始まりはベッドの上で……
結論から述べてしまうのならば、第二次性徴期だの思春期だのという言葉は、大昔の文学的な人が頭をこねくり回してどうにか生み出した格好つけの造語であり、これが真実を言い表しているかといえば、それは残念ながら、まったくもって否ということになる。
では、コウノトリが有機無農薬栽培したキャベツ畑から赤ちゃんが生まれると信じてやまなそうな先人に代わり、俺がこれなる年齢期へ名前を付けるとするならば、このように名付けることだろう。
すなわち……。
――ヤりたい盛り。
――毎日セッ◯スのことを考えてる時期。
――行動の全てがセ◯クスに向かっているお年頃。
――異性を見る目がヤんのかヤレんのかという年代。
――フフフ……◯ックス!
……こうである。
男子も女子も問わず、光の速さで駆け巡っていくのが、◯◯と✕✕がヤッたらしいぜという噂! しかも、恐るべきことに、これらの噂は大抵の場合――真実。
男子も女子も、頭の中は桃色パラダイス!
ゴム……という言葉を聞いて真っ先に連想するのは避妊具のことであるし、69という数字を見て思い浮かべるのは、体位の名称。
俺たちティーンエイジャーという生き物は、人生で最も吸収能力に優れた時期の頭脳全てでもって、セック◯に関連する物事のことを考えているのであった。
もちろん、おピンク色に染まっているのは、思考のみではない。
行動だって、全てがセッ◯ス目指して整えられている。
例えば、スポーツや音楽へ打ち込んでいる者に、なぜそれをやっているのか聞いてみるとしよう。
すると、このような答えが返ってくるはずだ。
バスケ始めた動機は……モテたいから!
ギターの練習を始めた動機は……モテたいから!
サッカーをやっている理由は……ボールは友達だから!
と、ざっとまあこんなもんである。
何かひとつノイズが混ざっていたような気もするが、世の中には生まれた時からサッカーボールをオモチャとして与えられ、遊ぶ時はいつもそれで! ご飯を食べる時も、お風呂を食べる時も常に一緒! いざ無人島に漂着した際は、ウィルソンと名付け無二の親友として語り合うという奇特な方もいらっしゃるので、気にしないことにしよう。
さておき、とにもかくにも、セッ◯スだ。
思考回路も行動様式も、無聊を慰めるための趣味に至るまで、全てがそこに至るための助走であり、フックであるのが俺たちティーンエイジャーであることは、これ以上説明の必要も、証明の必要もないであろう。
そう、ここまで述べてきたのは、俺たちティーンエイジャーの習性である。
当然ながら、そこには、俺自身も含まれていた。
もうひとつ、この年代に特有の特徴を述べるならば、それは、何かにつけて特別な存在……あるいは、オリジナリティのある何かになりたがるということ。
埋没したくないのだ。
モブは嫌なのだ。
だが、俺にそのような趣向は関係ない。
埋没大いに結構!
モブの人生、上等だ!
せいぜい、大地震などの災害が起こった際には、付和雷同してリーダーシップがある誰かの引き立て役へ徹しようではないか。
そんなことより重要なのは、セ◯クスできるかどうかであり、すなわち、おま◯ことご対面できるかどうかである。
この俺ことオオハラ·タカオは、ヤリたい盛りの17歳。取り立てて特筆すべきことはない進学校の二年生だ。
そんな少年がセ◯クスを目指すとするのならば、自動的に、ある困難なシークエンスが立ち塞がることとなった。
すなわち……彼女作りである。
説明するまでもなく、◯ックスとは、男女の営み。これをヤろうとするならば、相手の女子が必要不可欠。もし、お相手不在で単独で事に及ぼうと言うのなら、それはオ◯ニーだ。
ゆえに、俺たちは彼女……あるいは、恋人という存在を作らなければならない。
作らなければ、セック◯はできない……!
や、正確には作らずともそこに至れる道筋は存在するのだが、それは中学生に向かって「高校進学以外にも選択肢はあるよ」と言っているようなもので、著しく一般性を欠いている事例と言う他にないだろう。
ノー·セックス=ノー·ライフであり、すなわち、ノー·ガールフレンド=ノー·ライフ。
それが、この世のルールなのだ。
さて、ここまで長く、かつ、熱く語ってしまったが、要するに俺たち高校生にとっての青春とは性春を置いて他に存在せず、全ての男子高校生はそのために彼女を求めて奔走するのだという論理的帰結は理解してもらえたものだと思う。
当然ながら、俺も高校入学してから二年生一学期後半の今に至るまで……様々に行動してきた。
まず、女子への告白……これはここまで、五回ほど行ってきている。
厳選に厳選を重ね、風水的な側面まで加味した入念な準備を経た上での告白であった。
数が五回とやや控えめであるのは、「オオハラは女が相手なら誰でも構わないらしい」などという真実――じゃなかった誤解が蔓延してしまっては困るから。
常に自分の評判を気にしながら立ち回る……俺はセルフマーケティングのできている男なのだ。
が……駄目っ! ここまで、告白は全て撃沈!
「イイ人だとは思うんだけど……」とか「面白い人だとは思うんだけど……」などと枕言葉の内容は違えど、要するに、ますますのご健勝をお祈りされてきたわけである。
だが、恋愛のアプローチとは、告白だけではない。
なんとなく友達付き合いする内に、あいつのことイイな……と思うようになったという事例は、枚挙にいとまがない。
ならばと、俺もイイなと思ってもらえるよう、様々な形で努力してきた。
まず、カラオケなどクラスでの集まりは積極的に参加。
それだけでなく、例えば文化祭の実行委員など、誰もが面倒くさがる役回りを積極的にこなし、今では雑用係入り間違いなしとまで言われるようになっている。
ハッキリいって、同学年の中では、かなり顔が売れている方だろう。
がっ……これも……駄目っ……!
今のところ、まったくもって成果なしっ……!
何事においても、待ちの姿勢ではいけない。
自分から、積極的に声をかけるべしということだろう。
また、恋人同士という形に囚われてしまってもいけない。
確かに、継続的な恋人関係でない者同士でセッ〇スするというのは俺たちの年代じゃ一般的ではないが、あくまで一般的でないというだけで、事例がゼロというわけではないのである。
と、いうわけで、学内という狭苦しいフィールドでの戦いに限界を感じた俺は、ついにその活動範囲を学外まで広めるに至った。
――渋谷!
――原宿!
――池袋!
――新宿!
名だたる若者の街まで一人孤独に赴き、俺は何をしたのか?
その答えは、簡単……。
――ナンパである。
そも、何かを求めてのPRというものは、母数を増やしてこそナンボだ。
ティッシュ配りしかり、看板広告しかり、TVCMしかり……。
一人か二人に見てもらって、その見てくれた少数の人に百発百中で商品購入などへ踏み切ってもらおうとは、誰も考えていないだろう。
詳しくはないが、ああいうのは見た人の中で、百人に一人……。
いや、千人に一人が客となってくれれば、それで上出来という計算になっているはずだ。
ただ、俺と彼ら商売人とで大きく事情の異なる部分が、ひとつある。
それは、何かを販売するにせよ、何かのサービスを提供するにせよ……向こうの場合は継続的な利用をしてもらうことも狙わなければいけないのに対し、俺の方は、ひとまずナンパに成功し、イクところまでイッてしまえば、一応の目的を達成できるということだ。
つまり、このナンパ作戦……こと童貞を捨てるという一点に関しては、コストパフォーマンス面でかなり優れているのであった。
無論、我が性欲に限りはなし……継続してのお付き合いがかなうならそれに越したことはないが、何事も、まずは初めの一歩。無理しないスタートが大事である。
目標をややランクダウンさせ、間口は広く、母数は多く……条件設定を切り替えた俺の新たな戦いは、熾烈を極めた。
まず……恥ずかしい。
声をかける相手は、当然ながら俺と縁もゆかりも無い同年代の女子に限られるわけだが、見も知らずの女の子へ急に声をかけるのって、クソほど恥ずかしい。
よし、俺はやるぞ俺はやるぞ俺はやるぞ……! いけいけいけいけいけ! と、全力で自分に言い聞かせて、ようやく行動へ移せるかどうかという感じである。
そこまでやっても、当然ながら、相手にはしてもらえない。
一期一会のナンパを体験してみると、学内における告白というのは、数を絞り、様々なロビー活動も経てきただけのことはあって、全然聞く耳を持ってもらえていたのだと分かった。
◯✕高校のオオハラ君……というステータスが剥がれてしまうと、俺などは一撃死余裕のスライム系男子。
繁華街にくり出してきた 百戦錬磨の女子からすれば、経験値の足しにもならぬ……切り捨てて当然の存在である。
百か……あるいは、千か……。
物理的に不可能な気もするが、ひょっとしたら万の大台に乗っているかもしれない。
ともかく、俺はナンパをしては玉砕する日々だった。
もはやこれは、ナンパ成功するためにナンパをするのではなく、むしろ、ナンパを断られたり軽くあしらわれたりするその瞬間にこそ、被虐的な快感を覚えているのではないかと勘違いしてしまうレベルだ。
――それでいい。
――もっともっと、俺をフるがいい!
――その果てにこそ、いつか俺はナンパを成功させるはずだ!
かような一念でもって、実らぬナンパに精を出す日々……。
だが、それは今日……唐突に終わりを迎えた。
諦めたからか? ノンノン……諦めたらそこで試合終了だよとは、太っちょなバスケ部監督が残した名言である。
となれば、これはもう、残る答えなど一つしかない。
そう……ここまで……ここまで実に長かったが……。
ついに、俺のナンパ活動はここへ実を結ぶに至ったのだ。
お相手は、キノシタ・ヒナさん。
埼玉の高校に通う三年生だそうであり、いわゆるガーリー系ファッションを着こなしたゆるふわ系女子である。
明るい色の茶髪は肩口の辺りまで伸ばされており、ゆるいウェーブのかかったそれがふわりと動く様を見ていると、二人でお茶を飲む時間も華やかさを大いに増したものであった。
顔立ちは、文句なしのカワイイ系。
それも、ちょっとやそっとのかわいさではない
抜群の……圧倒的なかわいさだ……。
もう、このかわいらしさを言葉で表そうと思うと、俺ごときが持ち得る語彙では全く足りない。こんなことなら、ラノベでもいいからもっと読書をしておくんだったと後悔するくらいである。
それでも、かろうじて脳内に存在するボキャブラリーを総動員するならば、十人中、九人は振り返るだろう美少女であり……。
また、透き通った海を思わせる紺碧の瞳が、ひどく印象的な女の子なのであった。
……ああ! そうそう!
女性の容姿を語る上で、欠かせないものがひとつありますねえ。
こう……首から下に備わった魅力というんですかあ?
普通にしていると服に隠れてしまう都合上、布の上からそっと観察した上で、曲線美を語ったりするしかないアレっていうんですかあ?
ご安心ください。その気になれば、原稿用紙何十枚分でも語ってご覧に入れましょう。
いや、それだけじゃない……。
その内に秘められた奥深さ……! 男女というものの間に存在する素晴らしき世界に関しても、今日、これからの俺は、実体験を伴って語ることができてしまうのだ。
もう、ここまできたのなら、説明する必要はありませんね?
そうです。このオオハラ・タカオ17歳……つい先ほどをもって、めでたく男と相成りました。
となると、ヒナさんはどこでどうしているか?
……今、俺の隣で、かわいらしい寝息を立てている。
当然ながら、一糸まとわぬ姿であり、かろうじてかけ布団が隠している程度。
俺がほんのわずかに手を伸ばせば、その下へ存在するやわらかな双丘の感触も、再び楽しむことができてしまうのであった。
ま、そんなことはしないけど。
今の俺には余裕がある。
童貞諸君には分からない感覚かもしれないがね! HAHAHAHAHA!
「……おや」
と、ここでふと気になったのが、ベッドボードに置かれている彼女のハンドバッグ……。
より正確に述べるならば、そこからこぼれ出している彼女のお財布であった。
それにしても、バッグにせよ、財布にせよ、女子高生のそれとは思えぬしっかりとした造りというか、どことなくブランド物の風格を漂わせている。
つまり……ヒナさんは、違いの分かる女性であるということ。
いうてもう18歳なのだから、相応の品を身に着けたいという気持ちは当然あ――。
「――ゑ?」
そこで絶句してしまったのは、財布からほんの少し……ごくわずかに端っこだけまろび出ているカードの存在へ気付いたから。
そう……それは、とても見知ったデザインのカードであった。
都内在住で活用しようとした場合、諸々の費用が高額化する都合で取得しない人も結構いるだろうが、それでも、手軽に提示できる身分証としての立ち位置を確固たるものにしている。
まして、地方在住ともなった場合、一定年齢以上での取得率はほぼ百パーセントといってよいカードなのだ。
発行元は都道府県公安委員会。
人これを、普通自動車免許と呼ぶ。
……ヒナさん、18歳だよな。
18歳になるや否や、すぐに免許を取ったんだろうか?
そんなことを思いつつも、好奇心は止まらない。
俺は、隣で寝ている彼女にバレないようそっと免許証を引っ張り出し、そして……知ってしまった。
右上に記載されている生年月日……。
それは……。
「……キノシタ・ヒナ、平成10年6月10日生まれ。
嘘だよな……」
小声でつぶやいてみても、否定してくれる人間は存在しない。
ただ、免許証に使われている顔写真は、間違いなく隣で寝息を立てている彼女と同一人物である。
こうなると、導き出される結論はただひとつ。
平成元年が1989年だから、平成10年は1998年で……。
「ヒナさんは……27歳だ」
俺の名前はオオハラ・タカ。ヤリたい盛りの17歳。
そんな俺はある日、ついに念願かなって初体験をする。
ただ、1歳年上だと思っていたお相手は、実のところ……10歳年上だったのです!
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