第33話 王妃と大公妃
変な汗がいっぱい出て、あんまり寝られなかった。
私、何にもしなかったら王妃になってたの?
シナリオに手を出したせいで、格が落ちて大公妃?
そんなことってある?
エピローグの数行の中に、何があったの?
翌朝、起こしに来たミッテさんがびっくりした。
「どうなさったんです。お嬢様。」
エシル将軍の養女になってから、「様」がついている。
「眠れなかったの。」
たぶんひどい顔になっているんだろう。
「何かあったんですか?」
「色々。」
とにかくもう一回寝たほうが良い、と言われて、ベッドの中にもぐりこむ。
寝てても問題は解決しないけど。
なんか心臓のあたりがきゅうきゅう痛い。
もう一度よく思い返す。
ディラと大地の君の接点って本編ではなかった。そもそもディラは名前すら出てこなかった。
最後の最後、標の君の死後のエピソードで、大地の君はエシル将軍の姪と結婚する。が、男子にはめぐまれず、子供は姫一人。生まれた女の子に、近縁の男の子を婿に迎え、その子が次の国王として鷲羽国を治めていく。
確かこれだけだったと思う。
どうしよう。
大地の君が結婚するべき相手が私だったら。
だけど、もう標の君と婚約してしまったし。今から大地の君と婚約をやり直すこともできないし、それをやっちゃうと、エレーン姫の件がある。
まあね、大地の君にしろ、標の君にしろ、たぶん私がいなくても、普通にたくさんの縁談があるだろう。
私じゃなくてもいい。私じゃなくてもいいけど。
急に寝込んだので、まずお祖母様が、次にサディナが見舞いに来た。
「色々あったって、どうしたの?マナー講座が厳しすぎた?」
心配するおばあさまに、とりあえず考えた言い訳を言う。
「昨日、シーリーン姫と王太子殿下が婚約を解消なさったんですって。」
「え!」
「シーリーン姫は、それが私のせいだとおっしゃるんですぅ。」
「まあ。大変。」
将軍家の出で、評判の美姫だったアイカおばあ様は、王宮の中にも外にも知り合いが多い。
伝手を駆使して、その日の夜には大地の君の婚約解消の全容を掴んでしまった。
「ま、王太子殿下が悪いわね。」
聞いたお祖母様の感想だ。
「ディラもねぇ。ちょっと隙があったわね。でもまあ、ディラだしね。」
これはサディナの感想。
「あなたは気にしなくていいわよ。シーリーン様も王太子殿下も他にいくらでもお話があるし、とにかく話を聞いた限りじゃ、そんな悋気じゃ王妃は務まらないわ。」
慰めて励ましてくれるんだけど、でも本当の要点はそこじゃない。
「うちから大公妃がでるなんて」と喜んでくれたけど、実は「うちから王妃が」だったと知ったら。
大公妃だってすごいけど、王妃は何と言ってもファーストレディだもん。
元のディラにも申し訳ない。ちょっと気が重い。
いっそ下の妹を、何とか大地の君の奥さんに持って行くようにしてみようかしら。
一つの家から、王妃と大公妃。すごいよね。騎士階級ですらないのに。
上の妹が嫌がるかもしれないけど。
色々考えてはみたけど、今のところどうしようもない。
当初の目標通り、「標の君は私が守る」をまっとうするしかない。
原作なら今頃、王家の別荘に、避寒にいっているはずの標の君。
そして本当なら運命の女性であるリナに出会って、不毛な恋にまっしぐらなはず。
そのことを思えば、のんびり暖かい部屋でチェスなんかしている標の君は、幸せだと言える。可愛い婚約者(←私)も出来たしね。
大地の君だって、相手が違ってたら、姫君だけじゃなくて王子を授かることが出来るかもしれない。
よし。
ではそういう事で。
自分の中で決着がついたので、少し元気が出た。
翌朝、ミッテさんに起こされて食堂へ下りていくと、しばらくしてアイカおばあ様が下りてきて、私の方を意味ありげに見た。
「アルダ商会が、傾きそうなんですってよ。」
ん?
なんだっけ。
考えていると
「ほら、砂嶺国から来たなんとか姫のドレスを請け負ったお店よ。昨日、サディナから聞いたんだけどね。とっても素敵なドレスを作ったのはいいけど、代金を踏み倒されそうなんですって。お高い素材をいっぱい使ったから、お困りらしいわ。」
ああー。やっぱり。
おばあさま曰く。
貴族の後援がある、という話だったけど、実はただ紹介しただけだったこと。
バリシュ商会(実家の宝石屋さんのことね)は、そこに手を出さなかったから、損を免れたとのこと。最初は、大口の顧客を逃したと思って、ちょっと腹が立ったけど、ディラの言う通りにしてよかったと。
「あなた、アルクトに、関わるなって助言したんですって?後宮でそんな話でも聞いたの?」
「え、ええと。殿下から。賠償金がなにも取れなかった、とお伺いしたので、もしかして、と思って。」
「えらいわ。標の君も、あなたのそういう先見の明がある所がお気に召したのかもね。」
つい半年前まで、ぼんやりさんとか言われてたのに、えらい違いだな。
砂嶺国は思った通り、大量の餓死者が出ていると聞いた。
もう少しでこちらにもバッタが飛んでくるところだったが、標の君がテュルン将軍にこっそり指示をして、荒れ地の雑草は焼き払い、夜はかがり火をたいてそこにバッタを追い込むなどしたため、小麦の収穫量が若干減少した程度で収まっている。
砂嶺国は気の毒だけど、仕方ない。
エレーン姫はむしろ、助かったのかもしれない。
しばらく会ってないけど、少しは痩せたかな。




