第28話 ツボ踏みそう
でも王宮を出れば、エレーン姫に会いに行けるかも知れない。
この三か月で部屋に溜まった荷物を、ぎゅうぎゅうと行李に押し込んでいると、女官の一人がやって来た。
たった三か月とはいえ、それなりに量のある荷物の荷造りを手伝ってくれるのかな?と思ったら、違っていた。
「王妃様がお呼びです。」
え。この忙しいときに。
仕方ないので、連れられて一緒に行くと、ものすごく不機嫌そうな王妃様が、居室でソファーに座って待っていた。
わー。何を怒られるんだろう。
びくびくしていると、ラミア王妃は立っている私を上から下まで眺めて
「ファリスと結婚するんですって?」
ファリス。
誰。標の君の事かしらん?
黙っていると。
「エシル将軍の差し金じゃないでしょうね?本当に、自分の意思?」
えーと。全然話が見えません。
「あのー。私は今までいっぱいお見合いをしてフラれてきたので。」
軽く返してみる。
すると、王妃様はやっぱり不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「そんなはずないわ。アイカ様の孫なのに、話を断られるなんてありえない。」
そう言われても。
「エシルは何を考えているの。」
ラミア王妃に強い口調で言われても、本当に何のことか分からない。
首をかしげて立っていると、ラミア王妃はわざとらしく、ため息をついた。
「あなたの事を心配しているのよ?エシルの、昔の恋の身代わりにされているんじゃないの?他に好きな男性がいるなら、そちらと結婚するべきなんじゃないの?」
おお。
そうだった。思い出した。
標の君の母君は、もともとサディナの乳兄弟で、つまりエシル将軍とも幼馴染みたいな関係だった。大きくなってからも将軍家を出入りしていて、そこを当時王太子だった、今の国王に見初められた。
エシル将軍は、当然彼女と結婚するつもりだったものの、まだ婚約するところまではいっていなかったので、王太子の横恋慕に逆らえなかった。
今でもたぶん相当仲が悪い。
添い遂げるんならまだしも、側室だし二・三年で王宮を追い出されるし。
ラミア王妃はそのことを言っているんだろう。
「タニアもタニアよ。エシルのところに行けって言ったのに、あてつけがましく王都を離れちゃうし。腹立つわ。」
何か色々絡んでいて、複雑。
やめとこう。
深入りすると、ツボ踏みそう。
「あのー。標の君との結婚は、伯父様は関係ない・・です。私はただ標の君のお世話がしたかっただけなので。」
恐る恐る言ってみる。すると王妃様はもう一回ふん、と鼻を鳴らした。
「そうだったわ。あなた騎士階級ですらないものね。お世話したいだなんて。確かにタニアの息子とお似合いだわ。もう行っていいわよ。」
なんかすごーく、けなされた感じがする。落ち込むわ。
お世話したいって言っちゃだめなのかね。
午後からシースさんが来て、荷造りを手伝ってくれた。
「お嬢さんにしちゃ、上出来です。」
褒められた。褒められたのかな。
「いらないものは置いてったらいいんです。下働きの者が、貰っていい事になってますからね。」
そう言うと、せっかく詰めた荷物の中から、お気に入りだが何度も着て若干くたびれた服とか、夜着とかを、ぽいぽい放り出した。
「えー、それも?」
「なるべく置いていかないと、気前が悪いって言われますよ。今度の大公妃は渋ちんだって言われたくないでしょ?」
そ・・そうなんだ。そーゆーものなんだ。
そして、どうしても手放したくないあれこれだけを詰めたら、あっという間にコンパクトな箱三つに収まった。
「この男物の服、ホントに持って帰るんですか?奥様に八つ裂きにされちゃいますよ?」
と脅されたが、それも入っている。
シースさんが、下男を呼んで運ばせている間に、同僚の侍女たちに軽く挨拶した。
もうみんな、私が標の君と婚約するために宿下がりすることを知っている。
実家から連絡来たの、昨日だけど。
恐るべし、後宮。
「あなたがいなくなるなんて寂しいわ。この先もぜひお友達でいてね。」
と言われて、困惑。
あなたとお友達になった記憶がないんですけど。寂しくなるほど親しかった記憶もない。
でもまあ、こちらも社交辞令で返しておく。
「王妃様に叱られたときは、ぜひ頼りにさせていただきますわ。」
ね?
そのひるんだ顔が最高よ。
いい時だけ友達顔する友達なんていらないわ。
私もだんだん、人が悪くなってるなぁ。




