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「嘘……わたし、寝ちゃってた?」
開口一番……。
ヒナさんはそう言うと、恥ずかしそうに顔を赤らめてみせた。
そのまま、両の頬を抑え込む。
ふむ……。
なるほどなるほど……。
これはこれはこれは……。
――クッソカワイーイ!
「かわいい寝顔でしたよ」
心中では叫びそうになりつつも、顔ではクールガイを決め込むこの俺だ。
いやあ、今のリアクションは破壊力ありすぎるでしょう。
確かに、男子との経験を経て、一番恥ずかしいところを見せるには至った。
ただ、その上でさらに性質の異なる恥ずかしい姿――寝顔を見せてしまうというのは、完璧な想定外。
これを見られてしまった事実に、恥ずかしさと照れ臭さを覚えてしまう……完っ璧なかわいい女の子ムーブである。
なんならば、少しばかりあざといとすら言ってよいだろう。
だが、俺にとってはオールオッケイ!
あざとい女の子どんとこいやあ! であった。
難点があるとすれば、女の子というより、女性と評すべき年齢であるということだろう。
おっと、そのことには気づいてないフリをするんだった。
「もう……恥ずかしいなあ」
頭の中で超高速演算を繰り広げる俺はよそに、持ち上げたかけ布団へ顔をうずめるヒナさんだ。
うん……そうする姿も、超絶カワイイ。
そして、安心してくれ。あなたが気づいていないだけで、おそらくもっと恥ずかしがるだろう事実を俺はすでに知ってしまっている。
というか、割かし率直な疑問なんだけど、ヒナさんはこういった言動とムーブをどのような精神状態でかましていらっしゃるのだろうか?
今のこれ、完全に「成立して間もない高校生カップルの初体験」という体でやってらっしゃいますよね? 実際、ナンパ成功してお茶してる時は、埼玉の女子高生を自称していらっしゃったし。
分からん……全っ然分からん。
ただひとつ、間違いないのは強い心でこれを実行しているということだ。
キノシタ・ヒナさんという女の子……いや、女性は、屈強な精神の持ち主なのであった。
「えっと……その……ね……」
その屈強な精神の持ち主が、かけ布団で胸元を抑えつつ、もじもじとしてみせる。
ああもう! カワイイなあ! オイ!
27歳だろうが、10歳年上だろうが、全然関係ない! このかわいさだけが、リアルである。
とはいえ、そのリアルを隠しているのがヒナさんという女性であるので、指摘はしないが。
「こう……エッチなことしてから、こういうこと言うのもどうかと思うんだけど……」
そんな俺の考えをよそに、ヒナさんが言い淀んでいた言葉の続きを話す。
これは……。
これは……みなまでヒナさんに言わせてはいけないやつだと思う。
いや、もちろん今の世の中はポリティカル・コレクトネスに満ち満ちているし、俺も実害がないことに関しては、女だからどうの、男だからどうのと言うべきではないと考えている。
でも、これだけは、俺が言わなければいけないことだ。
文字通り星の数ほど人がいる原宿の中、日陰で涼んでいた彼女をひと目見て、かわいいな、お近づきになりたいな……と思って声をかけた俺の方こそが、告げなければならない言葉であった。
責任、というのとは少し違うな。
確かに――もちろん避妊はしているが――子供ができるようなことをしているのだから、本来、そういうことも考えるべきではあるのだろう。
だが、そんなこと言ってたら、世のティーンエイジャーはほとんど恋愛なんざできなくなってしまうわけで、やはり、そういったものの考え方とは分けて考えるべきであると思えた。
なら、この感情は何か?
言葉にするなら、きっとエゴであると思う。
こういう時、相手に言わせるのではなく、自分から切り出せる俺でありたいと、他ならぬ俺自身がそう望んでいるのだ。
望んでいることこそ、やるべきこと。
それは、揺るぎない俺の信念である。
だから、俺はヒナさんの青い瞳を真っ直ぐに覗き込んで、こう言ったのであった。
「ヒナさん。
これは、こういうことする前に言うべきことだったというのは、よく分かっています」
「う、うん……」
きょとんとした彼女の顔。
それに構わず、最後まで言い切る。
「俺と……正式に付き合ってください」
彼女の答えは……。