第3話 私はモブの女の子。
ああ、よく寝た。
よっぽど疲れてたんだなー。
変な夢も見ちゃったし。
起きないと。今日こそは箱に本を詰めてしまわないと。
無理やり目を開けると、白いシーツが目に入る。
んー。
んん?
お布団に入ってるな。
でも昨日、本を読みながら畳で寝落ちしたのでは?
無意識にお布団に入ったのかな。
でも私の部屋は、段ボール箱でいっぱいで、お布団を敷くスペースなんてなかったはずだ。
となりの居間に敷くなら、さすがに目が覚めてないと無理だろう。
寝ている間に伯父さんが来て、私を運んでくれたんだろうか。
それは大変申し訳ないことを。
ゆっくり体を起こすと、いろいろ認めたくない物が目に入って来た。
天蓋付きベッド。
重厚なカーペット。タペストリー。暖炉。燭台。
うん。もう一回寝よう。
シーツの間に、またもぐりこむ。
いやいやいや。だめでしょう。
え?
知らないうちに、素敵なお城ホテルに泊まってた、とか。
それも怖いけど。
昨日。昨日。何したっけ。
そう、引っ越し。
朝は大学に行った。外せない講義があったから。お昼は学食で焼きそば食べて、帰ってきてからどんどん箱を作って、なかにポイポイ服を入れていた。
捨てるものはもう先週末に、クリーンセンターに持って行った。
位牌とか遺品とかは伯父さん達に引き取ってもらった。
あとはかなり捨てた。もったいなかったけど仕方ない。
持って行くもののうち、残っているのは私の身の回りの物だけ。
そうそう。
それで、本を詰めていたんだ。
うん。大丈夫。
目は覚めている。ここまで間違ってはいない。
私はパニックになってない。
で?
恐る恐る、布団の外に目を向ける。
やっぱり天蓋付きのベッド。
何度見直しても、消えない。そっと手を伸ばして触れると、ちゃんとした手触りがある。
嘘でしょ。
あんまり認めたくはないけど、昨日夢だと思っていたのは。
早いノックの音がしてドアが開いた。
「お嬢さん! 朝寝坊もいい加減になさいまし。」
ハリガネみたいなおばちゃんが入ってきて、窓にかかっている重そうなカーテンを開けた。
お母さんのサディナは「お嬢様」で、娘のディラに対しては「お嬢さん」なんだ、とちっちゃいことを思う。
まあ、起きたくないことはないんだけど、腰が抜けて立てない。
「あのー。」
「もう皆さま、朝食をめしあがってらっしゃいますよ。大体、昨夜も食事を召し上がる前にお休みになってしまって。お着換えに苦労いたしました!」
あ、確かに、昨日のごってりロングスカートの代わりに、さらっと一重のキャミソールみたいなのを着ている。
この人が着替えさせてくれたのか。
「ありがとうございます。」
一応礼を言う。
「さあ、起きて、顔を洗ってくださいませ。」
おばちゃんにベッドから引っ張り出される。
小鹿のように足が震えているが、寒いせいだと勘違いされたみたいで、上からずっしり上掛けをかけられた。
重さに耐えられなくて、へなへなと座り込む。
あー思ったより衝撃でかいかも。
「まあ、お嬢さん、泣いてらっしゃるんですか?たった一日で、お母様が恋しくなっちゃったんですか?」
えーん。
おかあさーん。
ほんとにどうしよう。何で?どうしてここに。
①本の世界の人物に憑依した。エンドで帰れる。
②本の世界によく似ているが、全然違う世界に飛ばされた。
③本の世界そのものに転生した。急に前世を思い出したパターン。帰れない。
④夢オチ。
どれ。
私としては④希望です。
まあ②でも、裕福なおうちの娘だから、生活に困ることはないはず。引っ越しはどうなったという話は置いといて。
①でも、ラストで帰れるなら良し。
問題は③だった場合。
標の君が出奔したことで、それまでずっと彼を庇い続けてきた兄王子が「裏切られた」と激怒。
二人の関係は超悪化する。
そのとばっちりで、標の君と一緒にいたエシル将軍の家門は没落するし、親戚一同もまた連座の憂き目にあう。
そのうえ、有能な将軍を失った鷲羽国自体もまた、次第に力を失っていく。
「さあさあ。ぼぅっとするのは後にして、先に朝食をお取り下さい。」
おばちゃんに急き立てられて、そのままずるずると部屋を出ようとしてまた叱られる。
「お嬢さん!そんなはしたない格好で、お部屋を出てはいけません!」
あー。キャミソールのままでした。
小鹿の足のままなんとか服を着替えて、もたもた階下へ降りる。
食堂を探して中へ入ると、もうすっかり食事を終えた二人組が、テーブルについてお茶をすすっていた。
「おはよう。」
美少年が微笑んだ。
ああ、美少年。
後光が差すんじゃないかしら。