番外編3
宝石ギルドの盟主の娘ディラーラは、相当な引っ込み思案。対人恐怖症。
家の者でも、馬丁や門番はほぼ姿を見たことがないぐらい、外に出ない。娘同士のお茶会にも行かないし、買い物にも出ない。
今までにも何回か結婚の話が出ていて、お見合い相手が訪ねて来たことがあるけど、姿を見た瞬間逃げられる。無理にテーブルに着かせると、口もきけないぐらい泣きながら震えている。
さすがにこれでは、と今までに七回、お見合いを断られている。
「ええ?」
今のディラを思う。全然違う。別人だ。
セレイはわざわざお見合い相手に接触して、その話が本当かどうか確かめたらしい。
そして最終的に、ディラの実家の小間使いに接触した。
サディナが、娘をエシル将軍の家に侍女として遣わしたのは、荒療治というか、しばらく一緒にいたら少しは男性に慣れるんじゃないか、との思惑があったらしい。
それが侍女として王宮に上がれと言われて、「泣かなかった。」
心底驚いたし、もしかして標の君に惚れて頑張る気になったのかも、とも思ったが、それにしてはあんまりにも、前と違い過ぎる。
サディナの家族たちは、額を寄せて、相談した。
結論は「中身は別人」。
元に戻すよう、医者を、あるいは祈祷師を呼んだ方がいいんじゃないか、とサディナが言ったのに対し、ディラパパのレファンは、しばらく様子をみようと提案した。
「このまま家の中に引っ込んでいても、どうしようもない。取り憑かれていようとなんだろうと、どこかへ片付いてくれればそれに越したことはない。」
七度もお見合いを断わられた年頃の娘を持つ父親の、偽らざる本心と言ったところか。
「二重人格だったら、どこかの密偵とかの可能性はない。しかし取り憑かれている場合は、その取り憑いた誰かが密偵の可能性がある。」
密偵。
笑いそうになる。
あの雑な性格の、どの辺が密偵なんだろう。
うまく王宮にもぐりこんだ手際はすばらしいが、それ以降は穴だらけだ。
「分かった。ありがとう。報酬は小麦の優先販売権でいい?」
「おう。助かる。」
蝗害が起こると、どうしてもその周辺では小麦の値段が上がる。
セレイはそれを見越してどっさり小麦を買い付けていて、砂嶺国周辺で売るつもりなのだ。
商人だなぁ。
一応、国王軍の騎士団の一番下っ端に所属しているけど、騎士団の仕事はほとんどしていない。大抵お金で片を付けるので、
「お前、もう辞めろ。」
とエシル将軍に言われている。
翌朝、父王陛下に呼ばれた。
そろそろかな、とは思っていた。
砂嶺国に、こちらへ進軍する気配がある。おそらくその相談だろう。
でも話を聞いて驚いた。僕にも出陣しろとのことだ。
初陣だ。まさかと思う。
このまま飼い殺しかと思っていた。
王子として出陣するという事は、父王陛下の名代ということでもある。
僕をきちんと、王家の一員として認めるという事だ。
でもいいのかな。
兄上が行きたいのでは。
僕の顔色を見て、兄上は笑った。
「そなたに行って欲しいのだ。よい知らせを待っている。」
エシル将軍の麾下、第三騎士団と歩兵二個大隊をつけてくれるという。
よし。それだけあれば、もう勝ったも同然。
意外にディラが難色を示した。
まさか王后陛下の手先なのか?僕に手柄を立てさせるのが嫌なのか?と怪しんだけど、単純に、心配だっただけみたい。
一緒に行きたい、とか言いだして参る。
戦争に、一緒に行きたい女の子って、相当変だ。
中身は実は男なのか?
しかし男にしては、潔癖すぎる。
他の女官に聞いた話だと、毎日体をお湯で拭いて、二日に一回は髪を洗っているらしい。今はまだ暖かいからいいけど、冬になったら凍えるだろう。どうするんだ。
一体誰が取り憑いているのかな。
セレイが心配していたけど、密偵の可能性は限りなく低い。
何しろ動きが大雑把で、目立つ。そんな密偵は聞いたことがない。
そして、本当に意外だけど、なんだか僕の事をとても心配しているみたい。
怪我するのが前提みたいな言い方をする。
一応剣の鍛錬はしている。
そこまで「怪我が心配」と言われるのは心外だな。
それに、剣も馬も使えない女の子が、「一緒に行けば私が守れる」みたいな言い方をするのも変だ。
何故だろう。
「俺の手下が見張っておくから。何かあったら知らせる。」
セレイがそう言ってくれなければ、気になって王都から離れられなかっただろう。
「確かに変な女であることは確かだな。占いでも使うのかもしれねぇ。」
「占い?」
「俺がお前を見失ったままだったら、この砂嶺国との戦いに出遅れていた可能性がある。王宮に戻ってきたのは、あの女のせいだろ。この流れを見越していたのかもしれねぇってことだよ。」
それはつい先日、僕がディラに言ったことでもある。
もし王都を留守にしていたら、手遅れになっていたかもしれない。
そもそもエシル将軍の家に寄ったのは、二日ほど泊って旅の疲れを癒し、その間に将軍が、自軍の様子を見に行くためだった。
それが五日に延びたのは。
そう。ディラが「靴を作れ」といったせいだ。
そのあいだに、彼女がメルト大臣と繋ぎを取った。
あのきらっきらした、何か企んでいる瞳を思い出す。
なるほど。占いか。
彼女には何か、未来を見ることが出来る力があるのかもしれない。
俄然、興味がわいてきた。
彼女はいったい、どんな未来を見ているんだろう。




