第63話 なんとなく
「第五問の答え、どうして分かったんですか?」
トークショーの邪魔にならないよう、小声で聞かれる。
でもそんなこと聞かれてもなー。
「なんとなくです。」
「裏設定集が漏洩したのかと、怪しんでいます。」
「いえいえ。ほんとに何となく。」
「じゃあ、他の問題は分かります?標の君のお母さんの名前は?」
「・・・タニア、ですかね。」
お兄さんは、ぐっと黙り込む。
あ、これは疑われている。
「あの、ほんとに、裏設定集とか知りませんし。ほんとに、何となくなんです。」
「じゃあ、もう一問。エシル将軍のお父さんの名前は?」
ああ。
エルデム。うちの子の名前にもらった。涙出そう。
天使みたいに可愛かった。四歳になったばかりだった。元気にしているだろうか。
「なんで泣くんです?」
「ほっといて下さい。トークショーが聞こえないので、静かにしてもらえます?」
「すみません。」
お兄さんは黙った。
だけどもう、トークショーの内容なんて頭に入ってこない。
おしゃまなタニアは、どうしているだろう。
ちゃんと字の練習をしているだろうか。あんなに欲しがっていた仔馬は買ってもらえただろうか。だけど王都の大公邸の厩は、もういっぱいいっぱい。
領地の方に行かないと、仔馬だろうとなんだろうと、厩に入れることはできない。
ハールーンは二歳だった。もうイヤイヤの真っ盛りで悪魔みたいに手が焼けたけど、それですら今は懐かしい。私に似た髪の色で、いい感じにモヒカン刈りみたいに逆立っていた。もうちょっと伸びたら、かわいい三つ編みにしようと思っていたのに。
拍手が起こった。
トークショーは終わったみたい。
「そして今日はなんと、あのクイズに五問全部正解された方がいらっしゃるということで、ここにお呼びしてみましょう~。」
えー。
仕方ない、立ち上がる。
「ディラーラ。」
呼ばれて、思わず振り向いた。
隣のお兄さんと目が合った。
わあ。
思わず振り向いちゃったけど、なんで私の名前を知ってるの。
あ、裏設定集か。
いやいや。
急に呼ぶとか、反則でしょ。
壇上で、司会のお姉さんが手招きしているので、急いでそちらに向かう。
「はーい。おめでとうございます~!」
作者の夜空ひかり先生が笑顔で、握手の手を差し伸べて来る。
その手を握った。
あったかい。
「みなさんご存知の通り、この謎クイズ、本編に出てこない問題がでてくるので、なんで?と思われている方も多いと思います。」
うながされて、椅子に座る。
「このクイズはですね、一つは皆さんに、何度も「鷲羽国物語」を読んで欲しい、という願いと、あともう一つ、皆さんの発想力というかね、今度はどんな解答が集まるんだろう、という私自身の楽しみがあるわけです。鷲羽国物語では、特に登場人物の名前を考えるのが大変だったので、みなさんにも一つ、頭を絞って考えて頂こう、という感じです。正解はもちろん、ちゃんとありますので、次回も皆さん、ぜひチャレンジしてください。」
夜空先生は、さらっとそんなことを言って、あとはよくある、
「今日はどちらから?」
「鷲羽国物語、何回ぐらいお読みになりました?」
「他のお話も是非読んでくださいね!」
みたいな感じで、トークは終了した。私が先生になにかを聞く隙はなかった。
まあ、仕方ない。
続いてサイン会。
そこも私は遠慮しておきます。
見たところ、サインして握手してもらっても、一体どんなきっかけであの話を書こうと思ったのか、なんて聞けなさそう。
私、鷲羽国物語の世界に行ってきたんですよ、とか。
頭のおかしい人だよね。
やめておこう。
スタバでコーヒーでも飲んで、帰ろう。
特製トートバッグは目立つので、もっていたエコバッグの中に押し込む。
ぎゅうぎゅう。
そして歩き出そうとすると。
「待って。君。」
さっきのお兄さんだ。
立つと背が高い。
前髪長くて、表情が今いち分かりにくいので、ちょっと怖い。
トークショーの関係者だよね?でなかったら、ただの怖い人だ。
「なんですか?」
「あの、その、僕、あの、ファリス、と言います。」
はぁ。
・・・。
「え?」
標の君。
え、嘘でしょ。いやいやいやいや。
スタッフの人だもん。裏設定集を読んだに違いない。
「日本人に見えますが。外国の方?」
思わず突っ込む。
「いや、ええと、それは、あの、本名は違うんですが、ええと。」
「ナンパはお断りです。」
ぴしっと言うと、お兄さんは絶句した後、肩を落とした。
「ごめんなさい。ある人を探していたんですが、間違えました。失礼しました。」
ぴょくっと頭を下げて、スタッフスペースの後片付けの方に行こうとする。
ちょっと気の毒だったかな。




