第32話 婚約解消
久しぶりに、後宮の、標の君の部屋でまったりチェスをしている。
戻ると、お祖母様のスパルタマナー講座が待っているので、なるべくグズグズ粘っている。
これも強力なステイタス「婚約者」のおかげ。このステイタスがなければ、後宮に入れない。
「私の後、誰か殿下の侍女に入ったのですか?」
聞いてみる。
「いや?誰も。元々いた侍従に、セレイの従弟が増えたぐらいかな。」
入り込んでるよね~、密偵。
大地の君とのことを告げ口されたの、忘れないぞ。
「ヤキモチ焼かなくても大丈夫だよ。安心して?」
くー。優しいなぁ。もー。ほんっとに好き。
南への遠征から帰って来た時、私と大地の君が一緒にいるのを見て、標の君の顔色が真っ白になっていたのを思い出す。
私の事取られると思って、嫌だったんだよね。
てへ。
だから、私の方にも気を遣ってくれている。
めっちゃ好き。
私も気を付けよう。
「暖かくなってきたし、今度二人でお芝居を見に行こうか。」
わー!デートみたい。
嬉しい。
と思っていると、急に戸口に女官が現れて
「お客様です。シーリーン姫が・・」
言い切る間もなく、シーリーン姫が飛び込んできた。
何か言うのかと思いきや、手を震わせるばかりで、ただ無言。
相変わらず綺麗にしている。
アップにした髪にはシャラシャラと音がする髪飾り。
「どうしました?」
これは標の君。
「ど、・・どうって。」
食いしばった歯の間から、震える声が押し出される。
あ、なんか怒ってる。
すごく怒ってる。
「この、この女・・・っ、よくもっ、いけしゃあしゃあとっ」
私ですか?何?!
「絶対に許さないわ。憶えてらっしゃい。」
え。何。
標の君と顔を見合わせていると、姫はそのまま身を翻して出て行った。
「何でしょう。」
「うーん。君、何かした?」
「この二か月、家に缶詰でしたけど。」
「だよね。兄上と何かあったのかも。」
数日して、大地の君が、シーリーン姫との婚約を解消したとの噂が、王宮内を走った。
え。なんで。
怒りにブチ切れていたシーリーン姫を思いだす。
え。
私のせい?なんで?
あの、突っ返された上履きのせい?
原作では、怪我の後遺症に苦しむ標の君に、大地の君が自分が前線に送ってしまったからだと後悔し、何とかならないかと手を尽くすのだが、そのせいでほったらかしにされたシーリーン姫は、ブチ切れて婚約破棄を申し出る。
いやいや。あんなに大変だった婚約を破棄するんだから、よほどシーリーン姫が短気なんだろうと思うけど。
だけど今回、標の君はめっちゃ元気な五体満足だ。
大地の君が後悔しなくてはならないこともないし、シーリーン姫をほったらかしにする必要もない。
当然、婚約は継続。いずれ結婚。
のはずなんだけど。
なぜ。
しかも私が怒られる展開って。
何が起こったか知れたのは、さらに数日後。
標の君の侍従である、セレイの従弟を通じてだった。
私と標の君の婚約の儀が滞りなく済んだ、という話を大地の君がシーリーン姫にしたらしい。
そして
「もったいないことだ。あんなに面白い姫なら、俺がそばにおいてやったのに。」
と口をすべらせたらしい。
余計な事を~~~!
そりゃ怒るよ。
室内履き一つで、あんなに怒られたんだもの。
目の前で他の女がいい、みたいなことを言われたら、私だって怒る。
しかも、もったいないってなんだ。
腹立つ。
夜になってベッドに入ってもむかむかしながら、そう言えば、シーリーン姫は他の貴族の子息と結婚するけども、大地の君はどうだったっけ、とふと思う。
王太子だし、独身ってことはありえない。
話は標の君が主人公なので、標の君が死んだ後の事は、割とさらっとまとめられてエピローグという形で締められている。
大地の君は、結婚したんだっけな。
あー。姫君が一人生まれて、ムコを取るんだっけ。
その辺、もう興味がなくて、記憶も薄い。
まあいいか。
・・・・・。
飛び起きた。
その記憶は、雷のように急に降ってきた。
違う。
そうだ。
大地の君は、標の君の死後、「エシル将軍の姪」と結婚するんだった。
エシル将軍の姪~~!
え?
嘘だ。
いやいや、姪は三人いる。
私のほかに、妹が二人いる。
確か、何番目の姪っていう指定はなかった。
私じゃなくてもいい。
てか私だったら怖い。
え。どうなるの。
上の妹はもう、婚約者がいる。年は十五歳。
間に十三歳の弟を挟んで、下の妹は十歳だ。
大地の君は、二十一歳。もうすぐ誕生日が来る。
下の妹と大地の君じゃ、歳が一回り違う。
もしかして、そもそも私、大地の君と結婚するはずだったの?
ちょっと待って。
ほんとに?




