身長210cm、体重160kgの巨漢ヒール。
映像の中の白馬は、暗闇で方向を見失い、手探りで構えている。
その背後から、ザウルスが音もなく忍び寄る。
丸太のような腕が白馬の胴をクラッチする。
白馬が抵抗する間もない。
ザウルスは軽々と白馬をリフトアップすると、漆黒の空中で静止。
そこから、全体重を乗せたシットダウン式ラストライドを敢行した。
ズドォォォン。(映像には音がないが、観客の脳内で先ほどの轟音と同期する)
首から垂直に落ちた白馬は、バウンドして動かなくなる。
ザウルスは無感情にカメラを一瞥すると、音もなくリングを去っていく。
その後ろで、ONITSURAが足首をさすりながら立ち上がり、白馬を踏みつける――。
《再生終了》
ビジョンの映像が消え、会場は一瞬の静寂の後、爆発的な罵声に包まれた。
「ザウルスふざけんな!」
「人殺しだろ今の!」
「反則だ! 反則!」
VAR担当・山本勘太郎のアナウンスが、冷徹に響き渡る。
「……映像により、セコンド、ザウルスの乱入及び、白馬選手への暴行を確認。
よって、直前の3カウントは無効。
ザウルス選手を退場処分とし、試合を再開します」
現代のテクノロジーが、闇夜の凶行を白日の下に晒した瞬間だった。
試合は10分過ぎ、暗転とザウルスの介入を経て、VAR判定により再開された。
「正義」が執行されたかに見えたリング上。しかし、再開のゴングは、さらなる地獄の釜の蓋を開ける合図に過ぎなかった。
再開直後、怒りの炎を纏った白馬の猛攻。
ONITSURAのラリアットをかいくぐり、絡みつくようなミスティカ式腕ひしぎ十字固め。
「折るぞ! ギブアップしろ!」
白馬の咆哮。肘関節が限界を超えて反り返る。
ONITSURAの表情が苦悶に歪む。タップか、骨折か。
その時だ。
実況席の吉村アナウンサーが絶叫する。
「あーーーっと! 花道です! 花道をご覧ください! マネージャーのDIVAが、な、なんと着物を……脱いだぁーッ!!」
ドームの巨大ビジョン、そして世界中に配信される全ての中継カメラが、本能的にその妖艶な肢体をズームアップしてしまう。
一糸まとわぬ背中。振り返りざまの毒霧がカメラレンズを緑色に染め上げる。
「カメラが! 映像がグリーンミストで遮断された! 何も映りません! まさに放送事故!」
メインカメラが死んだその一瞬、リングサイドの暗闇で「何か」が動いた。
ナイトビジョンカメラの前を、山のような巨体が横切る。追放されたはずのザウルスだ。彼がレンズの前に立ちふさがり、物理的な「壁」となって赤外線すらも遮断する。
完全な死角。
ブラックボックスと化したリング中央。
ONITSURAの右拳が、白馬の股間を正確無比に打ち抜いた。
ドグゥッ……。
骨の音とは違う、内臓が押し潰されるような絶望的な音が響く。
白馬の身体から力が抜ける。
すかさず首を抱え込み、脳天からマットへ突き刺す垂直落下式ブレーンバスター。
スリー、ツー、ワン。
ゴングが乱打される中、VARの検証ランプが点滅する。
しかし、モニターに映し出されたのは、緑色に汚れた画面と、ザウルスの背中のアップだけだった。
山本VAR担当
「……映像不鮮明。決定的証拠なし。判定通り、ONITSURA選手の勝利とします」
吉村アナ
「そんなバカな! 認められるのか! これが認められてしまうのか極日本プロレス!
VAR判定は『証拠なし』!
ONITSURA、二冠王座奪取!
しかし……しかし見てください、このドームの空気を!
誰も納得していない! ブーイングと怒号の雨あられ!
これが完全決着戦の結末だと言うのでしょうか!」
解説・氷田(元王者)
「いやぁ……ひどい。ひどいけど、カメラの『目』を塞げばVARは無力だってことを証明しちゃいましたね。ザウルスを壁に使ったのは、ある意味で究極のアナログ戦法ですよ。白馬は……ちょっと可哀想すぎるな」
【SNSの反応:タイムライン】
@ProWresLover99
ふざけんな!金返せ!こんなの詐欺だろ! #極日本 #VAR解任
@DarkHero_Fan
ONITSURA最高www
VARすらもギミックの一部にするとは。
「カメラの死角」を作るためにDIVAとザウルスを使う連携、IQ高すぎだろ。
@ShowaStyle
白馬の腕ひしぎ、完全に決まってたのに。
最後、金的の音がマイクに入ってたぞ。
骨のぶつかる音が凄かっただけに、この結末は悔しいが……これぞプロレスという気もする。
@TechNews_JP
プロレスのVAR導入失敗事例として興味深い。
テクノロジーも物理的な妨害には勝てないという脆弱性が見事に露呈した。
【バックステージコメント】
敗者:白馬桜士
(控室の床に座り込み、氷嚢で股間と首を冷やしながら)
「……(長い沈黙)。
機械がなんだ。カメラがなんだ。
俺の身体には、奴の拳の感触が残ってる。客だって音を聞いただろ。
『証拠がない』だと?
俺のこの痛みが証拠だ!
クソッ……!
だがな、俺は諦めないぞ。機械が判定できないなら、次こそは奴の息の根を止めて、レフリーが止める間もなく意識を刈り取ってやる。
あいつらが作った『死角』、次は俺が利用してやるよ……」
勝者:ONITSURA
(二本のベルトを肩にかけ、DIVAを侍らせて悠々と現れる。悪びれる様子は微塵もない)
「おいおい、何が不満なんだ?
VAR担当が言っただろ。『証拠なし』ってな。
つまり俺は潔白だ。
完全決着、正々堂々の勝利だ。
テクノロジー? 笑わせるな。
リングの上で信じられるのは、己の肉体と、勝利への執念だけだ。
力なき正義は無能なり。
このベルトの重さが、全ての真実を語ってるんだよ。
白馬、悔しかったらテメェもカメラのレンズ磨いて出直してきな! ガハハハ!」
(カメラに向かって唾を吐きかけ、去っていく)
VARが導入されてもプロレスは、プロレスだと言う結論に至りました。
読了頂きありがとうございました。




