第43話 運命の女性
「おはようございます、妃殿下。」
朝、お風呂を入れてもらう。
一晩で色んな所がぐちょぐちょになるので、恥ずかしいけど、入らずにはいられない。
そもそもお風呂に入りたい私のために、厨房近くにお風呂場を増設してもらっている。洋式なのでちょっと使いづらいけど、ないよりずっとまし。
こっちの人は、あんまりお風呂に入らない。
大きめの盥に水をためて、入るときでも水風呂。
空気が乾燥しているから、お風呂に入らなくても気持ち悪くはならない。
でもあんまり日が経つと、ちょっと臭う。しばらくは香水でごまかして、ごまかしきれなくなったら、水風呂。
そんな感じ。
最初は抵抗あったけど、まあ、慣れた。
自分だけ清潔だったら、もう後は見ないことにしている。
でも今回、わがままを言って、お風呂を作ってもらった。
そのお風呂番を、リナはしてくれている。
水汲みとお湯を差すのは、下女がしてくれてるんだけど、その湯加減みたりとか、私の髪を洗ってくれたりとか。ありがたい。
いい子なのよねー。リナは。
気が利くし。働き者。
ファルク将軍の奥さんの姉の娘で、小麦ギルドの盟主の娘。身分は庶民。
私と一緒。
だから、ファルク将軍の養女になれば、私と同じ、大公妃としてこの地位にいることも可能だったはず。
私と違うのは、婚約者がいたかどうかだけ。
でもそれだって、本気になれば婚約破棄という手段が使えたはず。
それをしなかったということは、リナの方は、婚約破棄するほど標の君に惚れてはなかった。または婚約破棄をできない事情があった、ということになる。
前者だと、ちょっと標の君が可哀そう。
後者だと、リナも可哀そう。
あーだめだめ。今さら事情を知ったところで、どうにかできるわけでもないし。
まさか一緒に、標の君の奥様をやりませんかっていうわけにもいかない。
今はただひたすら、リナの幸せな結婚を祈るだけ。
「僕の奥さんは、今度は何を考えているの。」
夕食の後、標の君がおもしろそうに聞いた。
「あのー、シースに、タペストリーをもう少し分厚いものに代えましょう、って言われたので。」
「ああ。」
石造りの家は、声がすごく響く。
その対策として、どの部屋もカーペットやタペストリーが敷き詰めてあって、声が響かないようにしてある。普通の声なら、そんなに響かない。
ただ、もう、ちょっと、大きな声を我慢しきれない時がある。
ほんとに、もうどうしようもない。
標の君に、手加減をお願いしても
「いっぱい聞かせてやればいいじゃないか。」
とか言われて、超恥ずかしい。
結婚してから分かる、標の君の、悪趣味な一面。
後継ぎを作るのは貴族の義務とかで、うちはどのみち一代限りだし、とか思ってたけど、結局王太子に何かあった時のために、子供はやっぱり必要なんだって。
だからって、ほぼ毎日はちょっと、腰に来る。
それに、タペストリー代えましょう、なんて言われたら、声が響いてますよ、と言われてるのと同じなので、ほんと、いたたまれない。
もっともこれが王太子だと、同じ部屋の中に近衛兵だのお付きの女官だのがいるらしいので、まだマシかも。
そんなことされたら、恥ずかしくて死ねる。
「シースにまかせてもいいですか?」
聞くと、
「家の中の事は、君が好きにするといいよ。」
との返事。
最近、ぐっと大人びて、もはや美少年というより美青年。
私の理想よりは線が細いが、いい筋肉がついて、惚れ惚れする。
去年の、アバラが浮いた胸の面影はない。
毎日、領地の経営のために、元々ここを任されていた行政官と、話し込んだり出かけたりしている。忙しいはずなのに、ちゃんと剣の鍛錬も欠かさなくて、朝、その後に水浴びをしている。
それを見て女中たちが、陰できゃあきゃあ言っているのも知ってる。
お手付きを狙ってるのも知ってる。
ま、誰にも渡さないけどね。
「リナの結婚はそろそろなのでは?まだこちらで働いてもらっていて大丈夫なのでしょうか?」
結婚は通常、十八か十九で行われる。成人が十八歳で、新郎のほうが成人したら、新婦の方は少々未成人でも結婚てことになりやすい。
そしてリナは、標の君の一個上。つまり私よりも年上になる。
本当ならもう結婚していておかしくない。
「そうだね。この冬に結婚とは聞いているよ。ただ、結婚後も通いで働きたいそうだ。」
「え?」
リナは、大きな商家のお嬢さんだ。
正直、女中じゃなくて侍女でもいいぐらい。ていうかそもそも、働かなくてもいいぐらいの、いいとこのお嬢さんなのに。
「どうしてですか?」
「だめかな?」
「いいえ、そりゃ助かりますけど。嫁ぎ先のおうちは、それでいいとおっしゃってるんですか?」
「いいらしいよ。じゃ、頼んだよ。」
さらっと流された。
いいとこのお嬢さんが、新婚なのに、よそのお家で女中として働く。
うーん。
元の世界でも、家事代行業とかで働くお嬢様はいたかもしれないけど。
こっちの世界では、ほぼありえない。
標の君も、それは分かっているはず。やっぱり何か事情があるんだ。




