第29話 懐かしいキャラ
ディラの実家は、大きな宝石店だった。
ただ、ショーウインドウなんかはない。見た目は間口の広い、普通の石造りの家だ。
ドアの上に、ちっちゃい看板がかかっている。
裏手に回ると、馬車ごと入れる大きな裏門があって、入ると中庭と厩がある。
実家だけど、初めて来たので、勝手が全然分からない。
馬車を降りておろおろしていると、
「もー。姉さん、そんなんでやっていけるの?」
と、男の子が声をかけてくれた。
「まあ、なんとか。」
あいまいに返事をする。
たぶん弟。兄弟が何人かいたはずなんだよね。兄が一人いることは前に聞いた。
サディナがやってきた。
「はい、お帰り。やっぱり言った通りになったでしょ?」
まあね。
それが良いかどうかはともかく。
「着替えてらっしゃい。もう夕ご飯だから。」
はーい、と返事をすると、シースさんが荷物を運ぶ後ろについて行った。
「着替えるって、この服じゃだめかしら。」
「いくら何でも、上着はお脱ぎくださいね。」
でも寒い。
後宮は分厚いカーペットが敷き詰められていて、暖炉の熱でどの部屋もほんのり暖かかったけど、そこまではムリみたい。
ディラの部屋らしき所に入ると、しばらく使っていなかったせいもあって、いっそう寒々としていた。
〇ートテック欲しい。本気で欲しい。
仕方がないのでコートを脱いで、その代わりに、なるべく分厚いズボンをスカートの下に履いた。
がさごそするし、やたらスカートが広がるけど、寒さには勝てない。
「お嬢さん、叱られますよ。そんなに寒がりでしたっけ?」
シースさんに不審がられるけど、見なかったことにしてもらう。
さて食堂はどこだろう、と部屋を出たら、待ち構えていたおじさんに、ぎゅーっと抱きしめられてびっくりする。
もうちょっとでギャーッと言いそうになったのを、頑張って飲み込む。
たぶん、たぶんだけど、ディラのお父さんだ。
「ディラ!お帰り!よかったな!こんな風にお前のお婿さんが見つかると思わなかったぞ。」
フレンドリーなお父さんだな。細くて華奢な感じがする。なるほど、ディラの体格はお父さん似だった。
髭が似合う。
「しかし我が家から大公妃が出るとはな。驚きだ。なんと名誉なことか。」
はあ。まあ。何と言って良いやら。
「心配だろうが、お前のお祖母様とも相談して、どこへ出しても恥ずかしくない様にしっかり支度するからな。」
なんかすごくオオゴトで、怖いんですけど。
変な汗が出そう。
その後、食堂に集まった面々を見て、ディラが二男三女の長女だと分かった。
兄さんと上の妹は大柄、弟と下の妹は華奢。
兄さんはもう家の商売を手伝っていて、上の妹にはもう婚約者がいる。
そして皆よく喋る。
ディラがぼんやりさんに見えるのは、このテンポについていけなかっただけじゃないのかな。
私が口を挟む隙もないぐらい、色々な話題が飛び交う。
ここの宝石店は、店先に宝石を並べていたりはしない。お客様から呼ばれて、宝石の入った箱を持って屋敷へ行く。
そこから、お客様の希望の石や形を相談しつつアクセサリーを作っていく。
フルオーダーメイド。
逆に、そういう金も時間も余裕のある人しか顧客にならない。
さすが宝石ギルドの盟主を務める家だけある。
「でさ、紹介だって言うから誰かと思えば、ほら、この前砂嶺国から来た、何とかってお姫様だよ。」
ごっほん。むせた。
「お客様の名前はきちんと覚えなさい。」
父親に指摘されて、後継ぎは肩をすぼめた。
「えー、エレン・・姫だっけかな。」
「それで?どんな宝石をご希望なんだね。」
「あなた、仕事の話は食卓に持ち込まないでちょうだい。」
「あ、こりゃすまん。」
「美人のお姫さまって噂だよ。ただ釣り合う貴族がいなくて、なかなか話がまとまらないってさ。」
へー。前に聞いた噂とちょっと違う。
「明日か明後日にでも遣いをやって、そのエレン姫のお好みを探ってみよう。アルクト、やってみるか?」
「いいよ。」
兄がうなずくのを見て、私も急いで手を上げた。
「私も!私も行きたい!」
ほぼ全員がびっくりして、私を振り向いた。
「ディラ?」
「びっくりー。姉さんがそんな意思表示するなんて。」
「明日は雨かも。」
「大雨かも。」
「やめなさい、あなたたち。ディラだって、婚約するんですからね。そりゃ少しは成長するでしょうよ。」
サディナが止める。
ディラのパパは、嬉しそうにうんうんとうなずいた。
「うちの家業について知っておくのは悪くない。明日、アルクトと一緒にその姫様のところに行っておいで。」
「ついでに、そのお姫様の持ち物とかよく見てきてちょうだい。負けない物をディラに用意しなくてはいけませんからね。」
サディナはアルクトに念を押した。
えーと。気合入りすぎて、ちょっと引く。
世のお母さんてこんな感じなのかな。それともサディナが特別なのか。あるいはディラが他より変わってて心配なのか。
翌日、二人乗りの馬車に乗って出かける。
アルクトはサディナに似て大柄だけど、顔立ちはパパ似だ。パーツはいいのに、バランスがちょっと。
まあいい人そうではある。
迎賓館に着いて、案内を乞う。
応接室で待っていると、やがて大勢の人の気配がしてドアが開き、入って来たのは、輿に乗せられた〇ツコ・デラックスだった。




