第35話 暗殺計画
「チャンバラはあっちに任せておけ。」
グイグイ肩を押されて、むっとする。
「足手まといになりたくないだろ。」
ちょっと踏ん張るが、セレイも負けていない。
「だけど」
「大丈夫。普通に勝てる。あんたを人質とかに取られなきゃな。」
押されて歩きながら振り向くと、大地の君が誰かの腹に、剣をぶっ刺す所だった。
うぎゃ。
横で標の君も剣を振っている。
相手の腕の防具の隙間に、剣先をねじ込んでひねると、すごい勢いで血が噴き出す。
怯んだ所に、今度は頸動脈を狙う。
もちろん他にも大地の君の護衛や、標の君の護衛達が、何人もの刺客と戦っている。
あんなにいたんだ。
相手が六人ぐらい。こちらが十人ぐらいいる。
周りの人達が、悲鳴を上げて逃げていく。
「お前らの首謀者は誰だ!」
大地の君の声がする。
「言え!」
「し、標の君だ。」
びっくりした標の君が振り向くのが見えた。
「は!馬鹿かお前は。標ならそこでお前の仲間を屠っておるわ。」
大地の君の声と同時に断末魔。
そこまで聞いて、セレイに押されるまま路地を曲がる。
二つ曲がったら、びっくり、ディラの実家の宝石店の裏だった。
確かに近い。
門番に、勝手口を開けてもらうように、門の外から頼む。
「お嬢さん、どうしたんですか?」
「えーと。」
セレイが説明するかな?と振り向くと、誰もいなかった。
いつの間に。
「街を歩いていたら、変な人に襲われたの。」
「え、お一人で?」
「ま、待ってー!」
息も絶え絶えな声が聞こえたと思ったら、シースさんが走って来た。
あ、ごめん。忘れてた。一緒にお芝居を見に行ったんだった。
馬車も入れるデカい裏門を、ちょっぴりだけ開けて、二人で中に入る。
窓から外を覗いていると、しばらくして数人が走ってくる足音がした。
「いや、そなたは着替えた方が良い。」
大地の君の声だ。
曲がって来た姿を見てまたびっくり。標の君が、胸から下が真っ赤だ。
慌てて門を開ける。
「お怪我ですか?!」
「ディラ、無事だった?」
駆け寄ってきた標の君は、無事そうだった。
「その血は?」
「ああ、ちょっと。僕は剣が下手くそだから。兄上のようには。」
大地の君は、若干血しぶきが飛んだかな、程度だ。たぶん返り血を避ける余裕があるんだろう。
それでも、標の君だってあの乱戦に飛び込んで無傷なんだから、腕に自信があって、しかもかなり強いんだろう。
意外な一面に驚く。
普段おっとりしているから、守られている一方のようにも見えるけど、そう言えばちゃんと毎日、剣の鍛錬をしている人だった。
「服を貸してくれるかな。もうこの服はダメかもしれない。」
それを聞いたシースさんが、急いで家の中に入っていった。
「そこに井戸があるから、手とか顔とか洗ってください。」
中庭の井戸を指し示す。
「助かる。後でディラの両親にも挨拶させてもらおう。」
セレイとか他の護衛の人たちとかどうしたんだろう、とか思うが、きっと家の周りを守っているんだろう。
一人か二人、門の外に立っているのが見える。
標の君が服を脱いで、ざぶざぶ体を洗う。
あーちょっと筋肉ついたなぁ。
ほんとにちょっとだけ。
でも、去年の秋口よりは全然まし。あの時は、アバラが浮いてたもんね。
シースさんが体を拭く布と服を持ってきたので、標の君に渡す。
「ありがとう。」
にっこり笑った標の君に、ノックアウト。
しかし貸した服がデカい。
たぶんアルクト兄さんの服だ。伯父さんに似てデカいんだよね。
標の君が着たら、まるで女物の服を着ているみたい。ま、それも似合うけど。
大地の君の方は、血しぶきを濡れた布でちょいちょいと叩いたら、大体取れた。
「さっきのは一体、誰の仕業なんです?」
私が聞くと
「急くな。俺を殺したい連中はいくらでもいるからな。」
大地の君は割と平然としている。
ブレーの裾をくるくる折りながら、標の君は困った人だなぁという顔をしている。
「だから、ついてきたんでしょ。そろそろ頃合いだと思って。」
「さすがだな。」
「あんまりにも不自然でしたから。ディラに何かあったら、怒りますよ。」
要するに、暗殺計画のようなものが漏れ聞こえていて、それをさっさと退治するために、わざと隙を作って、呼び込んだという事みたい。
道理で、あからさまなデートについてくるわけだ。
だけど、困った。
原作にないエピソードだ。
というか、標の君が無事でいる、ということだけでもう、原作とは違う方向にどんどん話は進んでいる。
この先、私の知らない出来事がいっぱい起こる。
ちょっと怖い。
対処できるといいけど。




