第46話 あけましておめでとうございます
年末年始の王室の行事は全部キャンセルになった。
めっちゃつわり。
私はずーっと船酔いしているみたいだった。
吐かないし、ちょっとは食べれるけど、もうずーっと気持ち悪い。
私は、ひどい流感にかかったことになっている。
「伝染したら申し訳ないので。」
と標の君は、周りに言い訳した。
王后陛下にはめっちゃ文句を言われたらしい。こんな大事な時期に、病気になるなんて、みたいな。大地の君の次の婚約者がなかなか決まらないので、イライラしているらしい。
でも、大地の君と国王陛下にはちょっと会いたかったなぁ。
国王陛下は、あれ以来、まあまあ元気を維持していた。
このままなら、孫の顔を見せるという約束は守れそうだ。
私も気を付けないとね。
しばらく屋敷の中に、妊娠・出産について詳しい人が誰もいなかったので、心細い思いをしていると、年が明けたある日、急にサディナがやってきた。
「あけましておめでとうございます。妃殿下。」
あ、年始の挨拶ね。
とか思っていたら、顔を寄せて、
「ご懐妊おめでとうございます。話は兄から聞きました。腕のいい産婆を知っておりますから、お任せくださいな。」
ああ。
さすがのエシル将軍。さすがのサディナ。
なんて気が利くんだろう。
じーんとしていると、サディナは私を抱きしめた。
「心細かったでしょ。もう大丈夫よ。それにしても、私ぐらいには知らせなさい。お母さんでしょ。事情はあるにせよ、黙ってるなんて水臭いじゃないの。」
はい。ごめんなさい。
思わずまたポロポロ涙が出た。
「だって、標の君が誰にも知らせるなって言うんですもの。」
「はいはい。分かってますよ。家の者にも内緒なのよね?まかせなさい。」
わーん。おかあさーん。
生きてたら、ホントのお母さんもこんな感じだったのかな。
もうすぐ五か月と聞くと、あったかくしなきゃだめよと、毛糸の腹巻を出された。年季が入ってるなぁと思ったら、サディナが、ネスリンを生むときに使ったものだという。
おかあさーん・・。
サディナはリナといろいろ相談して、肉や魚はよく火を通さなくちゃとか、お酒はだめよとか、背伸びはダメ、高い靴はダメ、といっぱい指示して、大体六か月ぐらいまではつわりが続くと思うから、無理せず気を楽にね、と言われた。
「ネスリンを早めに寄越しますからね。あと、伯父様とも相談して、もう一回ミッテとシースを寄越します。ミッテは三人産んでるし。シースは十二人兄弟の一番上ですからね。いろいろ分かっていると思うわ。」
そーなんだ・・。色々分かる、個人情報。
せっかく元の家に帰したのに、なんだか申し訳ない。
でも確かに心強い。
ずっと一人で抱え込んでいたリナも、ホッとしたようだった。
翌日、ネスリンとシースさんがやってくる。
サディナから色々持たされたとかで、なかなかの大荷物。こんなの持ってきたら、なにかあったと周りにバレそう。
さらに数日後、ミッテさんがやってきた。こちらはバッグ一つの身軽さ。
「なんだか大騒ぎだなぁ。大丈夫かな。」
標の君は不安そう。
そう言う旦那様も、普段は領地にいる大公騎士団から、五人ほど呼んで、交代で大公邸を護衛してもらっている。その方がよっぽど物々しいと思うけど。
そもそも王都の大公邸には、こちらはこちらで護衛隊が十人ほどいて、交代で屋敷内外を見張っている。そこに五人増えたら、互いに顔見知りとはいえ、やりにくそうだった。
新年のあいさつとか、顔合わせとか、そんな行事がだらだら続く。
それがひと段落して、本来ならそろそろ領地に戻ってもいいぐらいの頃合いになっても、大公家がずっと王都に残っているので、大地の君がある日不意に、屋敷を訪れた。
「何かあったのか。」
急な訪問に不意を突かれた標の君は、あたふたしている。
つわりもそろそろ落ち着いてきた私は、リナに知らされて、応接室まで大地の君に挨拶に出た。
「だって、あっちの家は広すぎて、寒いんですもの。」
新年の挨拶の後、訪問の理由とかを聞いて、私はさらっと言った。
大地の君はふーんと唸った。
「それだけか?」
ちらりと、意味ありげに標の君を見る。
「今、王太子派の連中が、何やらこそこそ動き回っている。やめろと言っても聞かぬ。セリム大公は、王都にあまり長居したくはないのではないか?」
セリム大公こと標の君は、あーとかえーとかいうばかりで、うまい返しが見つからないらしい。
「領地の事だって、まだ心配だろう。なのに、ここの護衛を増やしてまでここにいる。ということは、何かしら王都に残らざるを得ない事情が出来たという事だ。それは何だ。」
相変わらず、はっきり聞く人だなぁ。
「ええと、そろそろ領地の方に戻るつもりでした。」
安定期に入ったので。
「で?」
「えーと。」
思わず標の君と顔を見合わせる。
もう言っちゃってもいいかな?と目で相談。
いいんじゃない?と目で応じる。
そして標の君が、大地の君に顔を寄せた。
「ディラに子供が出来ました。順調なら、六月ごろには出産になろうかと。」




