第40話 孫の顔を見せたい
気になったのは、国王陛下の病状だった。
もちろんお医者さんがついていて、ちゃんと生活の様子を見ているんだろうけど。
私のおじいちゃんも、結構な酒飲みで、肝臓の値が悪かった。
お酒を止めさせるのに、どれだけ骨を折ったか。
まあ、状況は違うし、今さら手遅れなのかもしれないけど。
何かできる事があるかもしれない。
王宮の出口に向かうと、大地の君が待っていた。
「挨拶は終わったか?」
「はい。」
帰りはさすがに、来た時ほどの見送りの人間はいなかった。
何人かいたので、大地の君が「もういいから」と追っ払う。
そばの小部屋に標の君と一緒に連れていかれる。
「どう見る。」
大地の君に聞かれて、標の君は目を伏せた。
「そうですね。結婚式を早めて正解だと思います。」
「急に悪くなった気がしないか?」
「僕はそんなにしょっちゅう顔を合わせないので、正確な判断は致しかねますが。そもそも体力が落ちているということも。」
「誰かの差し金か。」
大地の君の指摘に、標の君はバッと顔を上げた。
「僕ではありません。」
「そんなことは分かっている。だが近習の顔ぶれが、代わっている気がする。」
「身元確認は。」
「無論。怪しいところはない。」
標の君は視線を外して、何度かまばたきをした。
「分かりました。こちらでも調べます。」
「頼む。」
大地の君も、標の君が強力な情報網を持っていることを知っているのだ。
「あの。」
いいきっかけだから、話の中に割り込む。
「何?」
「どうした。」
二人に振り向かれて、ちょっとドキドキする。
方や美少年。方や好きなタイプのイケメン。
「どんな治療をされているのでしょうか?」
「治療?肝の臓に治療できることはない。陽昇国から薬草を仕入れて長年飲んでおられるが。後は悪くしないよう、激しい運動を控えるぐらいだ。」
薬草か。気になるな。
でもまず一番は。
「一日に飲むお水を、これぐらいのカップで五杯。御白湯で毎日飲んでください。」
手で示す。
大地の君は、弟君と顔を合わせて、肩をすくめる。
「小便が止まらなくなりそうだな。」
「それと、できればそこに、蜂蜜とちょっぴりのお塩と、切ったレモンをたくさん入れてください。」
「ほう?」
レモンはこの国でも少しは栽培されている。実は小さくて野生って感じがするが、レモン独特の味と香りがする。
何しろ強烈に酸っぱいので、好んで食べる人は少ない。薬味の位置づけだ。
「あと、お酒は絶対にいけません。お肉は鶏か羊だけ。脂身をはずして召し上がるようにしてください。」
「それで良くなるのか?」
「断言はできませんけど。でも結婚式にはぜひ出席して頂きたいですし。できれば孫の顔をお見せしたいですから。」
横で標の君が真っ赤になった。
あ。
いやあの、そんなつもりでは。
急激に顔が熱くなるのが、自分でもわかる。
大地の君は、はっはっはと大笑いした。
「勇ましいな。分かった。レモンの入った水をたっぷりだな。酒と脂身が禁止。覚えたぞ。何とか手を尽くそう。その代わり父上に孫の顔を早く見せてやってくれよ。」
何となくリップサービスみたいなもんだったけど、どうやら相当はしたない言葉だったみたい。
それに、まだ産めるかどうか分からないし。
ごめんなさい。
標の君はまだ真っ赤っかだ。
「ほんとに、ディラはこういう所があって・・・」
「よいではないか。ディラのそういう突拍子もない所が、俺も好きだ。お前の幸せな結婚も願ってはいるが、ディラをお前に遣るのが惜しくもある。」
そう言って、大地の君はもう一度はははと笑った。
「結婚式、楽しみにしているぞ。」
大地の君が小部屋を出て行くと、標の君はぎゅっと私を抱きしめた。
「もうちょっと言葉を選んでね。」
「はい。ごめんなさい。」
「子供、欲しい?」
「いっぱい欲しいです。」
「ホントにもう。君はもう少し慎みを持ちなさい。心配になるよ。」
「ごめんなさい。」
こちらに来るまでは、慎みがないなんて言われたことないけど。
むしろ慎みのかたまり?
彼氏いない歴=年齢だったし。
でもその辺の加減は、国によっても違うし、時代によっても違う。
気を付けよう。
帰りは、やっぱり近衛兵に見送られて、控の間で待っていたおばあさまと一緒に帰った。エシル将軍は、一緒に帰ると言って、ついてきた。
「で、どうだった?ちゃんとご挨拶できた?」
聞かれて、とりあえずうなずく。孫云々の話は内緒。
ドレスや頭飾りを全部はずして、やっと身軽になった後、暑かったなぁと思い返す。
この夏は暑い。
なのに、パタパタ風を送れるものがあまりない。薄く削った木の板をつなげた扇子はあるけど、造りが荒いのかな、重い。
よし。ここは団扇を作ろう。
羊皮紙を出して、設計図を作る。
器用なアルクトなら、どうにかして作ってくれるだろう。




