第42話 プロの手ほどき
リナは明るい髪の色をした、ふわふわの巻き毛の少女だった。
そこにいるだけで目で追ってしまうような、目立つ可愛い娘。
そりゃ、標の君も恋に落ちるよ。
どうしよう。
何でここに。
「この大公家の館って、元々王家の別荘なんですか?」
標の君に聞いてみる。
「そうだよ。」
標の君はあっさり答えた。
大公家は一代限り。
なので、常に存在している訳では無い。
貴族三十六家に含まれないので、子供が生まれたら、どこかに養子か婿養子か嫁に行かせるしかない。あるいは自力で出世出来るように、小さい頃から剣かペンかを叩き込む。
今の国王陛下は兄弟がいないし、先王陛下の代の大公はもう亡くなっているので、今、大公家はうちだけ。
そして、大公家が存在する時だけ、国王直轄領から分割して大公領になる場所がある。
それがここ。
ていうか、大公がいない時は、建物が荒れないように、国王一家の別荘として扱われる。
そう。
つまり、標の君がリナに会う王家の別荘は、ここなんだ。
新婚の浮かれ気分が、一気にしぼむ。
いやいや、標の君は彼女と結婚出来ない。
リナにはもう婚約者がいて、別荘で彼女が女中をしているのは、アルバイトみたいなものなのだ。
「姉さん、どーしたの。」
急に落ち込んだので、妹のネスリンに聞かれた。
侍女として、一番下の妹に来てもらっている。それだけじゃない。シースさんにも、ミッテさんにも、落ち着くまでは、あるいは適当な人材が見つかるまではと、ついてきてもらった。
しかしそれだけでは、大公家が回るわけもなく、他に、紹介してもらった執事と数人の女中、料理人。
そして元々ここで別荘の管理も兼ねて、住み込みで働いていた下働きの夫婦に手配を頼んで、庭師や門番、厩番などが、二十人弱。
その全員、名前はチェックしてたのになあ。
と思ったら、犯人は標の君だった。
女中の数が足りない、探しているという話を兄君にちょろっとしたら、ぐるぐる話が回って、ファルク将軍から
「姪が近くに住んでいるから、使ってやってほしい。」
と申し出があったと言う。
「せっかくの話だからね。王都から来た者は、最初は勝手が分からない事が多いから。」
標の君には、他意はないらしい。
「リナにお会いになりました?」
聞いてみる。
「ああ。見かけたよ。」
「可愛い人ですよね。」
恐る恐る標の君を見ると、我が旦那様は小首を傾げて、リナを思い出すようだった。
「可愛いかなぁ。そうだね。可愛いかも。それよりエフェにそっくりで、笑いそうになった。」
エフェは、標の君の学問所時代の友人。
国務省に勤めていて、超優秀。仕事が忙しくてほとんど会えない。ファルク将軍の末の息子で、つまりはリナの従兄だ。
「でも、私より可愛いでしょ?」
自分で驚いた。
なんか、これはヤキモチみたい。標の君を誰にも渡したくないって感情が湧き出て来る。
標の君は私の顔をまじまじ見て、考える風だった。
「顔でなにか問題がある?」
「だって。あんまり可愛いから、殿下が取られてしまいそう。」
「わぁ。」
標の君は、わざとらしく驚いて見せた。
「シーリーン姫みたいなことを言うね。大丈夫だよ。美女だから君を好きになったわけじゃないし。」
そうなの?
「でも、じゃあ殿下、私の事好きですか?愛してます?」
思わず確認すると、標の君は真っ赤になった。
「あのね、そうじゃなかったら、奥さんにはしないよ。」
「じゃあ、愛してるって言ってください。」
「もー。」
標の君は、耳元に口を寄せた。
「愛してるよ。」
きゃ~~~~!嬉しい。
でもね、本当に、こうなってからシーリーン姫の事が分かる。
そんで同情する。
初夜の時、当然私は初めてだし、標の君もそうだろうと思ってたのよね。
私のTLの知識を総動員しなくちゃいけないのかしら、とか心配していたら、全然そんな必要なかった。
むしろ、標の君はちょっと手慣れた感もあった。
なので、理由をしつこく聞いたら、渋々標の君が教えてくれたのは、貴族の男子は、十五、六になったら、たしなみとして最初はプロの手ほどきを受けるんだそうだ。
プロの手ほどき。
たしなみとして。
うそー。
私の標の君が。
私が衝撃を受けていると、標の君はちょっと申し訳なさそうだった。
「シーリーン姫も、この話を聞いて、すごく大変だったんだよ。女の子はこういう話、イヤでしょ。」
なんでも、この話を聞いて以来、シーリーン姫は大地の君のそばに女官の一人も近寄らせなくなったらしい。
無論、側室の話なんてもってのほか。
あー。それであの姫はあんな感じだったのか。
悋気が過ぎるとか言われてたけど、箱入りのお嬢さんがそんな話を聞かされたら、そりゃ嫉妬深くもなるよ。
こっちもまぁ、そんな経緯を聞かされると、色々飲み込むしかない。
だけどほんと、誰も近寄らないで欲しい。
私だけに、愛してると言って欲しい。
「もう一回言ってください。」
「仕様のないわがままお嬢さんだなぁ。じゃあ、続きは寝室でね。」




