番外編4
砂嶺国との戦いに向かっている途中。
トーラの宿で、エシル将軍と食事をしていると、寄って来た従者にそっと紙を渡された。
「姫は太陽に接触。好感。」
セレイからの知らせだ。
ディラーラが、兄上に会いに行ったのか。兄上がディラーラに会いに行ったのか。短い文面からは分からない。
「あのさ、エシル。」
「おう。」
「ディラーラの中身が、誰かと入れ替わってるって話、信じる?」
エシルは、スープを口元に運んでいた手を止めた。
「信じるね。」
「ほんと?」
「俺はな、こーんな小っちゃい頃から、ディラを知ってる。」
スプーンを持っていない方の手が、テーブルの横をひらひらした。
「人見知りが激しくて、ここ十年ぐらいで顔を見たのは二回ぐらいだ。それも遠目にな。それが王宮に上がって、曲がりなりにも侍女をやってる。別人かと思うだろう。」
エシルは何とも言えない表情になった。
「他の姪っ子たちには懐かれているんだけどなぁ。」
エシルはもてる。正直、自分や兄上よりも断然もてる。
それはもう、歳が四十近くなっても変わらない。
背が高くて筋骨隆々、弓も剣も抜群に長けている。男前だし、名門の生まれ。
しかも女性に優しい。
もてないわけがない。それも男女関係なくもてる。
そして当たり前に好意を向けられるので、そうでない相手の気配に敏感だ。
たぶん、ディラーラの事もずっと気にかけていたのだろう。
「この前、欲しいものがあるって言われたときは、月でも取ってこいと言われるかと思って、ぎょっとした。普通に買えるものでよかったよ。」
スープをすする顔を見つめる。
「いいの?中身が別人でも。」
「うーん。まあ、そう言われてもな。どうしようもない。」
エシルは考える風だった。
「自分の娘だったら、もう少し心配するかもしれないが、どうもディラの母親がそれで納得しているみたいだからな。しばらく様子を見る。」
スープを飲み干すと、エシルは立って、お代わりをもらってきた。
パンをちぎって入れて、スプーンの背でぎゅうぎゅうと押しつぶす。
「どうも、お前のことが好きみたいだしな。その方が気になる。」
「え。」
出立前のディラを思い出す。
絶対、絶対、怪我なんてしないでくださいね。もし怪我したら、このお酒で傷口をよく洗ってくださいね。
二、三回繰り返された。
「戦なんだし、ちょっとぐらいは怪我することもあるよ。」
そう言ったら、急にボロボロっと涙をこぼしたので、びっくりした。
「もし、怪我したら、治るまで安静に!いいですね、絶対ムリしちゃダメですよ?」
うん。おもしろい。
どうやら彼女には、僕が怪我をする未来が見えているらしい。
その先は?
怪我をしたらどうなる?逆に怪我をしなかったら、どうなる。
セレイからの伝文を見る。
最初は、兄上の側室にちょうどいいと思って連れて来たけど。
惜しくなってきた。
「僕の事、好きなのかなぁ。」
つぶやく。
華奢で女顔。僕は今まで女の子にもてたことがない。
男に男娼扱いされたことはある。自分の顔は結構嫌いだ。
死んだ母上に、そっくりらしい。
若い頃、王都中の姫君からサロンへの招待状をもらっていたようなエシルが、それを全部袖にして選んだのが、母のタニアだった。
今でも「是非に」とお見合いの話があると聞くエシルだけど、彼女の事が忘れられずに今でも独身だ。
確かにうちの母は、美人は美人だったけど、そんなに?とも思う。
「どう見たって、好きだろう。お前だって、満更じゃないって雰囲気だ。この前出立の時に、手なんか握ったりしてさ。どう見たって、好きあっている恋人同士だ。」
「え。」
そうなのか。びっくりする。
「好きって言うより。ええと、急に泣き出すから。落ち着かせようと思って。」
目の前で泣かれたら、なだめるの普通じゃないかな。
それに、僕の侍女として連れて来たんだし。あんまり冷淡な態度もよくないかと思ったんだけど。
エシルはあきれたようだった。
「耳まで真っ赤になって、言う事がそれか?まあどっちでもいいけど、このままだと、王太子に取られるぞ。どう見たって、やつの好みだろう。お前はそれでいいのか?」
うう。
言葉に詰まると、エシルは笑い出した。
「一応俺の大事な姪っ子だからな。自分の物にしたいなら、早めに意思表示をしておけ。でないと俺の二の舞だぞ。」
その言葉が、あまりにも実感が籠っていて、ますます言葉に詰まった。




