番外編2
「よぉ、ファリス。やっと戻ったな。」
中庭の噴水の縁に腰掛けていると、セレイが来た。
「うん。」
エシル邸から王宮に戻るまでの間に、セレイの部下の姿を見た。来るだろうと思った。
「見失ってから長かった。あの人すげぇな。」
どう見ても目立つガタイなのに、セレイの持つ情報網から簡単に身を隠す事が出来る。
エシル将軍は、そういう人だった。
「落ち着いたら連絡しようと思ってたよ。」
弁解すると、セレイは肩をすくめた。
「どうかな。俺は、もうお前は外国に行くしかないと思ってたからな。」
鋭い。
「でもいいところに戻って来た。」
「何。」
「砂嶺国に、バッタが大発生している。多分十日も経たずに北上し始める。砂嶺国の連中はパニックになってる。」
背中がピリッとした。
昨夏とこの夏の気候から、そんな傾向は見て取れた。
鷲羽国は対策を進めた。こちらに来なければ良いと思っていた。
「通りの向こうが見えないぐらいのバッタが飛んでるらしい。」
想像するだけで寒気がする。
「ここまで来るだろうか。」
「まだ分からない。でも砂嶺国の連中は、ちょっと落ち着いたら、自分たちの食糧倉庫が空になっていることに気づくだろうな。」
「了解した。エシル将軍にも報告しておいてくれ。」
一戦交える可能性がある、という事だ。
「それにしても、あのお嬢さん、どうするつもりだ?」
セレイが聞いてきたのは、ディラのことだ。
今頃、女官寮で自分の荷物を紐解いているだろう。
「惚れた?」
「いや。変な子なんだ。ちょっと気になる。」
「調べようか?」
「頼む。」
女官寮に迎えに行って、中庭をウロウロする。隠れてこちらを見ているはずのセレイに、ディラがどんな娘かをたっぷり見てもらう。
普通にしていれば普通の女の子なんだけど。
本当に変わっている。
昨日など、僕が貸した服で男の格好をして、拳闘の真似事を始めた。
急にエシル邸にやって来た兄上の口が、一瞬だけあんぐり開いたのを見逃さなかった。
だけど、兄上の好みだろうとの狙いは外さなかった。
彼女が話し始めたら、兄上の雰囲気があからさまに柔らかくなった。王宮にすんなり帰参出来たのは、彼女のおかげだ。
僕の侍女にと連れてきたけど、それだけじゃない。
どのみち王太子である兄上は、跡継ぎを求められる。今の婚約者のシーリーン姫とはいまいち相性が悪いらしく、彼女がまだ未成年だからと結婚を引き延ばして、自分は娼館通い。
近いうちにきっと予備が必要になる。
兄と歳が近くて婚約者がいない娘。しかも兄の好み。ディラはぴったりだ。
これは是非手元に置いておかなくては。
でも五日経ってもセレイからの報告はなかった。
通常、王都の住人の人別鑑定は三日ぐらいで大まかな報告が上がってくる。
こんなに時間がかかる事は滅多にない。
まして、エシル将軍の姪だと身元もはっきりしているのに。
その上、馬場にいる時に遣いが来て、
「もう二日待って欲しい。」
と言われた。
どういう事だろう。何が起こってる?
その間にも、ディラは一人でガンガン戦っている。
食事は温かい物を、わざわざ厨房まで取りに行くし、服の用意も部屋の掃除も全部一人でこなしている。
色々矢面に立ってくれてありがたいけど、そんな風に人の仕事まで手を出したら、女官たちに恨まれるだろう。
言ったほうがいいのかな。
時々は僕の、チェスの相手もしてくれる。
それもかなり強い。
不思議だ。女の子のする遊びじゃないのに。
どうして婚約者がいなかったんだろう。
あの破天荒な所を嫌がられて、婚約に至らなかったのかな。
六日目の午後に、やっとセレイが来た。
「何か問題が?」
聞くと、珍しくセレイが言葉に詰まった。
「結論から言うと、ディラーラ嬢は二重人格か、何かに取り憑かれている可能性がある。」
「は?」
「いや、俺だって、こんな突拍子もない事を言いたかないけどさ。」
ブックマークありがとうございます☆彡
標の君編、もうちょっと続きます。。




