番外編5
砂嶺国との戦いの直後のこと。
ディラを置いて謁見の間に入ると、まだ朝議の最中だった。
兄上と一緒だったから、入り口では止められなかったけど、ちょっと気まずい。
「陛下。標の君が戻りました。砂嶺国の戦果についてのご報告があるそうです。」
兄上がそう言うと、父王陛下はうなずいて、先を促した。
一礼して、報告する。
砂嶺国軍二万三千に対し、こちらは三万。鶴翼の陣が功を奏し、一戦目にて大方の勝敗は決したが、抵抗するそぶりを見せたので、国境の河を渡ってさらに進軍し、町を一つ落とした事。向こうが和平の使者を立ててきたので、それに応じたこと。
「深追いは致しませんでした。」
「よい。」
どのみち蝗害への対策で、こちらも手いっぱいになる。
絞れるだけ絞り取って、後は捨て置く。
戦後処理はメルト軍務尚書に一任する。
御前を下がろうとすると、兄上も一緒についてきた。
小声で何を言うかと思うと、
「ディラは良い女だな。」
は。
「そなたはどうするつもりだ?侍女のままにしておくのか?」
思わず顔を見る。
僕から見ると、兄上の方が背が高く、やや見上げる感じになる。
「毎朝彼女と会っておられたそうですね?」
「偶然な。そのつもりはなかったが、厨房裏の階段のところで、一人で朝食を取っているものだから、気になってな。」
「兄上にはあげませんよ。」
「それは残念だ。」
兄上は苦笑する風だった。
「でももしかしたら、俺のところに来たいとディラは思っているかもしれないぞ。」
ぐっと言葉に詰まった。
エシルにも言われた。
ちゃんと意思表示をしないと、兄上に取られるぞ、と。
「ディラが、どうしてもと言い出したら考えます。でも、僕からは言いません。」
「でも侍女だからなぁ。侍従長に相談したら、どうにでもなる。」
謁見室のドアの前で、小声で言い合う。
「やめてください。」
ドアを開けた。
ディラが控の間の絵を、食い入るように見ていた。
どの部屋にも絵は飾られているが、大抵宗教画だ。
なのに、ここに限っては猫が花を散らかしている絵なので、珍しいのかもしれない。
「お待たせ。行こうか。」
話しかけると、ディラの頬がぱっと薔薇色に染まった。
うん。やっぱり僕の事好きだよね?
その後エシルが王都に帰ってくるまでの数日は長かった。
その間に、「やっぱり大地の君の侍女になりたい」とディラがいいだすんじゃないかと焦ったり。
室内履きをもらったけど、縫い目がガタガタで、笑いそうになったり。
お裁縫は好きみたいなのに、不思議と下手くそだ。
でも考えはすばらしい。
サンダルを履くときも、靴を履くときも、通常みんな裸足で、寒くなると長ズボンの裾を靴の中に押し込んで風に当たらないようにする。
この短い室内履きは、靴よりも手軽にはけるし、サンダルより暖かい。
エシル将軍が王都に戻った、と報告を受けて急いで会いに行くと、顔を見るなり言われた。
「覚悟が決まったか。」
「うん。」
うなずくと、エシルは破顔した。
それは毎朝兄上とディラが会っている、というセレイからの知らせに、早く王都へ戻って取り返してこい、と発破をかけた時の顔だ。
「そうこなくちゃな。後は任せろ。」
「頼む。」
「ディラにちゃんと求婚して、うんと言わせろよ。」
「分かってる。」
耳が熱い。
いいのかな。あれは元のディラじゃない。誰かに取り憑かれているのかも。いずれ元に戻ってしまうかもしれない娘だ。
そうなった時にどうなるかは、まだ誰にも分からない。
でも、僕は今のディラが好きだ。僕が知っているのは、今のディラだけだ。
彼女が今のままである限り、誰にも渡さない。
そう決めた。
標の君から見たお話はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました☆彡
☆もありがとうございます♪
読んでいただいてお気づきの方もいるかもしれませんが、そもそも鷲羽国物語は、エシル&タニアの悲恋物語で、標の君の話はその続編でした。メルト大臣とかテュルン将軍とかエフェとか、仲良さそうなのに名前だけで登場しないキャラがいるのはそのせいです。
救済がない方の鷲羽国物語も、いつか書くかも知れません。。
その時はまたよろしくお願いします☆




