第45話 ごかいにーん
シーリーン姫の時ほどではないけど、婚約解消ってめっちゃ体力いる。
結婚前提で進んでいる、あれやこれやを全部元に戻さないといけないし、お金もかかるし、ほぼ離婚するのと同じぐらい、いろんな手続きがいる。
もっともリナの場合、結婚前からもう破綻することが目に見えていたし、例えば実家同士の事業の提携とかそういう話もなかったし、後はお互いの面子の問題だけだったので、どちらかといえばすんなり婚約解消できた、と言える。
大公妃殿下が、是非にもリナを侍女にしたいと言っている、婚約者には三年待たせた末の婚約解消につき、持参金については、事前に準備されたものと同額を大公家で支払う、と言われれば、双方まあこの辺りが落としどころか、という感じだった。
それでも、そこに行きつくまでに結構時間がかかった。
年末年始を王都で過ごすのに、間に合わないかと思うぐらい。
やっとのことで、領都から王都へ、皆を引き連れて帰って来たけど、本当に疲れた。
妹のネスリンも一度、実家に帰す。
ミッテさんや、シースさんも、それぞれ元の家に戻した。
期間限定で来てもらっていたので、心細いけど仕方ない。
私も、本当なら二人について、エシル将軍の家とか元の実家とかに顔を出したいところなんだけど、疲れてそれどころじゃない。
あちこちお出かけする標の君を放ってグーグー寝ていると、二日目にはとうとうリナが朝食をベッド際まで持ってきてくれた。
「妃殿下?お召し上がりになりますか?」
「ありがとう~。でももうちょっと寝かせて~。」
ゆっくり朝寝って幸せなんだよね~。
リナは、私の侍女になると決まってから、また一段と綺麗になった。
心労が取れたんだろうと思う。
ちょっと早まったかもしれない、と心配になる。
標の君と二人で話しているのを見ると、胸がチリチリするけど、本来割り込んだのは私の方かもしれないので、そこは我慢する。
「少しお召し上がりになって、またお休みになればいいじゃありませんか。」
そうかな。
起きて、リナが持ってきてくれた朝食に手を付ける。
でも、食っちゃ寝生活だから、そんなにお腹空かないのよねー。
スープに、パンを浸して食べる。
あー、なんか気持ち悪い。
ん?
風邪でも引いたのかな。
いつものおいしい朝食が、いまいちのどを通らない。
「やっぱり、もうちょっとしてから食べるわ。ごめんなさい。」
下げてもらおうとすると、リナがきらっきらの目で私を覗き込んだ。
「妃殿下。ご侍医をお呼びしましょうか?」
「お医者を呼ぶほどではないわ。疲れてるだけだから。寝てれば治るわよ。」
なるべく軽く応じる。
「いえいえ。そうではなく。」
リナは私の手を握った。
「ご懐妊なのでは?」
はい?
リナの事でバタバタしていたから、意識してなかった。
そりゃ、やることやってれば、結果はついてくる。
結論。どうも妊娠したみたい。
標の君はすごく喜んでくれたが、一方ですごく慎重だった。
「お腹が大きくなって、ごまかしきれなくなるまで、赤ちゃん出来た事は内緒だよ。」
「どうして?」
「王太子派の連中に、狙われるから。」
え。今さら?
聞くと、宮廷内にはざっくり王太子派と大公派の二つの派閥があり、それぞれそれなりに暗躍しているらしい。
「大公派があるんですか?」
「兄上に比べて、扱いやすいと思われてるって事だよ。」
今まで王太子派が圧倒的だった。
それが、シーリーン姫との婚約破棄とか、国王の体調悪化時の悪い噂とかを経て徐々に弱体化し、代わりに、表からも裏からもエシル将軍の助力を得られる標の君、を支持する派閥が、力を増してきた。
この度、ファルク将軍の縁者であるリナが、大公家の侍女になったという事も大きい。
そのため、王太子派が危機感を感じて、いろんな意味で標の君に攻撃を仕掛けてきている。
もしかしたら、私も攻撃の対象になるかもしれない。
「誰にも言わないでね。実家にも言わないし、義実家にも言わないで。」
そんなに?
子供出来たって聞いたら、サディナもアイカおばあ様も喜ぶだろうにな。
ちょっと不満顔をしていると、標の君はぎゅっと私を抱きしめた。
「危険だから。エシル将軍には僕から伝える。王都の警護を少し多めにしてもらう。」
「それは・・物理的な攻撃があるかもってことですか?」
「前も見たでしょ。僕や兄上の知らないところで、向こうやこっちに襲撃があるかもしれないんだ。一人なら走って逃げられても、妊娠していたら無理ってこともある。大事にしてほしいんだよ。」
なんてことでしょう。
今、王都に戻って来たばかりで、屋敷の中に人が少なくてよかった。
私が体調を崩したのは、リナと、医者を呼んできた女中、御者兼厩番の三人だけしか知らないし、妊娠していたことはリナしか知らない。
これをずっとキープ?
ハードル高い。うっかり言っちゃいそう。




