第65話 むせる。
「実はね、そもそも『鷲羽国物語』は、昔とある女の子が考えた話なの。それを私が小説にしたてたのよ。だけど、その子の名前が分からなくてね。どこに住んでるかも分からないし。原案に名前を載せたいんだけど、どうしようもないでしょ?だから、ああやって謎クイズを出して、原案の子を探してるって訳なの。」
夜空先生は、話し方もパキパキしている。
なるほど?
「じゃあ、その子だったら裏設定を知ってるから、話に出てこない人の名前も分かるはずってことですか?」
「その通り!」
先生はニコニコしながら、運ばれてきたフライドポテトに手を伸ばした。
「問題はねー。こうやってイベントをやっても、なかなか見つからないって事なのよ。本を読んでても、イベントに来てくれるか分からないし、そもそも自分が原案者だって気が付いていない可能性もあるし。謎クイズをやってくれないと、その子だって分からないし。」
「あー。ですね~。」
うんうんうなずく。
原案があったんだ。
オドロキ。
私の前に、コーヒーが置かれた。
お兄さんが戻ってきていて、作家先生の前にもコーヒーを置いて、自分はオレンジジュースを手に取った。
「だからね、謎クイズに正解するってだけでも、原案者の可能性大ありなのよ。あなた、本当に、原案の子じゃないの?」
「いやいやいや。そんな畏れ多い。」
私は慌てて手を振った。
「私は先生の作品のファンですけど、原案なんて、そんな。」
「そうなの?」
「本当に申し訳ないんですけど、三年前に『鷲羽国物語』を読んで、初めて先生の事を知ったぐらいですから。」
クリームスパゲッティが運ばれてきた。
どうぞ、気にせず食べて、と言われて、口をつける。まあ、いつもの味。
「だけど、あの謎クイズ、二問正解したって、陸が言ってたわよ。」
先生が、弟を横目で見る。
「それも、即答だったって。」
「えー。偶然ですって。」
どうしよう。
なんか、言っていいのか悪いのか。鷲羽国物語の世界に行ってきましたって?
いや、だめでしょ。
どう考えたって中二病患者だ。
それより、原案者が気になる。
偶然かー。まあ、それもなくはないわよねーとか話している先生に、思い切って話しかける。
「どういう状況でその原案の子とお知り合いになったんですか?名前も分からないって不思議ですよね?」
「まあねー。」
片手でフライドポテトをつまみながら、先生は片手でコーヒーを飲む。
「その子の事で、分かってる事もあるのよ。東京近郊在住。小さい頃に両親を亡くして、祖父母と暮らしてたんだけど、その祖父母も亡くなって、一軒家から単身用アパートにお引越し。」
スパゲッティが口から出そうになった。
慌てて飲み込む。
むせた。
「大丈夫?」
咳込む私に、先生はびっくりして中腰になる。
「水は?」
「だ、大丈夫です。」
ひとしきり咳込んだ後、ようやく落ち着いた私に、さらに追い打ち。
「ええとね、そうそう。なんだっけ。なんとかって大学の学生で、国際文化・・・なんとかって学部にいたらしいわ。もう卒業したかもしれないけど。」
国際社会文化学部です。
「大学の名簿で探せるのでは。」
ちょっとだけ抵抗してみる。
「それがねぇ。いくつか当たってみたんだけど、個人情報とかうるさくて、なかなかよ。」
なんか変な汗がいっぱい出て来る。
ちらりと見ると、さっきまでしょぼくれていたお兄さんが、ニコニコしながらこっちを見ていた。
「さ、三年前に書いた小説の原案者が、当時大学生だったら、もう卒業してるのでは?」
さらに抵抗してみる。
「まあねぇ。どのみち、大学の情報からは辿れないし。困ったもんよ。」
先生の前にドリアが、お兄さんの前にはハンバーグが運ばれてくる。
お兄さんは、優雅な手つきでハンバーグを切り分け始めた。
「僕はファリス」と言った、お兄さんの言葉が蘇る。
ほんとかな。
中身が標の君なんてこと、あるのかな。
「り、陸さんは、さっきなんかカタカナ名前をおっしゃってましたけど、あれは?あれも鷲羽国物語の登場人物なんですか?」
姉弟は、顔を見合わせた。
「何か言ったの?」
「ええと、まあ・・ファリスの名前を出したけど。」
お兄さんは器用に肩をすくめた。
「で?」
「玉砕。」
お姉さんは、あっはっはと笑い出した。そして笑いを収めると、
「こちらからは結構カードを見せたわよ。あなたはどう?謎クイズに二問正解したのは、やっぱり偶然?」
正面から見られて、うーっとなる。
どうしよう。どうしよう。
でもまあ、笑われてもいいか。
なんか、本当に、私の事を探しているみたい。
「三問目の答えは、エルデム。でしょ?うちの子の名前にもらいましたから。」
今度は盛大に、お兄さんがむせた。
泣きながらむせるので、お店の人が「大丈夫ですか?」と声をかけに来るほどだった。




