第31話 強力なステイタス
その翌日、今度はエシル将軍の家に行った。
一応養女の申請が通っているので、私はもうここの娘だという事だ。
勝手知ったる屋敷の中に入ると、見たことない年配の女性が待っていた。
「ディラーラ。待っていましたよ。」
ふぁー。
上品で綺麗な人だ。あの人だ。噂のアイカおばあ様。
「話は聞きましたよ。この度はおめでとう。忙しくなりますが、私もせっかく王都へ戻ってきたことですし、あなたの面倒はしっかり見させてもらいますからね。」
きりっとした感じの、でも声の優しい人だ。
サディナにそっくり。しかしサディナよりお姫様然としている。
話を聞いていると、普段はエシル将軍の領地にある館で暮らしているという。
この度、私の嫁入りの話を聞いて、わざわざ王都へやってきてくれた。
なぜって。
この先、婚約の儀、結婚の儀と続く儀式の段取りやマナーを私に叩き込むために。
「安心なさい。私もサディナも経験済みですから。」
ひー。
その言葉の通り、その日の夕食から早速お祖母様のマナー講座が始まった。
今まで何となくこなしていたけど、正式なマナーが難しい。
ローストビーフをフォークで食べようとしたら、
「そこは指でつまみなさい。」
とか言われちゃったりする。
フィンガーボウルの使い方が難しいのよ。
しかも。
私の文盲を矯正するべく、別に家庭教師がついた。
いやいや。もう本当に大変。綴りはHello、読みはこんにちは、と変換するみたいな作業。文法も違う。
仕方がないので、綴りや文法と、読みは別物として覚えるしかない。
きつい。無理かもしれない。
ただ、覚悟していたダンスは、むしろ楽勝だった。競技ダンスとは全然違う。花いちもんめに毛が生えたみたいな。
勝って嬉しい花いちもんめ〜、てやつ。
両脇をアルクトとエシル将軍に挟まれて、手をつないで練習したけど、めっちゃ楽しい。これはイケる。
「急にこんなでかい娘が出来るとはな。」
とエシル将軍は笑う。
「大船に乗った気でいろ。絶対あいつに四の五の言わせねぇ。」
あいつとは、国王陛下の事だ。
やっぱり仲が悪い。
でも、私と標の君が結婚することで、なんとエシル将軍は標の君の義理のお父さんになるのだ。
それがすごく嬉しいらしい。王妃様が気を回すはずだ。
他にも、婚約の儀のドレスを準備したりとか、アクセサリーを準備したりとか。何かもうこっちはいっぱいいっぱいで考えられないでいるのに、周りが張り切って、色々な物がどんどん整えられていく。
勢いで「標の君は私が守る」なんて言ってよかったのかと、心配になる。
でももう、今更流れを止める勇気もない。
ならば後は私が、度胸と根性で乗り切るしかない。
時々、標の君が顔を見せに来てくれた。
美しい。癒やされる。輝く笑顔がまぶしい。
標の君は標の君で、婚約の儀と、その後の結婚の儀、大公家としての独立の準備で、めっちゃ大変らしい。
でも会いに来てくれる。嬉しい。
きゅんとする。幸せ。頑張る原動力。
いつ見ても美少年。
そしてこちらにもエシル将軍が関わっているらしい。
標の君は後ろ盾が薄く、母方の実家がさほど頼りにならない。そもそもエシル将軍の家に仕えていた騎士階級の家なので、そちらも頼るとなると、主筋のエシル将軍になる。
大変だろうと思うけど、アイカお祖母様もエシル将軍もとても楽しそうだ。
「サディナは駆け落ちみたいなものだったしねぇ。こんな準備も出来なくて、寂しかったわ。」
「悪かったわね。」
他の将軍家の息子との縁談があったのに、今のディラパパと無理やり既成事実に及んだサディナである。
「あんな馬ヅラと結婚するぐらいなら、カエルと結婚した方がマシよ。」
メンクイとみた。ディラパパ、スラッとした男前だもんね。
私も人のことは言えないけど。
わたわたしている間に日は経ち、婚約の日取りを知らせる使者が来て、何か結納っぽい品々がどっさり届いて、婚約を司る神官が来て口上を述べて、何か紙にサインして、あれよあれよという間に婚約者一丁あがり。
その後標の君が一人で王宮に向かい、国王陛下に、滞りなく婚約の儀が済んだ事を報告する。
これで、やっと正式な婚約者。
超面倒だったけど、それだけに超強力なステイタス、婚約者。
やった。ガッツポーズ出るよ。
これで、後からエレーン姫がごねても、少なくとも標の君に押し付けられることはない。
よし。
よくやった、私。




