第39話 謁見
絹の服に、宝石のちりばめられた上着。
朝からミッテさん達が、数人がかりで結ってくれた髪に、ロミジュリで出て来そうな丸い頭飾り。高価そう。
本当なら一か月先のはずだった結婚の挨拶が、急に三日後になって、宝石屋さんもドレス屋さんも、皆徹夜で仕上げてくれたらしい。
あざっす。
使者さんが迎えに来て、初めて乗る四頭立ての馬車というのに乗って、王宮へ向かう。
王宮までおばあ様が一緒についてきてくれて、王宮に着いたら、エシル将軍が麾下の騎士団を引き連れて出迎えてくれた。それだけじゃない。王宮の近衛騎士団みたいな人たちも、王宮の正面の車寄せみたいなところから、入り口までずらりと並んで敬礼していた。
ひぃ~。
「頑張りなさいよ。いっぱい練習したんだから、大丈夫。」
とおばあさまに押し出されて、歩き出す。
すぐに、王宮の女官長みたいな人が、私の先に立って案内するように歩き始める。
びくびくしながらついていくと、入り口を入ったところに標の君が待っていてくれた。
いつもの服とは違う、真新しい白のチュニックに、刺繍の入った重そうな深緑の上着を着ている。
そう言えば、私の服も薄い緑が基調になっている。揃えてあるんだ。
「すごくきれいだね。」
私を見て第一声、褒めてくれた。
照れる。でも確かにめっちゃきれいなドレスだ。
「とても腕のいい職人さん達が、作ってくれたんです。素敵でしょう?」
標の君はふふ、と笑った。
「そりゃ、ドレスも綺麗だけど、着ている人が綺麗だから、余計引き立つんだよ。さあ、行こう。」
照れる~。
こんな歯が浮くようなセリフも、標の君なら許せる。
裾を踏みそうになるので、ゆっくり歩く。
その両脇に女官たちが並んでいて、進むごとに膝を軽く追ってお辞儀していく。
あー。なんだっけ。大奥のドラマみたい。
大公家に嫁ぐって、結構すごい事なんだな。
謁見室のドアが開けられた。
標の君と並んで進む。
正面中央にすごく立派な椅子があって、両脇に近習が立っている。
顔を伏せて待っていると、「国王です!」「王様です!」と遠くで声がした。
変なの。国王陛下の御成り~とか言わないんだ。
衣擦れの音がして、誰かが椅子に座る気配。
そして
「頭を上げよ。」
声がしてそちらを見ると、ああ、なるほど、標の君のお父さんが座っていた。
似てる。
そして大地の君にも似ていた。
でも顔色が悪い。なんとも言えない青黒い。肝臓の悪い人の顔色だ。
惜しいな。それがなければ、結構な美中年なのに。
「拝謁をお許しいただき、ありがとうございます。」
標の君の、はきはきした声が通る。
「先日お許しいただいた、私の結婚の御挨拶に参りました。」
「うむ。」
国王陛下がうなずく。
「こちらは、エシル将軍が娘、ディラーラと申します。縁あって、妻に迎えることとなりました。向後よしなにお願いいたします。」
これは結婚のあいさつの常套句。定型文だ。
そして私の挨拶。
「エシル将軍が娘、ディラーラでございます。お目にかかれて光栄でございます。」
これも定型文。声が震えないように、いっぱい練習した。
「鷲羽国を支える一助となれますよう、相努めます。」
「うむ。」
国王陛下が、再度うなずいた。そしてお言葉。
「二人の結婚を祝福しよう。」
末永い幸せを祈る。二人は王室の繁栄を担うよう努めよ。
と続くはずが、そこで言葉は切れた。長くしゃべれないぐらい、陛下の状態は悪いのだ。
やがて
「末永いしあわせを祈る。」
と、何とか続けると、手を振った。下がれということらしい。
標の君は軽く目礼すると、一歩下がった。
私も慌てて下がる。
そして回れ右して、謁見室を出た。
「ずいぶんお具合が悪そうでしたわ。」
小声で言うと、標の君は自分の口に指をあてた。
「言ってはいけないよ。」
国王の健康状態も、言わば機密情報だから、軽々しく廊下で話したりなどしてはいけない、ということなんだろう。
そうだった。
鷲羽国の国王崩御がきっかけで、後に羊蹄国との戦いが起こる。
エシル将軍もなく、テュルン将軍も失脚した鷲羽軍は、負けはしないが勝ちもしない。大地の君は、国王となった後、鷲羽軍の将軍たちを掌握できないまま戦をしないといけないのだ。
「ずいぶん予定が早まったけど、何とかなりそう?」
標の君に問われて、私は一瞬言葉に詰まる。
何とかなる、というより何とかするしかない。
幸いなことに、兄のアルクトに頼んで、「ペン軸」と「ペン先」を作ってもらうことができて、これが本当にいい仕事をしてくれるのだ。
アクセサリーをつくる技術を生かして、現代日本でも使われているような、真ん中に切れ込みが入っている銀のペン先と、それに合うペン軸を作ってもらったら、めっちゃ書き心地が良い。
日本語の横書きにも耐える。
おかげで、家庭教師の先生が教えてくれることを、全部書き留めることができるようになった。
「頑張ります。」
ほんとに、頑張るしかない。




