第34話 襲撃
暖かい春の日、お芝居を見に行った。
皆にばれないように、町の人と同じような格好で、歩いて行った。
「危ないんだから、お城に劇団を呼べばいいのに。」
とかシースさんは言っていたが、それだと規模が小さくなるし、舞台装置も簡単なものになる。
やっぱ劇場で見るお芝居は格別。
とはいえ、ここは中世。
劇場も野天だし、背景だって書き割りだ。でもこの円形の劇場の声が通ることと言ったら。役者の声もすばらしい。たいした迫力だ。
めちゃめちゃ楽しかった。
「楽しかったね。」
標の君も、ちょっとボロい恰好をしている。ただ美少年なので、結構振り返る人がいる。
心配。
シースさんがついてきてくれているし、見えないようにセレイの手下とかが守ってくれているはずなので、大丈夫だとは思うけど。
問題は、大地の君がついてきた、ということだった。
出かけるところに偶然出くわして、
「俺も見たいと思っていたんだ。」
とか言って、ついてきた。
え、なにそれ。
明らかに婚約者同士がデートって感じなのに、ついてくるって。
絶対いやがらせでしょ。忙しいんじゃないの?
でも断れない私たち。標の君は
「しょーがないなぁ。」
と苦笑して、一緒に出掛けた。
お付きの人たちが、何人かいるはずだけど、そもそも大地の君は剣の手練れだから、心配はいらない。
帰り道。お店の屋台で焼き菓子を買って、イケメンと美少年に挟まれて歩く。
「街を歩くのも久しぶりだな。」
食べるかと勧められたけど、私は結構です。
前も言ったけど、すみません、道路の真ん中に下水が切られているので、臭いがね。食べ歩きの気分にはなれない。
見て歩くのは楽しい。
蚤の市っぽい感じがする。
「香のようなものでも買って行こうか。」
大地の君が言い出したので、誰かへの贈り物か、まさか私に?と思ったら、国王陛下にだった。様子があまりよくないらしい。
実はこの人も、なかなかの王位継承争いをくぐりぬけてきた人で、ごく若い頃に毒殺されかかったことがある。
その影響で肝臓と腎臓が悪く、ちょいちょい体調を崩す。
この前の婚約報告でも、あまり顔色はよくなかったらしい。
そうか。
中世で毒殺と言えば、大体ヒ素か水銀だ。
どんなものか実はよく知らない。ナポレオンがヒ素中毒だったんじゃなかったっけ。
国王陛下にはお兄さんが一人、弟が四人いたけど、お兄さんは戦死、弟二人は病死、残りの弟二人が毒殺だったと聞く。
超特急でやっているお妃教育の中には、鷲羽国の歴史も含まれているんだけど、まあまあえぐい。
歴史の先生は言葉をあいまいにして、事実をふわぁ~とさせたがるけど、もしその戦死したお兄さんに男の子供がいたら、たぶん今の国王陛下はさくっと毒殺されていたことだろう。
厨房から料理を運ぶ女官は絶対複数人だし、作る間も何人かが見張っている。
ただ、標の君の時のように、結託されると防ぎようがないという問題はある。
まああの時は、一日古いと言うだけで、鉱物系の毒ではなかったから、ましとは言える。
「もうずっとだからな。父上も覚悟はされているが。」
さすがに厳しい顔つきになる大地の君。
「陛下がまだお元気な間に、兄上も結婚されればよいのに。」
「うむ。そう思ってはいたがな。」
「余計な事を言ったんでしょ。みんな知ってますよ。」
「巻き込んで済まぬな。何しろ悋気がひどくて、手に負えなかった。俺の方から婚約を解消したら、あちらに傷がつく。俺が悪者になっておけば、シーリーンは好きなところに嫁に行けるだろう。」
なるほど。
一応シーリーン姫の顔を立ててはいるんだ。
ヤキモチ焼きな姫っていう評判はつくけど、束縛されるの好きな男もいるしね。
でもそれなら、私をだしにしないで欲しかった。
「しかし、ディラの事が気に入っているのも本当だぞ。標に飽きたら、俺のところに来い。」
「兄上。」
標の君が、ちょっと青ざめる。
大地の君は、ハッハッハと豪快に笑った。
「冗談だ。」
もう少しで商店街を抜ける、という辺りで、大地の君がすうっと距離を取った。
「兄上。」
「先に戻れ。」
「護衛に任せて、兄上も。」
「ディラを先に行かせよ。」
「・・心得ました。」
短いやり取りに、何のことやら分からないでいると、標の君にそっと肩を押された。
「走って。ここからなら、君の家の方が近い。」
ピュ、と短い口笛。
「セレイ、頼んだ。」
「了解。」
標の君が身を翻すと同時に、サッと現れたのは、二ヶ月ほど前に標の君の誕生日会をやった時に、チラッと見た、細身の青年だった。




