第4話 引き止める
正直、この美少年の顔を毎日見られるなら、この世界も悪くないかもしれない。
とか思う。
眼福だなぁ。
で、どうしよう。
野菜のスープにパン、キャベツっぽい酢の物に果物、という朝食を食べながら考える。
接点はあるけど、この先の話を変えるほどの地位に、このディラという子はいない。
標の君はもう出奔してしまった後だし、ということは兄王子の大地の君は怒り狂ってる最中だという事だ。
ここからどうやって挽回する?
そもそも、私の大好きな、あの泣ける話を変えちゃっていいのかな。
「笑顔でしょ?」
話しかけられて、我に返ると、標の君がこちらをみて微笑んでいた。
「あ、ごめんなさい。」
そうそう。
説教した私が、眉間にしわを寄せていては、説得力がない。
無理にでも笑顔を作る。
一生懸命小説の筋を思い出す。
この後この二人は、南の国境を守る将軍を味方に引き入れるために、二、三日中に王都を発つ。
しかし南の将軍の館を訪れた直後、鷲羽国は南方国境を接する砂嶺国からの宣戦布告を受けるのだ。
標の君は、兄王子を助けるために王都へ取って返す。
しかし大地の君は弟を許さず、むしろわずかの兵を与えて、前線へ送り出す。
ううーん。
どの辺に突破口があるのか分からない。
ただ、このまま二人を南へ送り出してはダメな気がする。
南の将テュルン将軍はエシル将軍の盟友で、もちろん標の君の後援をすることを快諾してくれるが、それと引き換えに、兄王子から謀反の疑いをもたれて、後々鷲羽国軍は、ぐだぐだになってしまう。
やっぱり自分のため、標の君のため、鷲羽国のために、何とかしなきゃいけない気がする。
「しばらくこの屋敷に滞在されるんですよね?」
一応確認する。
「殿下の疲れが取れるまでな。」
応じたのはエシル将軍。
「ではどちらへ向かわれるんですか?」
「まあ、大地の君に居場所がばれないところに移動しようとは思う。」
どこへ行く、とははっきり言わない。
だよね。
この人は、二十代で将軍になっただけあって、超頭が回る。
見た目陽気で豪放磊落なのに、おっそろしく用心深い。姪っ子に対してもだ。
どうしたら引き止められるだろう。
せめて、砂嶺国から宣戦布告があった時、王都にいてすぐに駆け付けられた方がマシだと思う。
なんか、シナリオを変えられる魔法のペンとか現れないかな。
ペンじゃなくてもいい、なんでもいいから、神様からチート能力とか貰ってないのかな。
「あの、気になってるんですが。」
苦し紛れに提案する。
「殿下の靴を、新調して差し上げたいんですけど。」
昨夜から気にはなっていた。
この辺の人はみんな、生活するのにサンダルを履いている。
日本で言えば、草履だよね。
履きやすく脱ぎやすい。
でも馬に乗る人は、脱げやすいのは困るので、普通、乗馬靴というか長靴っぽいのを履く。
ただ乗馬靴は、木型から作るフルオーダーメイドなので、作るのにお金も時間もかかる。
で、標の君の靴が、どう見てもボロい。そして足に合っていない。
誰かのお下がりっぽいのだ。
王子様なのに。
エシル将軍は、意表を突かれたという表情になった。
標の君と顔を見合わせ、そして二人そろって、標の君の靴を見た。
よしよし。
ね、ボロでしょ。
「しかしなぁ。殿下の足型から作るとなると、ひと月はかかる。そんなにはいられないぞ。」
「靴屋にある似た木型から作れば、五日ぐらいで出来ると思いますわ。この先、馬に乗るのでしたら、必要なのでは?」
一生懸命言うと、確かにそうだなぁ、とエシル将軍はつぶやいた。
よし。
少しは時間稼ぎが出来そうだ。
「靴屋をすぐ呼んで、今から作らせましょうよ。」
にっこり笑顔で言うと、エシル将軍は半ば渋々うなずいた。
「まあ、急ぐ旅でもないし、いいか。」
朝食の後、急いで靴屋を呼ぶ。
靴屋が、足のサイズを測ったり皮の見本とか並べたりとかしている間に、標の君の持ち物を点検する。
他にもっと、足止めできるものがあるかもしれない。
ただまあ、既製品というものがない世界では、「じゃあ買ってきまーす」というのが出来ないのが辛い。
どう考えても、この「鷲羽国物語」は中世ヨーロッパとかそのあたりの時代設定なのだ。
どんなものでもフルオーダーメイド。
または中古。
昔読んだ本で、戦国時代の武将とか平安貴族とかが、自分の着ていた服をお気に入りの家臣に「おまえにやるよ」と下げ渡して、家臣がありがたがる、みたいなくだりがあった。
小さい頃はそれを読んで
「えー。お古がそんなにありがたい?」
とか思ってたけど、例えば十万円するブランドのスーツを「あげる」ともらったら、
「ありがとう!お直しして着るわ!」
みたいな感覚なんだろうと思う。
とにかく、標の君の持ち物はどれもこれもくたびれている。
衝動的に出奔したので、王宮からは着替えさえ持って出なかったのだろう。たぶんエシル将軍が、道々古着屋で買い揃えたものと思われる。
センス悪い。
国際社会文化学部で、服飾の歴史について研究している身としては、なかなかちょっとダサい。
気にならないのかな。
ここで魔法のミシンとか出てきたりしたら、喜んで服を作っちゃうんだけど。
どんなに呻っても、魔法の決めポーズとかしても出てこないので、仕方ない。
靴が出来るであろう、五日後までに、私が縫う!しかない。
これまでもオタ活でコスプレ衣装を縫ったことが、二度ある。
一度は友達に頼まれて。一度は自分用に。
プリキュアなんとかのこだわり衣装は、完成に二か月かかったが、今回はそこまで凝ってなくていいだろう。