第52話 死亡フラグ
大地の君はびっくりして、しばらく声が出ない。
「危険だ。」
「でもそうでなくては、この策は進められません。」
「そなたが出るとは聞いてない。それならこの策はなしだ。」
「勝つ確率を、かなり上げられます。それに危険かどうかも、やってみなくては分からない。」
標の君の策は、こうだ。
きっと羊蹄国は、前回と同じルートで来る。前回は砂嶺国に横から突かれたせいで、負けを喫したが、今回は密約のせいでその心配がない。
全力で向かってくるだろう。
おそらく前回と同じ規模、兵力としては三万から五万。
そのまま鉄鉱山を占領下におくことを目指している。
こちらも、出せるとしたら五万か六万程度の兵力。
まともに当たったら、勝てても相当の死者数が出る。
なので、天羽山地に巣食う、山賊を使う。
彼らに武器を与えて、羊蹄国の村を襲わせる。動揺に乗じて、国都を攻撃する、あるいはそのように見せかける。
羊蹄国としては、ある程度の兵力を割かざるを得ない。
また、南の方を根城にする山賊には、そのまま羊蹄国軍の背後を突かせる。
こちらは、さほどの被害を与えられなくても、背後に注意を向けさせるだけで羊蹄国軍は消耗するだろう。
わー。超卑怯。
でも鷲羽国の王族としては、自国の民を守ることが一番だから、仕方ない。
問題はその作戦に、標の君が自分で参加する、と言っていることだ。
そこまでしなくてもいいんじゃない?
「そこまでしなくても、勝てる。」
大地の君は断言した。
「分かっています。でも、無駄な戦いはしたくない。」
「その作戦では、卑怯者のそしりは免れない。」
「だから秘密です。兄上は何も知らなかったことにして下さい。失敗して元々だし、僕は別に卑怯者と呼ばれても、なんの差し障りもない。」
「失敗してそなたに何かあったら、ディラが悲しむだろう。」
そう!そうです。
ぶんぶん首を振っていると、標の君はにっこり笑った。
「大丈夫。ディラは僕の勝利の女神ですから。何かあったりはしません。お任せください。」
ただ、軍資金が必要なので、そこは融通してほしい。
それからエシル将軍の力を借りたい。隠密行動になるので、気心の知れた者についていてほしい。配下の騎兵も、百人ほど。
標の君の要請に、最初は渋っていた大地の君も、相当考えた挙句、うなずいた。
「分かった。何とかする。ただし約束だ。そなたも無事に戻ってくるように。ディラを泣かせるな。」
「無論です。」
えええ。オーケーしちゃうんだ。
やだなぁ。
大地の君が帰った後、標の君は私を応接室のソファに座らせた。
「話は理解したね?」
「まあ。大体は。」
「陛下の許しをもらったから、早速色々始めようと思う。あまりこちらにも帰ってこられなくなるかもしれないけど、いいね?」
いいね?と言われても。
「他の誰かに任せることは出来ないんですか?」
ああ。早速涙が出そう。
「セレイがすごく動いてくれている。山賊たちの中にも、セレイの配下が何人か入り込んでいる。だけど、山賊の頭領を動かすには、やはり地位のあるものが交渉に行かないとね。」
標の君は、私の手を握った。
「大丈夫。エシル将軍もついてきてくれる。君の父上は、本当にすごい人なんだよ。安心して。」
凄い人なのは知ってる。
でもそれとこれとは話が別だ。
「どれぐらいかかりそうなんですか?」
「うーん。羊蹄国の出方にもよる。今は種まき時で雨が多い。羊蹄国は雨が降ると、すぐ川が増水して渡れなくなるんだよ。だから進軍して来るとしたら、夏以降だな。」
「この子が生まれる頃には帰って来られそうですか?」
お腹に手を当てて聞くと、標の君はちょっと言葉に詰まった。
「前回は、進軍から決着まで一か月かかった。それぐらいは最低でもかかると思ってて。」
予定日は九月の始め。
夏以降に戦争が始まって、一か月かかるなら、標の君が帰って来られるかは微妙だ。
「戦争が終わったら、君に話したいことがあるんだ。」
標の君は優しく言った。
「だから大丈夫。絶対帰ってくるから。」
え。うそ。
今ここで、死亡フラグですか?
そんな典型的な?
ええー。うそーん。やめてー!




